2-14 ピアノを運ぼう!


「はあ、はあ……なんだか、異様に疲れたわね」


 地下倉庫での〝掘り出し物発掘バトル〟が開催されたものの。

 結局、めぼしいブツはなにひとつ見つからなかった。

 今は疲れ果てて入口の階段に腰かけ休憩をしているところだ。

 

 っていうか! うちの地下倉庫なんなの!?

 不要ではあるけれど、ふつうに金銀財宝あったし、勇者の剣っぽいのもあったし!


「肝心のピアノは……あ!」


 視線の先でようやく見つけた。


「あったーーーー! って、入口に近いところじゃない……」


 まさしく灯台下暗し……見逃していたのかしら。

 でも確かに〝怖がり〟のあたしが、倉庫の奥の方にまで入ったなんてあんまり考えられないし。

 入口のへんで見かけたのを覚えてた、っていう可能性のほうが自然かもしれないわね。


「よし、それじゃあ早速運ぶわよ!」


 3人の王子たちも宝探しの余波で疲弊していたが、『おー』と形だけでも拳をあげてくれた。


「確かに、これは3人で運んだほうがよかったかも」クラノスが言った。


「近づいてみると立派なピアノだね~」とマロン。


「せえの、で持ち上げるぞ」ミカルドも膝をついて、ピアノの底に手を回した。


 最初はこの倉庫が埃っぽいだの、かび臭いだのと騒いではいたけれど。

 今では何も文句をつけることなく、地面にしゃがみ込んでピアノを運ぼうとしてくれている。


 ――王子様に何やらせてるんだって怒られちゃうかもだけど……〝教育〟にはいいかもね。

 

「カグヤ、何をぼうっとしている。先導指示は任せるからな」


 考え事をしていたらミカルドにせっつかれた。

 

「あ、ごめんごめん! 任せといて」


「よし。それじゃ持ち上げるぞ、せえの――む?」


 どぎゃっ。

 一瞬持ち上がったピアノから、ミカルドが急に手を離したせいで。

 クラノスの指にピアノの脚部が直撃した。


「いったあああああああああああああ!」


 彼は両手で患部を抑えながら地面を転がりまわる。


「なにするんだよ、バカミカルド!」


 すぐに治癒魔法を自分にかけながらも、痛みに顔を歪めてクラノスが訴えた。


「ああ、すまない……ピアノの下からなにかが落ちてな」

 

「落ちた……?」


 ミカルドが床に落ちたそれを拾い上げた。


「本――日記帳のようだな」


 倉庫の他の書物に比べると、年季が入ったものでもなく比較的新しいようにも見える。

 表には幾何学的な絵柄とともに〝日記ダイアリー〟である旨が印字されていた。

 どうやらピアノの底の部分に仕舞われていたらしい。


 いや、そんな場所に本を仕舞う人なんていないと思うから、この場合は〝隠されていた〟ということになるのだろう。

 

 ピアノの底に隠されていた他人には見られたくない日記帳。


 だとしたら、隠したのは――


「日記帳を書いたまさしく本人……ってところかな」


 クラノスが真剣な表情を浮かべて言った。


「あまり人のプライベートを覗くのはよくない」ミカルドが続ける。「これは元の場所に戻すとするか」


「って言いながらとしてるじゃない!」


 思わずミカルドに突っ込んでやった。言葉と行動がまったく一致してないのよ……。


「む……開かないな。カギがついている」


 本に、カギ?

 不思議に思って覗き込むと、確かに。

 表と裏の表紙を繋ぐように、小口の部分に開錠式のカギがかかっていた。


「く、ううう……! 力を込めても駄目だな、開かん」


 ミカルドが力任せでやってみたけれど、錠の部分ががちゃがちゃと金属音を立てるだけだった。


「クラノスの魔法は? さっき勇者の剣に使ってたやつ」あたしは思い出して提案してみる。


「勇者の剣!?」


 とマロンが過剰に反応した。あ、そういえばこいつが魔王の息子なの忘れてた。

 やっぱりその響きには相容れないものがあるのだろうか、頭を抱えて震えている。


 それを無視してクラノスは続けた。


「ボクのは魔法式のロックに対しては効果があるけど……これは物理式だから難しいかな」


 特に悔しそうでもなく、それが常識のようにクラノスは言った。


「まさにで〝カギ〟さえあれば簡単に開くと思うんだけど」


 様々なものが雑多に置かれた倉庫を見渡す。

 この中から小さな鍵を見つけるのは困難だろうし、何より今更探す気にもなれない。


「うーん、諦めるしかないのかしら」


 人のプライベートを覗くのはよくない。

 それはあたしも賛成だけれど……。

 気になっちゃうのもまた事実なのよね。


「あれ? ここ、名前が書いてない?」


 マロンが気づいたように言った。


「え!?」


「ほら、この裏のところ~」


「これは名前か? 字が汚くて読めん」


 ミカルドが怪訝そうに言う。


「ちょっと貸してちょうだい」


 あたしは本を手に取った。

 表紙には、見慣れた言語で〝日記帳〟と書かれている。

 そしてマロンが指摘した裏表紙、その下部には――


 ――え?


「……カグヤ?」


「あ、ごめん。思わず――この本、あたし預かっててもいい?」 


「預かるもなにも、地下倉庫ここを含めた塔の今のあるじはカグヤだろう」ミカルドが当然のように言う。「好きにすればいいのではないか」


「わかった、ありがと」


「……大丈夫? 顔色よくないみたいだけど」ミカルドが心配そうに言ってくれた。


「あ、ううん。……お腹空いちゃったのかも、えへへ」


 冗談めかして笑いながら、日記帳をスカートのポケットにしまって。

 あたしは仕切りなおすように言ってやった。


「ほらほら、早くピアノを運んじゃうわよ! それが終わったらご飯にしましょう」


『おお』『やった~!!!!』『確かにお腹は空いてたね』


 3人は無邪気に喜んでいるけれど。

 あたしは今は――で頭がいっぱいだった。


「それじゃ運ぶぞ……せーのっ」


 ミカルドの号令で、今度はきちんとピアノが持ち上がった。

 最初は3人の背丈が違うせいでバランスを悪くしとした足取りだったけれど。

 途中で慣れてきたようで、高さはある程度一定に保たれ足運びもスムーズになった。


 そのままピアノは、塔の1階の設置予定場所まで難なく運ばれた。


「みんな、ありがとう。ご飯を食べ終わったらアルヴェに披露してあげましょう」


 疲労感と達成感も手伝ってか、最初はあれだけ文句を言っていた3人も『アルヴェの驚く顔が楽しみだな』『感情を顔に出してくれるといいね』『ご飯も楽しみだけどプレゼントも楽しみ~』と和やかに笑っていた。


 そんな期待めいた様子で3人は階段を駆け上がっていく。

 彼らの無邪気な背中を見つめながら、あたしはポケットから例の日記帳を取り出した。


「……だれにも見られたくない日記帳」


 考えてみれば当たり前のことだ。

 日記なんてとてもプレイべートなものだし。

 だからこそ、他人に見られないようにこういう〝鍵つき〟のものが用意されているのだと思う。


 だけど。


「――この場合は、


 あたしはゆっくりと日記帳をひっくり返して。

 裏表紙の下部――ミカルドが〝汚くて読めない〟といった文字の部分を、指先で撫でてやる。


 明るい場所で確認したって間違いない。


 そこには。


 見知らぬ言語で。

 見慣れないの言語で。



 ――この世界にはない言葉で。



 

 〝輝夜カグヤ〟――と。



 

 そんな二文字が、書かれていた。



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