2-9 ごにんめの王子様……?


「「男の子~~~~~~~~~!?」」


 エヴァの1階、玄関口で。

 あたしとクラノスは声をそろえて叫んだ。


「…………」


 目の前のメイドさんは渡したタオルにくるまりながら、無言のままこくりと小さく頷いた。


「こんなに可愛い子が〝男〟なんて――」


 いわゆる〝男の〟とでも呼べばいいのだろうか。

 あたしは目を丸くして、彼女――否、彼の全身を見回す。


 深めの紺色と白を基調にしたフリルが可愛いメイド服。

 よくみると細かい刺繍も入っていて、相当な手(と愛情)をかけて作られたもののようだ。

 髪色は白く輝くショートカット(男の子だとしたらもちろん長いけど)で、サイドが丁寧に編み込まれている。

 襟足には瞳より少し濃い碧の差し色が施され、凛とした雰囲気を醸し出していた。


 そして何より特筆すべきは――その肌の白。


 だれも踏み入ることを許されない山岳に積もった初雪のように。


 一切の混じりけもなく。

 一切を寄せ付けないような。


 この世のだれよりも美しい白磁の肌だった。

 そんな純白のキャンバスにこれ以上ないほど馴染むように、端麗な顔のパーツがおさまっている。


 まさにこの世の美をすべて詰め込んだ人形のような美少女――否、だった。


「ひああああああ、か、わ、いいいいいいいいい――」


 見惚れていたあたしの口から、たまらずそんな声が漏れた。


可愛いねえ、お名前はなんてゆうの? どこ住み? てゆうか、これから空いてる? 飴ちゃんあげるよ~」

 

「カグヤ、挙動が完全に怪しいナンパ師みたいになってるよ……」


 それと飴ちゃんごときでほいほいついていく人間は今日びいないよ……とクラノスが呆れたように付け足した。


「はっ」よだれが出かけていた口元を拭ってあたしは正気に戻った。「いけないいけない、思わず」


 だってこんなに可愛いんですもの。

 もしも相手が〝男〟じゃなかったら、この腕で思いっきりぎゅうっと抱きしめてたわ。


「――アルヴェ」


「へ?」


 そんな目の前の美しいメイドさんが、なにやらぽそりと言った。


「なまえ」


 そしてまた、沈黙。


「……へえ。アルヴェっていうのね」


 こくり。メイドさんは頷く。


「あたしはカグヤ。で、こっちが……」「クラノス」


 簡単に自分たちの紹介をして、あらためて目の前のメイドさんの名前を繰り返してみる。


「アルヴェ――名前も女の子みたい。素敵な名前じゃない」


「…………」


 桃に乗ってきた男の娘は【アルヴェ】というらしい。

 あたしはさっきからうきうきとした感情を露わに接してるのだけど……アルヴェの反応は薄かった。


「……あんまり喋らない子なのかしら」とクラノスに耳打ちする。


「みたいだね。表情も少ないし」


「ううん――そのまま動かなかったら、本当にお人形さんみたい」


 ――あたしの部屋に飾っておきたいくらいね。


 そんなことを考えて、ふるふると頭を振った。

 何を言っているの、カグヤ。この子は立派な年頃の男の子なのよ。


 いくら女の子のお人形さんみたいな見た目だからって、部屋に持ち帰ってしたり、鼻息荒げながら抱きついてしまったら問題だわ。


「ア、アルヴェは……その、」誤魔化すようにあたしは聞いてみる。「あんまりお喋りは好きじゃないのかなー、なんて」


 するとアルヴェは、きょとんと小首をかしげて(そんな仕草すらもかわいい!)。

 あたしの質問の意味を頭の中でゆっくり噛み砕くような間を取ってから。


「べつに」


 と言った。


「きらいじゃないけど……なにを話していいか、わからない」


 秋の夜長に鳴く虫のような、淡々とはしているが美しい声色だった。

 アルヴェはそこで硝子のように無機質な瞳をあたしたちの方に向けて続ける。


「みんなは、たくさん、おしゃべりすることがあって――うらやましい」


 どこか寂しげな表情を浮かべるアルヴェに、思わず飛びつこうとしたのを我慢してあたしは言ってやった。


「別に無理してなにかを話す必要はないわ。アルヴェがいつもそうしてるように、自然体のままでいてちょうだい」


 アルヴェは表情こそ動かさないが、どこか安心したようにあたしの目を見つめたまま小さく頷いた。


「それで、ええっと……アルヴェはどうして、桃に乗ってたの?」


 あたしはそのままの流れで、気になっていたことを聞いてみる。

 なんといってもアルヴェは〝大きな桃〟に乗って川を流れてきたのだ。


「――おさんぽ、してたら」


 アルヴェは頭の中からゆっくりと言葉を選ぶように語り始めた。


「川の上から流れてくる、かわいくて、おっきな――〝桃〟を、みつけて」


 どんな状況よ、と突っ込みたくなるのをぐっと我慢して、言葉の続きを待つ。


「そのまま、とびのった」


「飛び乗ったんだ!?」


 案外こうみえて行動力のある子なのかしら。


「どうしてそんなことをしたの?」


 アルヴェは瞬きを二三度して、やっぱりたっぷりとした間を含ませながら言う。


「――は」


 俺、というアルヴェの言葉に思わずドキリとした。

 こんな可愛らしい見た目および声で〝俺〟なんて言われた日には、あたしの中のギャップ萌え魂が破裂バーストしてしまう。


 そんなあたしの心中などつゆ知らず、アルヴェは言った。


「俺は――かわいいものが、すき」


 あたしも頭の中でその言葉を繰り返す。


 ――アルヴェはかわいいものがすき。


 それで色々と腑に落ちた。


「そっか、その服も?」


 こくり。アルヴェは頷いて。

 その静かな瞳をあたしに向けて。

 口元にはじめて微かな笑みを浮かべて、言ってくれた。


「だから。さっき、カグヤが〝かわいい〟って言ってくれて――うれしかった」


 うっひゃひゃはやあはやひゃはやはやああ――!


 あまりの可愛さに、あたしの中のリトルカグヤが奇声を発した。

 ごく本能的にアルヴェを抱きしめるべく地面を両足で蹴り、アルヴェめがけて飛び込んだら――


「ぐへぇ!」


 クラノスが手にしていた望遠鏡で止めてきた。

 筒の部分があたしのみぞおちを直撃して、たまらず潰れた蛙みたいな声が口をつく。


 ――その望遠鏡、そういう使い方もできたのね。


 などと感心していたら、クラノスが呆れた声で言った。


「なにしようとしたのさ、カグヤ」


「へ? 別に~? ちょっとアルヴェをお持ち帰りして……あたしの部屋に飾ろうかなって♪」


 てへ☆ と舌を出してみたら、クラノスに『はぁ……』と溜息を吐かれた。

 うー、いつもはあたしが溜息を吐く側なのに。なんだか悔しい。


 でも、今回の場合は仕方がない。



 ――なんてったって、女の子は可愛いものには目がないんだから。


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