2-10 川にかえそう!


「おせわに、なりました」


 ぺこり。

 エヴァの1階、外へと続く大扉の前でアルヴェが頭を下げた。


「ううん、いいのよおおおお。きにしないでえええええ。いつでもかえってくるのよおおおお」


「カグヤ……引き止めたくてしょうがない気持ちが前面に出すぎだよ……なんか目が血走ってて怖いし」


 そんなこと言われてもしかたないじゃない。

 アルヴェがもつ可愛さに対するごくごく自然な反応よ。


 あたしは引き続きハンカチを噛みながら、アルヴェが乗ってきた桃の近くへと歩いていくのを見送る。


「あ、手伝うよ」


 大きな桃を持ち上げるのにアルヴェが苦心していたところ、クラノスが声をかけた。

 ふたりでバランスを取りながら、桃を川縁へと運んでいく。


「うっひゃあ……美少年と美少女(?)が大きな桃を運んでいく――なんだか光景ねえ」


 あたしは自分の中に新たな性癖が芽吹いていくのを感じつつ、ふたりに密やかな声援を送った。


「はあ。あたしも混ざりたいくらいだわ」


 あたあしは外に出ることができないから、実際はこうして見守ることしかできないのだけど。


「あ、美男娘が大きな桃に乗るのを、王子様が手とり足取り手伝ってるわ――はあ」


 ふたたびあたしの心は背徳的な世界へと旅立った。

 いつまでもその光景を見ていたかったけれど……いつかは終わりが来るわけで。


「あ、もう行っちゃうのね」


 クラノスの手助けもあり、どうにか桃の上にまたがったアルヴェは。


 ふたたび川の流れに乗って――流れていってしまった。


 その途中で。ちらり。

 あたしの方を振り返って。


「……ばいばい」


 口元を微かに動かして、その白い掌を小さくひらひら。

 あたしに向けて振ってくれた。


「うっひゃひゃはやあはやあひゃはあああああ――――ぐべっ!」


 本日何度目か分からないリトルカグヤの暴走を止めきれず、あたしは思わず塔の外に出ようとして――


 またもやに激突してしまった。 


「いたたた……くぅ。今日ほど外に出られないことを恨んだ日はないわね」


 あたしが尻もちをついている間に。

 アルヴェが乗った桃はここからは見えない川下にまで無事に流れていったようだった。


「ふうん。カグヤって、だれかに向けてそんな表情することあるんだ」


 クラノスが戻ってくるやいなや、緩み切ったあたしの口元を皮肉に指摘してきた。


「べ、別にいいでしょ? あたしだって女の子なのよ。可愛いものを前にしたら、そりゃ目の焦点が合わなくなって床をのたうち回りながら奇声くらい発するわよ」


「ボクが知ってる限り、そんなヤバすぎる生理反応起こすのは一部の界隈の限界女子だけだと思うけど……」


 主語ができすぎるよ、とまたクラノスに溜息を吐かれた。

 

「それだけ女心をくすぐるキュートな存在ってことよ。たとえ中身が男の子だったとしても――あ」


 ドレスの裾を払いながらそう呟いて、ふと指輪に気が付いた。

 そうだ。そういえばアルヴェは〝あたしの王子様候補〟だったのだ。

 しかもこれまでの前例たちとは違って――残念なところはひとつもない。少なくともあたしにとっては。


 確かに捉え方によっては女装癖だし、ちょっと言葉数は少なくて会話が気まずくなったりすることはあるかもしれないけど――


「それでも今までに出会った中なら、文句なしに一番の王子様――ううん、ね」


 ――あれ? もしかして〝素敵なお姫様すぎる〟のが問題なのかしら。


 物静かで。おしとやかで。肌が白くて。可愛くて。

 本物の女の子よりも女の子らしいアルヴェと比較してみると、あたしは。


 肌もあんなに白くないし。三白眼で目つきも悪いし。それに――


「口うるさくて。ツッコミ気質で、すぐに手が出て――」


「そうそう……ってこら! だれが存在うるさい限界女子よ!」


「いや、そこまでは言ってないけど……」クラノスが恐縮した。


 はああああ、と続いてあたしは溜息を吐く。


 確かにアルヴェは残念な王子様なんかじゃないけれど。


「隣に並ばれたら――あたしが〝残念なお姫様〟って理解わからされちゃう可能性はあるわね」


 ――それこそなんだかだわ。


「あれ? そういえばアルヴェは桃に乗ってふつうに帰っていったけど、」


 いや『桃に乗ってる帰る』なんてのは全然ふつうじゃないんだけどね。

 そうじゃなくて、あたしが思いついたのは、


「もしかして川をくだっていけば、この森からも出られるんじゃない……!?」


 いくら見渡す限り一面が樹々で覆われていても、終わりのない森はない。

 川の先には海を含め、必ず別の場所が存在しているはず。


「クラノス! もしかしたらここから帰れるかもしれないわよ!」


 嬉々として報告をしようとしたら。


「あら?」


 どんぶらこ。どんぶらこ。

 川の上流から、見慣れた桃が流れてきた。


「……え?」


 そしてもちろん、その上には――

 メイド姿の男の娘が、乗っていて。


「帰ってきたあああああああああ!?」


 あたしの絶叫に気が付いたそのメイド――アルヴェは。

 あたしたちに気づいて目を合わせると。


「…………」


 やっぱり無言&無表情のまま、ぺこんと会釈をした。


「あ、ドモドモ――って! そのまま流れてかないでーーーーーー!」


「めでたし。めでたし☆」


「だからめでたくしてる場合じゃないって!」


 ふたたびクラノスに桃を拾ってくるように指示を出した。

 すべて同じことが


「確かにお別れして、背中を見送ったはずだったのに……」


 桃に乗って川下に流れていったはずのアルヴェが、ふたたび川上から元の場所に流れてきた。



 ――え? ちょっと待って! この森の川どうなってるの!?



     ☆ ☆ ☆



 アルヴェが同棲相手なかまになった!



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