2-17 筋肉の偉大さを知ろう!
「オレ様はアーキスだ」
いつもの8階。いつものリビング。
それぞれが自己紹介を終えて、熊に乗ってきたマッチョは【アーキス】と名乗った。
「ふうん。で……謝罪の言葉はないわけ?」
目の前の筋肉半裸男と同じようにあたしも腕組みをしながら、どーんと仁王立ちで言ってやる。
一色触発の空気に他の王子たち(特にイズリーとアルヴェ)は
「カ、カグヤさん、大丈夫だべか……?」
「こういう
どん!
「んだっ!?」
アーキスが右足を思い切り床に叩きつけた。
みんながその場で飛び上がる。
「ちょっと! この
どん! どん! どん!
続いて左足、右手、左手。
「……え?」
最後に〝どおおおん!〟と頭。
それぞれ五体を床に叩きつけて。
アーキスは叫ぶように言った。
「もーしわけなかったーーーー!!!!!!」
「「……は?」」
その場にいる全員がぽかんと絶句した。
「土下、座……?」
それはひどく美しい土下座だった。
姿勢、角度、流線美。それらすべてを輝かせる一切の無駄なき筋肉。
(き、きれい……! このまま額縁に入れて飾っておきたいくらいだわ――)
それまで相手を責めていたあたしが、そんな訳のわからないことを考え出すくらいに。
アーキスが披露した土下座は
その完全性を創り出しているのは紛れもない、油を塗ったように
「……はっ! 何言ってるのよ、あたし!」
危うく謎の筋肉ワールドに踏み入れてしまうところだった。
――気を引き締めないと。
こいつの筋肉には、人を思考ごと惹きつけるほどの魅力がある。
……自分でも何を言ってるのか分からなくなってきたけど、事実なのだから仕方がない。
「で! なんでいきなり土下座する気になったのよ」
警戒は解かないまま、あたしは聞いた。
ま、いきなり半裸男が土下座してきたらだれだって警戒するだろうけど。
「んあ?」アーキスは顔だけ上げて言った。「……まさか、人様の家だとは思ってなくてよ」
『がう』
「わりーことしたら謝る。そうしねえと筋肉に顔を向けて寝らんねえだろうが」
アーキスはどこか神妙な面持ちで続ける。
「オレ様はいつもシショーに言われてきた。筋肉を裏切ることだけはすんなってな」
『がうがう』
「ちょ、ちょっと待って……」
あたしは遂に我慢できなくなって口を挟んだ。
「なんだよ、話の途中じゃねえか」
『がうー』
「さっきから〝がうがう〟言ってる、こちらの方はどちら様……?」
「んあ? だから言ってんじゃねえか。オレ様のシショーだ」
【シショー】と呼ばれたその〝熊〟は、また『がう』と
そう。どうにか見て見ぬふりをしてきたが。
さっきからこの場所には〝熊〟がいるのだ。なぜか。
素知らぬ顔をしてこの空間に馴染んでいるが、黒い毛並みの熊が一匹(ひとり……?)、リビングのソファの端にちょこんと座っている。
「もしかして、さっきの
「てめえ! シショーを怪獣呼ばわりする気か? ふざけやがって!」
いや、どう見てもあのサイズ感は怪獣だったでしょ。
あやうく家が倒壊するところだったし……。
「シショーって……何かの〝師匠〟ってこと?」
「んあ? そんなもん〝筋肉のシショー〟に決まってるだろーが」
「え?……筋肉について人間が怪獣に習うの? 身体の構造とか違いすぎるんじゃない……?」
「てめえ、また怪獣っつったな! シショーにそう言えるだけの吊り合い取れた筋肉はしてるのかよ!?」
「吊り合い取れた筋肉ってなに!?」
『がう』そこでシショーという名前の熊は、ぽん、とアーキスの肩を叩いて首を振った。『がうがう』
「……ちっ。シショーがそこまで言うんならしかたねえな」
アーキスが振り上げた拳を降ろした。
なんか熊に
「
今はあたしたちよりもひとまわり大きいくらいのサイズになって、出されたお茶をティーカップで優雅にすすっている。
っていうか器用な熊だな! 爪の動きどうなってんのそれ!
