2-15 演奏を聴こう!


 おかげさまでアルヴェへのサプライズ・プレゼントは大成功に終わった。


 塔の1階は他と比べ天井が吹き抜けのように高くなっている。フロアの中心にピアノを置いて、地下倉庫にあった布を使って簡易的な梱包ラッピングをして(これはイズリーがやってくれた。本当に器用ね)、満を持してアルヴェを呼び出した。


 あまり表情を変えないアルヴェが、布の下からピアノが出てきた瞬間――


 目を大きく開いて、瞳の奥を輝かせたのが分かった。


 『アルヴェにプレゼントよ』と伝えると、あたしたちにきょろきょろと何度も視線を向けて、嬉しそうな足取りでピアノへと駆け寄っていった。


 あたらしく家にやってきた赤ちゃんを、おそるおそるではありつつも大切に愛でるように。

 アルヴェはピアノ全体を確かめたあと、あたしたちに向き直って言った。


「――ありがと。すごく、うれしい」


 あたしたちはその様子をみて『喜んでもらえてよかったね』とお互いに頷きあっていると――


 突如ピアノの音が、


「「……!」」


 もちろんそれは比喩表現だったのだけど。

 試し弾きで鍵盤から出した音は、ふだんのアルヴェからは想像できないほど〝激烈〟なものだった。


 ただ音圧が大きいというだけではない。刹那にしてその場の空気を一変させるような音。

 まさしく。ピアノをくことは、まさしくはじくという文字と同義と納得させられるような。

 捉え方によってはひどく暴力的にも思える音だったけれど、その演奏から目を。耳を。離すことができない。


 いつの間にか息をすることすら忘れて――あたしたちはアルヴェが紡ぐ音に聴き入っていた。


 アルヴェはしばらく我を忘れるように弾いてから、ふと鍵盤から視線を上げて、


「あ……ごめん、なさい」


 小さくか細い声であたしたちに提案をしてくれた。


「――お礼にはならないかもだけど、きいてくれますか」


 そのあと、音の調律が終わってからふたたび集まったあたしたちが聴いた演奏は。

 最初の試し弾きの時とは比べ物にならないほど――繊細で美しいものだった。

 目を閉じればそこに音が見えるような錯覚。全身を心地よい音が包み込んでいくような快感。

 自然と胸が震えるとはこういうことだったのかと徹底的に納得させられる旋律。風光明媚な音の奔流。


 演奏を終えたあと、あたしたちはしばらく拍手をするのも忘れるほどに、その演奏に聴き入っていた。


「ねえ、アルヴェ! すっっっごく素敵だったわ」


 一階の吹き抜けに遅れて響いたあたしたちの拍手と歓声が一通りおさまったあとに、あたしは聞いてみた。


「今の、なんていう曲なの?」


 アルヴェは瞬きをいくつかしてから。

 いつもと変わらないあどけない口調で、答えてくれた。


「――お月さまの、うた」



     ☆ ☆ ☆



「はあ――アルヴェの演奏、最高だったわね」


 いまだ夢心地のまま、あたしは部屋で一人ごちた。

 時刻は朝。窓からはまだ微睡の残る穏やかな日光が差し込んでいる。


「……可愛くて、家事もできて、あんなに素敵なピアノも弾けて――アルヴェをメイドさんとして雇ってる家のあるじがますます羨ましく感じちゃうわね」


 実際に地方の貴族の館の〝メイドさん〟として働いていたというアルヴェは、塔での生活においてもカグヤの家事や様々なことを手伝ってくれていた。イズリーは相変わらず時計の修理に精を出していたが、一方で家事手伝いも変わらず続けてくれている。これで実質3人で諸々の家事を回すことができるようになったため、エヴァで暮らす同居人の数が増えたとはいえ、あたしの作業的にはむしろ前より随分と楽になった。


 もともとあたしは料理をしたりするのは好きだし、みんなとお喋りをしながらのティータイムだって楽しめているし――もしかしたら今の生活は〝あたしの理想郷〟に近いのかもしれない。


「あとは〝白馬の王子様〟さえ隣にいてくれたら、なにも文句はないんだけどね……なーんて」


 自分で言っておいて『やっぱり夢見がちかしら』なんて思ったりもしたけれど。


 あたしは今でも、どうしようもなく信じているのだ。


 昔、絵本の中で憧れた――理想の王子様との出会いを。


「……ま、生活が目まぐるしかったのも、の王子様のせいだったんだけどね」


 そう。王子様には二種類いる。

 心優しい王子様と、それにかまけて怠惰を貪る働かない王子様だ。


「っていうか、後者のはもう完全にダメ人間じゃない……王子様なんてきらきらした呼称、相応しくないわ」

 

 あたしは結局いつもの大きな溜息を吐いてベッドから起きて、大きく伸びをしてやった。

 ベッド脇の水差しからコップに移して、水をひとくち。眠たい目が次第に晴れてくる。

 そんなふうに朝の準備をしていると――

 

 ドゴオオオオオオオオオン。


「きゃっ!? なんの音……?」



 ――激しい音と振動が、突如カグヤを襲った。


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