2-7 お月見をしよう!


 イズリーが部屋に戻ってから、あたしと3人の王子たちは屋上にやってきた。

 湿度の高い空気の中で、時折吹き抜ける夜風が心地よい。


 柵塀にもたれかかりながら、あたしたちは夜空を見上げていた。

 黒いキャンバスにあいた穴のようにぽっかりと浮かぶ月に見惚れていたら――


「ふん。気に入らん」


 ミカルドがむすっとした声を出した。


「最近カグヤは、あの訛り田舎っぺにだけ対応が違うのではないか?」


「あ~それ、おれも思った! なんかご飯のおかずの量も多い気がする……!」


「確かに。ボクたちに対してみたいに怒鳴り蹴り散らかしたりしないし」


 怒鳴り蹴り散らかすってどんなパワーワードよ……とついつい思ったけれど。

 ツッコミたい気持ちをぐっと堪えて。

 あたしはにっこり笑って言ってやった。


「どうしてあたしがあんたたちを〝怒鳴り蹴り散らかさないといけないか〟――その胸に手を当てて考えてみなさい」


「ううん、……あ!」クラノスが指を空中に掲げて言った。「もしかして、ボクたちの言葉がなまってないから?」


「どんな理由よ!」


「そういう嗜好フェチなのかなあって……」


「だーかーらー! あたしに勝手な性癖を付与しないでちょうだい!」


「分かったぞ!」ミカルドが自信満々に言い放つ。「我の言葉が訛っていないからだな」


「それちょうど今クラノスが言ったばっかーーーー!」


 ちゃんと聞いてたの? 逆に心配になるわ!


「分かんないべさ~」


「あんたも乗っかるなああああああ!」


 まったく、こいつらは。

 まさしくこういうところが怒鳴り蹴り散らかしたくなるのよね。


「ま、でも……あの喋り方、ボクは嫌いじゃないけどね」


「ふん。我もそれは否定していない」「かわいいよね~」


 溜息を吐いていたら、3人はそんなことを付け足した。

 あたしも別に。最初はギャップで驚いちゃっただけで、決して嫌いというわけでは全然ない。むしろ慣れた今からすれば好ましいくらいだ。


「イズリーの訛りも、時々なに言ってるか聞き取れないことあるけどさ~」


 マロンが両手を頭の後ろに回しながら言う。


「そういえばカグヤも、ちょくちょく〝あんまり聞かない言葉〟を使うよね~」


「え? そうかしら」


 あたし的にはそんな意識はないのだけれど。

 いかんせん、あたしもこの塔に閉じ込められて外部の人とコミュニケーションを取る機会がこれまでなかったのだ。

 ふつうに喋っているつもりでも、おかしな点があったりするのかもしれない。


「「……」」


 ミカルドとクラノスは、何か考え込むようにして沈黙している。


「あれ? ふたりは気にならなかった?」


「む? いや、確かにな」「言われてみれば」


「だよね~」マロンはあくまであっけらかんと続ける。「全然知らない言葉を言うときもあるし、」


 クラノスみたいに裏表もなく。

 ミカルドみたいに大事なところだけは黙秘権を使ったりもしないで。


「もしかして――」


 無邪気に、言った。


「この世界の人間じゃ、なかったりして」


 間。

 いわゆる沈黙。

 あたしたちは、たっぷりと目くばせをしてから。


「「……まっさかー!」」


 などとみんなで笑いあった。


「あはは。まったくマロンったら。どんなことを言い出すかと思ったら」


 あたしが?

 この世界の人間じゃないって?


 ――まさか、そんなこと。


 みんなと同じように鼻も口もついてるし、目も2つある。

 それに足もちゃんと地面についている。角だって生えてない。


 そんなあたしが〝別の世界〟からやってきたなんて考えもしなかった。


「仮にそうだったとしたら、どんな世界から来たっていうのよ」


 あたしは冗談めいた口調のまま聞いてみた。


「あ、別におれだって全然違う世界から来たなんて思ってないよ~?」


 マロンは顔の前で手を振りながら言う。


「そうじゃなくって、もっと身近な。だけど大陸よりは遠い――ううん。そうだな~……例えば、」


 マロンはふいにその宝石のような瞳を空に向けて。

 その中央に浮かぶ、優しい光を放つ大きなひとつの星を指差し、一瞬目を見開いたようにしてから。


「――〝月〟から、とか」


 そんなことを言った。


「月から、来たのかも」


 彼は繰り返す。


 ――ああ、こういうところだ。


 単純なところはあるけれど。その無邪気さが故に。

 時にとってもシンプルで――だけどロマンチックなことを言う。

 月の光に照らされいつもよりも凛々しく見える横顔と相まって。

 その言葉はぐっとあたしの心をときめかせたのだった。マロン、5点獲得。


「月、ねえ」


 確かに。

 あたしはこの場所でひとりで過ごしていた間、窓からよく月のことを眺めていた。


 あの蒼白く輝く星を見ていると、なんだか勇気づけられる気がして――


「あ、じゃあ――月の話なら、ボクも。こんなのは聞いたことある?」


 みんなで夜空に視線を向けていたら、クラノスが続くように言った。


「月ってね。ずっと同じ面を地球セカイに向けて動いてるんだって」


「へえ。裏側はみれないんだ」


「そう。見ようとしても見られない」


 表面の模様が微妙に変わってるようにも見えたんだけど――あれは誤差の範囲かしら。

 クラノスは続ける。


「裏表がないって……まるでボクみたいじゃない?」


「うふふ。面白い冗談ね、クラノス」


「冗談じゃないよ。だって、」


 クラノスはそこで、いつもの作ったような笑顔をやめて。


「ずっと表側しか見せなかったら――その自分が、その人にとっての〝真実〟になるんだから」


 彼自身の本当の〝微笑み〟のようなものを浮かべながら、そう言ったのだった。


「……っ! ――それもそうだけど……なんだか騙されてる気もするわね」


 ふたたび空へと向けた横顔も、どこか幻想的な月の光に照らされて。

 やっぱり悔しいことに、どこまでもロマンチックで――あたしの胸はときめいてしまうのだった。

 クラノス、5点獲得。


 心地よい沈黙がエヴァの屋上に満ちていく。

 ふたりが思いがけなく見せてくれた〝王子様らしさ〟の余韻に浸っていると――


「む、う……むむむ」


 ミカルドが顔を険しくさせながら首を捻っていた。

 負けず嫌いのミカルドのことだ。もしかしたら自分も何か〝ロマンチックなこと〟を言わなければと思案しているのかもしれない。


「……は!」


 そしてとうとう彼は思いついたようだ。

 この流れにぴったりの台詞を。ロマンチックな雑学を。


「カグヤ。こんなことは知っているか?」


「――え?」


 その真剣な表情は、やっぱりどうしたって美しくて。

 あたしの心臓は期待で高鳴った。


 胸の前に手をおいて、その先の言葉を待つあたしに向かって。


 たっぷりとした前置きの時間をとってから、彼は。



 

 ――言った。




「人の顔には――想像を絶する数のダニが棲息しているらしいぞ」


「ロマンチックの欠片もないわね!!!!!!!」



 ミカルドはマイナス300点になった。


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