「さっきの怪獣サイズの方だが、」
「自分で怪獣サイズって言ってるじゃん」
あたしのツッコミを無視してアーキスは続ける。
「あれは筋肉の力で巨大化してたんだ。いわゆる
「へえ、筋肉の力で巨大化ね――は?」
思わず初対面の男に『は?』って言ってしまった。
でも意味が分からないし……どうゆうこと?
「そのままの意味だろうが。筋肉を鍛えればあれくらいできる」
「できるわけないでしょ! 塔を越える大きさになってたのよ!?」
あたしはばんばんと机を叩きながら突っ込み続ける。
「ちょっと体格変わったとか、そういう次元じゃないでしょうに……!」
「シショーなら朝飯前だ」
「あ……特殊な熊さんってこと?」
「んあ? いや、シショーは
「ふつうの熊なわけないでしょ! 絶対そういう種類の魔物とかだって!」
そうじゃないとあそこまで巨大化できる理由が納得できない。
それか……魔法とか? 少なくとも筋肉を鍛えただけじゃ、自由に身体の大きさは変えられないはず。あたしの常識の範囲では。
『がう、がうがう』
「〝戸惑う気持ちは分かりますがお嬢さん、ワタクシはどこにでもいるふつうの熊ですよ〟とシショーは言っている」
「やけに口調が紳士的ね!? ……ってゆーか! なんで言葉が分かるのよ!」
「筋肉言語だ」
「筋肉言語」あたしは繰り返す。
「シショーくらいの使い手になれば筋肉を通して会話ができる。種族の壁なんざ筋肉の前じゃ、
「もう考えるのやめるわね」
あたしは考えるのをやめた。どんな
『がうがう』
「〝恐縮ながら、次は珈琲をもらえませんか?〟と言っている」
「あ、はい……って、ふつうに会話に参加してくるのもおかしいでしょ!」
「〝すみませんね、角砂糖は5つで頼みますよ〟とのことだ」
「その見た目で甘党かああああああい!」
☆ ☆ ☆
「そろそろオレ様たちは帰るぜ」『がうがう』
マッチョと熊が言った。
ちなみにアーキスの筋肉神話を聞いたあと、なぜか7階の残念王子ーズがそわそわし始めて、
『ふむ。そろそろ鍛えにいくか』『あ、日課の筋トレの時間だ』『ご飯前だし、身体動かさないとね~』
などと言って、筋トレをしに部屋へと戻っていった。
――なんで影響されてるのよ! ふだんそんなに筋トレなんてしてなかったでしょうに!
「世話んなったな」
風呂敷を自分の胸の前できゅっと結んで、アーキスは言った。(上はなにも着ないのがデフォルトなのね)
「あ、そうよ」あたしはふと思い出して言う。「言い忘れてたけど、多分あんたたち……
「んあ? そんなわけねえだろうが」
「あたしもそう思いたいんだけど……森から脱出しようとしてもね、またこの場所に帰ってきちゃうみたいなのよ」
「はっ! そいつは筋肉が足りねーからだな」
筋肉さえあれば道に迷うことは決してない――などという謎の名言をアーキスは残して。
「あばよ!」
『がうう!』
一匹とひとりは、去っていった。
☆ ☆ ☆
「しばらく世話になるぞ」
『がうがうー』
そしてすぐに、帰ってきた。
☆ ☆ ☆
「もー! だから言ったじゃない!」
「不覚だぜ……! まだ筋肉が足りねえっつーことか」
「筋肉関係ないから!」
「道に迷わない筋肉を手に入れるまでは鍛錬が必要だな」
「もしかしたら
「よし、カグヤとやら。備え付きのジムを借りるぞ」
「ふつう備え付いてないから!」
『がうがうがう』
「シショーは〝角砂糖の蜂蜜漬けをいただけないか〟と言っている」
「絶対糖尿病になるでしょそれええええええええ!」
☆ ☆ ☆
アーキスとシショーが
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