3-12 みんなと出会おう!(カグヤの記憶①)


 記憶世界のあたし――【輝夜】が向かったのは勤務先にあたる帝立学術機関だった。

 

 〝アカデミー〟と呼ばれるそこは、ひとつの都市と言ってもいいほど広大な敷地を持つ帝宮の中に存在し、世界最先端の学術探求や研究が日夜行われている。

 世界各地に似た機関はあれど、帝国のアカデミーはその中でも功績・人材ともに抜きんでている、まさしく世界を牽引するゆうであるらしい。

 入関には審査が非常に厳しいことで有名であるが、反面そこに所属するだけで地位・名誉・金銭のすべてが約束される超エリート機関でもあった。


「そんなところにあたしが〝是非〟と求められたなんて……【月神の加護チートスキル】と前世の知識様々ね」


 アカデミーには全国から〝入関希望〟の有望な人材が日夜集まってくるそうだが、特に輝夜あたしが所属すると分かった途端、その希望者の数は文字通り跳ね上がったらしい。理由はサリーヌ領にいた頃とどうやら同じで……。


 〝この世の者とは思えない美しさ〟で才色兼備の【月光の姫君ルナティック・プリンセス】と『共に働きたい』という、嘘みたいな本当の話が原因なのだった。

 

(一体この世界のあたし、どれだけ世界に影響力を与えちゃってるのよ……!)


 しかしその影響は、結果として。

 記憶を失くしていたあたしにとって、とある〝衝撃的な事実〟をくれたのだった。

 

『あ、いたいた~!』『よう、カグヤ』


 場所はアカデミー本館の豪勢な廊下。

 記憶世界の輝夜に近付いてきたのは、聞き慣れた声の、見慣れた様相の人物たちだった。


「マロン……アーキス!」


 あたしは思わず空で大声をあげる。


『ククク……遠目からでもすぐに理解わかったぞ……!』『んだ~今日もめんこいべな』

 

「オルトモルト、イズリー!」


『ふうん、さすがは〝月が見惚れたお姫様〟ってところかな』

 

「――クラノスも」


 とある〝衝撃的な事実〟――


 信じがたいことに、エヴァで共に同棲生活を送っていた王子たちは、帝都アカデミーに通う〝同僚〟でもあったのだ。

 

 確かに世界各地からエリートが集まる機関だと聞いていたけれど……。

 クラノスはじめマロンとか〝他の国の王族〟であっても留学という形で受け入れる、その懐の広さには感心しっきりだ。

 『万事すべては世界の発展のために』というアカデミーの精神がここだけでも見て取れる。


 ちなみにここにいないメイド美男娘・アルヴェは、あたしが住む館の使用人の一人だった。

 地方での働きぶりが目に留まり、この宮廷内に引き抜かれたとのことだったが……。

 それでも輝夜の身の回りの世話をがしてくれるというのはなかなかに破壊力が強かった。


 特に『なにかあれば、おもうしつけください――』などとお嬢様呼ばわりされるたび、あたしはこの世界の人に見えないことを良いことに空中を転がりまわるようにして喘ぐのだった。

(しかし部屋ではアルヴェが去ったあと、記憶世界のあたしも床を転がりまわっていて、しくも性癖の一致を確認することができた)


 そして、ここにいない男はもうひとり。


 この大陸を支配する【帝族の皇子】であるミカルドは――


『ふん。今日も騒々しい奴らを引き連れているな』


 いつもの自信に満ち溢れた声を出しながら、廊下の奥からやってきた。

 

『ミカルド様だ!』『スルガニア帝国が誇る竜騎士』『ミカルド様が今日も【月光の姫君ルナティック・プリンセス】をお迎えにいらしたぞ!』


 ミカルドの服装はいつもと少し違い、ダンスホールにでもそのまま出向きそうな〝まさしく貴族!〟というような格好をしている。

 白を基調に金糸で彩られ、豪勢な装飾が施された衣服を完璧に着こなせる人間なんてそうそういないと思うのだが――


 ミカルドは、だった。

 持ち前の整い過ぎた顔面に恰幅の良い長身、神が与えたとしても過言ではない秀麗なスタイルで完璧に貴族服を着こなしている。


「『ミカルド――!』」


 あたしと記憶世界の自分、ふたりの声が合わさった。

 

 背後では『騒々しい奴らってなんだよ~』と他の王子たちが文句をつけている。


 ミカルドはそれを無視して、記憶世界のあたしのもとに優雅な足取りで近寄ってくると。

 優雅にその場に片膝をつきしゃがみ込み、やはり優雅な所作で手を取って――


 その甲に、をした。


「――!」


 驚いたのは、今度はあたしひとりだけだった。


 手に接吻をされた輝夜は少しは身を震わせたが大げさには驚かず、口元をきゅっと結んだまま微笑みを浮かべている。

 そこに初々しさは残っているので、彼女も〝慣れている〟というわけではないらしい。

 むしろ〝無理やり慣れたふりをしている〟という言い方が正しいのだろうか。

 どことなく〝接吻をされる側〟の輝夜にも動きにぎこちなさがあった。

 

