2-8 穴を覗こう!


「すごいすごい! 随分とまで見られるのね!」


 あたしが今覗いているのは、クラノスから借りた細長い望遠鏡。

 前に『塔の中にいるあたしは、知らないことだらけ』とぼやいたことを覚えてくれてたのかな。

 いつもの塔の8階・大広間で、窓から景色を眺めていたら持ってきてくれたのだった。


「そんなに喜んでくれてボクも嬉しいよ」そのクラノスが言った。「ま、ほとんど見渡す限り森かもしれないけど」


「そんなことないわ! 肉眼じゃ気が付かなかったことが、たくさん……ちょっとは、あるもの!」


「〝ちょっと〟じゃん」


「大きな〝ちょっと〟よ」あたしは弾んだ声で言う。「へえ、手前の小川ってあんな奥まで続いてたんだ……あら?」


「うん? どうかした?」


「ちょっとクラノス! 見てみて!」


 あたしは望遠鏡をクラノスに手渡して言った。


「うん? ……カグヤ、昨日夜更かしした? クマができてるよ」


「あたしの顔をアップで見るな! 違うわよ、塔の外!」


 あたしは手を伸ばして、窓から見える景色の右奥を指さす。


「う~ん、ふだんと変わらないみたいだけど」


「望遠鏡を鼻にあてても見えるわけないでしょうが! 目にあてなさい、目に!」


「……真っ暗で、なんにも見えない」


「目を瞑ってるからじゃあああああ! ……って、ふざけてる場合じゃないわよ!」


「あ、望遠鏡もう一個あるけどカグヤも使う?」


「もう一個あるんかい!」


 借りるわね、とクラノスからもうひとつを受け取って目にあてた。


「ほらあそこ! 川のずっと上流!」


 思わず身を乗り出してあたしは叫ぶ。


「なにか、流れてきてない?」


「……ほんとだ」


 クラノスも認めた。

 川上から流れに乗って〝なにか〟が流れてきている。


「人、かしら?」


 なんだか嫌な予感がする。

 このパターンに心当たりなんて、ひとつしかない。


「やっぱり……わね」


 落ち着いて。深呼吸よ、カグヤ。思わず〝運命の王子様との出会い〟を嫌な予感呼ばわりしちゃったけど。

 それは今までの前例が悪かっただけ。今度こそ、大丈夫――


「いつもだったら、そろそろ指輪が光り始めて――ほらやっぱり!」


 噂をすれば光。

 あたしの右手で、理想の王子様の到来を予言する〝運命の宝石〟が輝きだした。

 間違いない。彼もきっとあたしの王子様候補だ――


「って、あれ? 王子、様……?」


 ふたたび望遠鏡を覗く。

 どんどん近づいてくるその姿に、あたしは違和感を覚えた。


「うーん……とてもじゃないけど〝王子様〟って感じには見えないね」


 隣のクラノスも続けて同意する。


「だね。王子様どころか、あれはどう控え目に見たって……」


 望遠鏡を覗くあたしたちの声が、遂に合わさった。


「「――〝メイドさん〟だ」」


 近づいてくるにつれ明らかになってくる。


 ふりふりの衣装に、ふりふりの髪飾り。


 川を流れてくるその人物は、どこからどう見てもメイドさんの恰好をしていた。


 そんなメイドさんが――


「……〝桃〟に、乗ってる?」


 あたしは思わず目を疑った。

 望遠鏡を外して肉眼で確かめてみたけれど、やっぱりその事実は変わらないようだった。


 が、川を流れてやってきている。


「だいぶ近づいてきたわね」


 どんぶらこ、どんぶらこ。

 頭の中にはなぜかそんな擬態語が思い浮かんだ。


「そろそろ、塔の前に流れてくるわよ……!」


 あたしたちは望遠鏡を覗く目に力を入れる。

 その桃に乗ったメイドさんは、遂にあたしたちの存在に気が付いたようだ。


 望遠鏡のレンズの中で――目が、あった。


「こっちに気付いたわよ! ……あら?」


 しかしメイドさんは特になんのリアクションも示さない。

 顔だけは間違いなくあたしたちのいる方角に向けてるんだけど……あくまで無表情のままだ。


「なんだか、反応薄いわね」


 ふつう、こんな森の奥地に塔を見つけて、さらに上から望遠鏡で覗いてくる人がいたら、もう少し驚きとか動揺とかがあってもいい気がするのだけど。

 メイドさんは一切顔の表情を変えないまま――こくりと。


 軽く会釈をしてきた。


「あ、ドモドモ」


 聞こえるはずもないが、あたしも思わずそう呟いて頭を下げた。

 メイドさんはそれを確認すると、なにもなかったかのように再び川下の進路へと目を向けて。


 そのまま、どんぶらこ、どんぶらこ。


 流れていったのだった。



 ――めでたし。めでたし。



「って! このままじゃ終われないわよ!」


「ふう」クラノスが望遠鏡を置いて言った。「充実した時間だったね。そろそろ部屋の掃除でもしよっかな」


「あんた、よくこれだけの大謎を放置して日常生活に戻れるわね……」


 いけない、こうしてる間にもあの子が流れていっちゃう――


「クラノス! 今のメイドさんを連れてきて!」


 え~、と面倒くさそうにするクラノスの背中を押しながらあたしは考える。


 やっぱり嫌な予感はするし、一連の反応から少し変わった子の気配は既にしたけれど。

 あんなに可愛いメイドさんなのに〝運命の宝石〟が光った理由を――



 あたしは知りたくなったのだった。


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