3-13 世界から追われよう!(カグヤの記憶②)


 御伽噺と同じように〝幸福な日々〟は永遠には続かない。

 

 結論から言えば――あたしは近い将来、この世界で【魔女】としてその身を追われることになった。


 きっかけは些細でくだらない(少なくともあたしにとっては)ものだった。


 〝神からの啓示を受けた〟という【予言者】をかたる輩が現れて、


『彼女は魔女である』と。


『このまま放っておけば――世界を滅ぼすであろう』と。


 そんな言いがかりをつけられたのであった。


 しかし、その予言者はこの世界の宗教を司る正教会の〝お墨付き〟だったから。


 言いがかりは――世界にとってのへと変わって。


 冒頭の通り、あたしは魔女として認定されることになった。


 理不尽だとも思った。

 どうせ何かの陰謀でしょうとも思った。だけど。


 どんなに酷い理不尽だって――数多の人が信じれば、それは〝正義〟になってしまう。


『このままでは【魔女】は世界を滅ぼしてしまう』


 そんな予言がなされたとしたら、世論がやるべきことはひとつ。


 

 ――魔女のあたしは、世界中の人から〝命〟を狙われることになった。


 

      ☆ ☆ ☆


 

『どうしてみんな、助けてくれるの……?』

 

 記憶世界のあたし――輝夜が言った。その声はどこか震えている。


『あたしは【魔女】って言われたんだよ? このままじゃ、あたしを守ってくれるみんなまで――』


 目の前の王子たちはふるふると首を振った。振ってくれた。

 優しげな瞳で。口元に柔らかい微笑みを浮かべて。

 安心して、と言っているような表情で。


『みんな……』


 場所は帝宮。

 ミカルドが住む城を中心に据えた居住区(帝宮内はあまりにも広すぎていくつかの区画に分けられていた)の隅にある、倉庫代わりに使われていた古びた【石塔】の中にあたしはかくまわれていた。


 その塔にあたしは見覚えがないわけがない。


 ――記憶を失くしたあたしが幽閉されていたあの塔、【エヴァ】とそっくりなのだ。


 完全に同じものであるかは判断がつかないけれど……少なくともどちらも同じ設計者であることは間違いなさそうだった。


 一点だけ、唯一決定的に異なるところは――あたしは塔から

 

 何の壁もなく。何の縛りもなく。何の呪いもなく。

 あたしは自由に出入りができている。

 

 とはいえ周囲があたしを狙っている状況だから、頻繁に外に出ているわけじゃなかったけれど……。

 幸いにも、ミカルドの近辺の貴族たちも協力してくれて、あたしは〝国外に逃亡した〟という体裁になっていた。

 だから少なくとも、ミカルドが管轄する敷地内にいる限りはとのことで。

 

 今は塔の目の前の広場のような場所で、みんなと対峙していた。

 

 とはいえ。


 ――【魔女】であるあたしをかくまうということは、相応のリスクが当然あった。


 なにせ、あたしはこの世界では『放置すればいつか世界を滅ぼす魔女』であるし。

 匿ってくれているのは、その世界を真っ先に守る側であるべき『帝国皇子』を筆頭とした王子様たちなのだ。


 それでも。

 

 ミカルドは言う。『気にしなくていい』


 クラノスは言う。『カグヤが魔女だなんて』


 マロンは言う。『失礼な話だよね~』


 イズリーは言う。『んだ! そんなわけがないべさ』  


 アルヴェがこくこくと頷く。『カグヤのこと、信じてる――』

 

 オルトモルトは言う。『クッ、偽の予言に踊らされおって……!』

 

 アーキスは言う。『安心しやがれ。オレ様の筋肉で守ってやるからよ』

 

 彼らの他に見慣れた【使い魔】たちも、輝夜を安心させるような視線を向けてくれている。


 紅い竜。猪。大きなイカ。白い虎。時々動く桃。紳士な熊。巨大サンショウウオ。

 

 ……やっぱりツッコミどころはたくさんあったけれど(特に動く桃とか)。

 目の前の動物たちはこの世界でもそれぞれの王子たちが大切にしている相棒パートナーだった。


「みんな……優しいのね」


 あたしは物陰に隠れて呟く。

 いや、別に堂々とみんなの前に出て行ったところで〝見えない〟のだから、なにもこんなふうに草の葉に紛れなくてもいいのだけど。

 でもなんだかそこに居るみんなの輪の中にずっかずっかと入っていくのも無粋な気がして……あたしは遠慮がちに少し離れたところから様子を伺っていた。


 ちょうどあたしの場所からは、輝夜が背中向きでその表情は見えない。

 肩を震わしているので、みんなの優しさに感動しているのかなと思っていたら。


『――答えになってないわよ!』


 彼女は叩きつけるような声を出したのだった。

 びくり。王子たちが驚いて眉を跳ねさせる。


『あたしが聞いてるのは……どうしてそんなにも、あたしに親身になってくれるの? っていうことよ。みんなには立場があるでしょう? それも、すごく立派な……あたしひとりを差し出せばそれで済む話なのに。なのに……どうして……』


 その声音はほとんど震えていた。

 答えになっていない、と言われた王子たちは――呆れたように息を吐く。


『ふん。この期に及んで……


「……え?」


 あたしはそのミカルドの言葉に驚いて目を見開いた。

 彼は続けて、

 

『カグヤを助ける理由などひとつしかない。それは我らにとってなことなのだ」


『どういう、ことよ』

  

 未だになにかに怯えるように背中を震わせるこの世界の輝夜は当然気づいていないようだったけれど。


 あたしは一連のミカルドの言葉に。表情に。仕草に。


 ――見覚えしかなくて。


『この際だ。はっきり伝えておこう』 


 その見覚えあるいつかと同じみたいに。

 ミカルドはどんっ、と塔の石壁に手をついて。

 

『魔女? そんなものはどうだっていい。いや、魔女だったとしても構わん。我がカグヤのことを助けるのは――のことが、好きだからだ』

  

『――っ!』

 

 信じられないことに。

 この記憶世界でも、あたしはミカルドに告白をされていたのだった。

 告白。つまりは好き、という感情を。あたしはミカルドから持たれていた。


「やっぱり……あの時と一緒」

 

 あたしは離れた場所で独り言ちて、その事実を噛み締める。

 

 告白を受けた輝夜の表情は見えないけれど、きっと驚きと緊張で顔を真っ赤にしていることだろう。

 あたしにはそれが分かる。だってあたしもだったから。


「えっ!? 嘘、ちょっと待って――」

 

 しかし。

 信じられないことに。

 衝撃の記憶には〝続き〟があった。


『そんなの、もうとっくに気づいてると思ってたよ――』

 

 ミカルドが輝夜の傍を離れるとすぐに、も近くにやってきて。


『ボクたちの気持ち、あらためて伝えさせてよね――』


   

 輝夜はそのひとりひとりから〝告白〟をされていったのだった。


 

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