 当のミカルドは満足そうに立ち上がり、いつものキザっぽい口調で言う。

 

『ふむ。やはりこうしてカグヤの顔を見なければ、一日が始まった心地がしないな』


 ミカルドの言葉に、まわりの王子たちも納得したように笑顔で頷いて、


『ミカルドが終わったから、次はボクだね』『その次はおれも~!』

『ちっ、いちおーはこの国の皇子だしな』『ククク……一番手は譲ってやったのだ……!』

 

 などと言いながら。

 彼らも輝夜のもとにひざまずいて――代わる代わる〝手の甲キッス〟の挨拶を続けたのだった。


「ちょ、ちょっと!」

 

 やはり驚いたのは空で様子を見守るあたしひとりだけだ。どうやらこれも〝いつものこと〟らしい。

 

 神聖な儀式のような挨拶それがひととおり終わると、彼らは楽しそうに会話を続ける。

 だれもが笑顔を浮かべている。互いの肩を叩きあっている。

 

 そしてその中心には――輝夜がいる。

 どこか照れくさそうに。だけどとても嬉しそうに。

 

(……なによ、これ)


 空に浮かんだあたしは〝見てはいけないもの〟を見てしまったかのように顔を手で覆い、ひとちる。


「いつものあいつらと、全然違うじゃない……!」


 いつものあいつら、というのはもちろんあたしの知る【森深くの塔エヴァ】での王子たちのことだ。

 彼らと違って、この世界のこいつらは――


「なんであんなにのよ」

 

 これではとても〝偽物〟だなんて言うことはできない。

 

 それに記憶の中だとはいえ、王子たちに囲まれて居るのは〝あたし〟だ。どうしたって感情移入をしてしまう。

 結果として、空に浮かぶあたしの方も頬が熱を持ち、心臓は高鳴ってしまう。


「あいつらにどきどきさせられるなんて……うう、悔しいけど……仕方ないわよね」


 なにせ、ふだんエヴァでくだらない日常を過ごしていた同棲相手たちから――手の甲にキスをされ、〝王子様らしい〟振る舞いで接せられているのだ。


『『カグヤ!』』

  

 あたしの名前を呼ぶ彼らの表情には、いつもと違った色が浮かんでいる。

 それはどこまでもあたしが憧れた――〝青春の色〟なわけで。

 照れ隠しのつもりで身をよじっていたら、ふと気づいた。

  

「あれ……でも、そういえば、」

 

 ミカルドだけじゃない。

 他の同居人王子おうじさまも、あたしと過去に出会っていたのだ。

 

 でも……なんとなく。

 ミカルドを除けば、『あたしと過去に出会っていたこと』はエヴァで同棲をしていた彼らは本当にような気がした。

 あの心優しいイズリーやアルヴェ、筋肉に正直で嘘をつきそうもないアーキスに、すぐにほころびが出そうなマロン、圧力をかければなんでも言うことを聞くオルトモルト――そのだれもが、重大なことを隠しおおせるような器量を持っているようには思えなかった。


「そうよ。あいつらは〝隠し事〟なんてできる性格じゃ、全然ないもの」

 

 しかし実際は、ミカルドだけは『あたしと出会った記憶』が残っているような素振りを見せていて……なんだかそこには〝理由〟があるような気がした。

 それを確かめるためにも、あたしはこの記憶世界で〝先〟を見届けなければいけない。


「あ、でもクラノスは――」

 

 クラノスは……分からない。彼に関しては『あたしと出会うのはハジメテ』だとはっきり言っていたけれど……。

 いつもの笑顔で誤魔化している可能性はあるかな、とも思った。

 なにしろ彼は〝嘘を華麗に着飾って生きる〟腹黒な王子様なのだ。

 

 いずれにせよ、みんなが仲睦まじそうに笑顔で話しているのを見て。

 あたしは温かな気持ちになると同時に、胸に穴が開いたような寂しさも覚えたのだった。

 

なのに……なんだか変な感じ」


 ふたたびみんなの様子を眺める。

 王子たちだけじゃない。その中心にいる黒髪の少女――輝夜あたし自身も、とても満ち足りた表情をしていた。


 からん、ころん。

 何かの時間を知らせる鐘が突如鳴り響いた。

 それぞれが名残惜しそうな余韻とともに各自の持ち場に散っていく。


 確かにここには、あたしの知らなかったみんながいる。

 あたしの知らなかったあたしがいる。だけど。

 

「でも、そうね――なんだかみんな、幸せそう」

 

 過去にあたしが手にしていた穏やかで幸福な日々にどうしようもなく感情移入をして。


 あたしはふたたび記憶世界の中を巡ることにした。


 

      ☆ ☆ ☆


 

 そして、御伽噺おとぎばなしが常にそうであるように。


 

 ――〝幸せ〟は永遠には、続かなかった。


 

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