2-19 夢を語ろう!
「ありがとー、これならあたしでも続けられるかも!」
運動着に着替えたあたしは無事、アーキスからひととおりトレーニングの方法を教わることができた。
あれだけ『筋肉に近道はねえ!』と怒られたあとだったけど、実際に教えてくれたものはあたしでも比較的簡単にできそうな〝お手軽筋トレ〟だった。
「簡単にこなせるようになってきたら、また言ってくれや。負荷を変えたメニューを教えてやるぜ」
アフターフォローも完璧だ。
――アーキスってば、人に教える立場としてはとても優秀なのかも。
「あ、そういえばアーキスはいっつも筋トレしてるけど大丈夫なの? 〝超回復〟……だっけ?」
さっきアーキスに習ったのだ。
トレーニングを行ったあとは、傷ついた筋肉を修復させるために1日くらいおいて次の筋トレをした方がいいらしい。
しかしアーキスは、いつ見ても筋肉を休ませている気配はなく、むしろ食事以外で筋トレしていない時を見たことがない。
「ああ、オレ様は問題ないぜ。鍛えてっからな」
しかしアーキスはそう断言した。
ふうん、そういうものかしら――と納得しかけたけど絶対違う気がする。
良い子は真似しないようにしよっと。
「それにしたって、よくそんなにずっと続けられるわね」
ふと気になって聞いてみた。
あたしはお手軽筋トレをしただけなのに、すでに疲労感がいっぱいだ。
「んあ? オレ様には――夢があるからな」
「……ふうん」
夢のために頑張る男、というのは惹きつけられるものがある。
少し汗ばんで規則正しく上下する横顔が、なんだかかっこよく見えた。
――これだけ筋肉に固執するのは、アーキスなりの夢があったからなのね。
「どんな、夢なの?」
彼は筋トレを止めることなく、すぐに話してくれた。
「オレ様の夢は――でっかくなって、星を割ることだ」
「……は?」
言葉の意味が理解できずに、あたしは思わず聞き返す。
「筋肉を鍛えてでっかくなって、星を割りてーんだ」
聞き返してみても無駄だった。
意味がまったく分からない。
「意味が分かんないわよ!」と口にも出してしまった。
「てめーもこの前見ただろうが。実際にシショーがでっかくなってるのをな」
「え? だからあんたも同じように
だからあれは絶対そういう種類の魔獣とかだって! 自分は〝ふつうの熊〟って言い張ってたけど!
「ねえ、こんなこと言うのもあれなんだけど……やっぱり、いくら筋肉を鍛えたって、巨大化は――はっ!?」
思わず言葉の続きを飲み込んでしまった。
〝でっかくなって星を割りたい〟――そう語るアーキスの瞳は。
無垢な少年のように、きらきらと輝いていた。
――うわあああああ。瞳が純粋なんよーーーーひとつの曇り気もないんよーーー……!
あれは一縷の疑いもなく『筋肉さえ鍛えれば巨大化して星を割れる』と信じ込んでいる男の顔だ。
そんな無邪気でピュアな夢を――否定する勇気はあたしにはなかった。
「……そ、そう」
うぐぐ、遂に折れてしまった。
絶対に無理な夢を追い求める子どもを応援するお母さんの気持ちって、こんなのかしら。
いや、だって! 頑張ればどうにかなる夢だったあたしも素直に応援するけどさ!
筋トレして巨大化する夢なんて〝泳ぐの得意になって
「フンッ! フンッ!」
しかしアーキスの筋トレも――夢も。
そこでは終わらない。でっかくなった先には〝星を割る〟などというさらに事態をややこしくする目的が控えているのだ。
「ちなみに星を割るってどういうことよ……?」
「そのままの意味だ。でっかくなったオレ様の拳で、星を砕く」
あたしはやっぱり理解ができなくて聞いてやった。
「な、なんで、そんなことをするのよ!?」
いつの間にか腕立て伏せでアーキスの身体を支えるのは片手の人差し指だけになっている。
彼はなんなくその〝指立て伏せ〟をこなしながら、やっぱり純粋な瞳のままで言った。
「んあ? 決まってんだろ。星を割れたら――〝最強〟だろうが」
「……え?」
聞き返すあたしに、彼は顔だけこちらに向けて。
片側の口角を上げて再び言った。
「最強だろうが」
うん。
一時はアーキスの兄貴分で教え上手な一面や、夢を語る横顔にどきりとしてしまったこともあったけれど。
――やっぱりこの王子様候補も話が通じる相手じゃなさそうね。
「あはは、そう……いつか夢が叶うといいわね――」
あたしは死んだ魚のような目を浮かべながら、彼の夢を応援してあげることにした。
するとアーキスは、ふとパンプアップを止めて。
指で〝Vサイン〟を作ってあたしに向かって突き出してきた。
――え、なに? そんなにあたしに夢を応援されたことが嬉しかったの?
「……子どもっぽい素直なところもあるじゃない」
なんてことを思って。
〝本当はそんな夢叶うわけないって思ってるんだけど〟という罪悪感をどこか彼方にぶん投げて。
あたしもにこっと笑って、お返しにVサインをしてやった。
そしたら――
「いや、突き指しただけだが」
「紛らわしいわ!」
ちょっと青春っぽくVサインで返しちゃったじゃない……。
「ってか大丈夫なの!? ちょっと待ってて、手当してあげるから」
「これくらい問題ねえよ。ほっときゃ治る」
「だめよ! おとなしくしてなさい」
あたしは救急用品を持ってきて、めんどくさそうにするアーキスの指をテーピングしてあげる。
「これでよし、と」
「……はー」
アーキスは動きや痛みを確かめるべく患部を触りながら、感心したような声を出した。
「うまいな」
「そう?」
「ああ。見慣れねー方法だが……しっかり固定されて、全然痛まねえ」
「だけどしばらくは指は動かさないように。約束ね」
「ちっ、わかったぜ……」
あら、やけに素直ね。
でもそういえば、どうしてあたしにはテーピングの記憶が残ってたんだろう。
首を傾げていたらアーキスからふいに名前を呼ばれた。
「カグヤ」
「え?」
「……カグヤはてめーだろうが。嘘の名前を名乗ったっつうのか?」
「そ、そんなこと!」
なんだかあらためて名前を呼ばれたからドキッとしちゃっただけだ。もちろんそのことは言わないけど。
「……それで? なによ」
あたしは警戒しながらも聞く。
なにせ相手は〝将来でっかくなって星を割りたい〟なんていう、子どもでも考えないような絵空事の夢を真剣に目指して。
しかもそのために〝筋肉を鍛える〟という無茶苦茶な解決方法を導き出した常識外れの王子様だ。
――またどうせ変な事でも言うんでしょう。
そんなことを考えていたら目の前のアーキスは。
「ありがとな」
なんて。
感謝の気持ちを述べて、にかっと白い歯を見せて笑ったのだった。
「っ……! どう、いたしまして」
やっぱり胸はどきりと高鳴ったけれど。
あたしはそれも、言わないでおくことにした。
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