1-10 ゴンタロと遊ぼう!


「それじゃ紹介するわね。こちらが、あたしが塔で暮らす上でいなくてはならない〝親愛なるパートナー〟――【ゴンタロ】よ!」


 じゃじゃーんと。

 あたしは手を広げて。

 

 リビングの奥にある棚。


 その中央に鎮座する――〝水晶玉〟を紹介してあげた。


「「「……へ?」」」


 3人がぽかんと口をあけた。


「……この水晶玉が、ゴンタロ……?」


「そうよ」あたしは頷く。


「……カグヤって、そういう特殊な性癖なの……?」


「はあ!?」あたしは驚く。


「だって、ボクたちよりも先にしてるパートナーって言ってたからさ」


 クラノスが訳の分からないことを言い出した。


「なに変な勘違いしてるのよ。ゴンタロは別に人じゃないわ。見ての通り丸い透明な〝水晶〟よ」


 そもそも、水晶玉に興奮を覚えるってどんだけニッチな性癖なのよ!


「「へええええええ……」」


「あ! あんまり納得してないわね」


「納得もなにも」クラノスが困ったような表情を浮かべて言う。「ご飯の材料をどこに手に入れてるの? って話だったのに、いきなり特殊性癖の話をしてくるからさ」


「だからそんなヤバすぎる性癖してないって!」


 ふうううう、とあたしは大きく息を吐いてから。


「あのね」と前置いて説明してやる。「これは――〝魔法の水晶〟なの!」


 3人は相変わらずぴんときていないようで、首を捻るばかりだ。


「あ!」クラノスがぱちんと手を打った。「魔法少女フェチの無機質版みたいなこと?」


「性癖の話から離れろや! ……そうじゃなくて、うーん。見せたほうが早いわね」


 あたしは『ごほん』と咳払いをしてから。


 拳よりも少し大きいくらいの【水晶玉ゴンタロ】に向かって、声を掛けた。


「ゴンタロ! ――〝鶏肉〟を出して!」


『ガッテンデイ!』


 そんな音声と共に。

 ぽわわわわわ。と。


 魔法の水晶玉――もとい、ゴンタロは輝きだして。


 やがてその明滅がおさまった先のテーブル上に――


「うわ~! 鶏肉だ!」


 鶏肉が姿を現した。へへん。すごいでしょう?


「こんな風に、ゴンタロに頼めば食材を出してくれるの」


 あたしはまるで自分の功績のように、得意げになって続ける。


「これが塔から出なくてもあたしが生きていける理由よ。ある程度は用意してくれるんだから」


「へ~~~~! すごい! 便利だね~!」マロンが引き続き目を輝かせる。


「どういう仕組みだ? 中にちっちゃいおっさんでも入ってんのか」ミカルドがいぶかしげに眉間へ皺を寄せた。


「そんなわけないでしょう。よ」


 その中でも。

 ただ一人、クラノスだけは。


「……おかしい。発現種に何の縛りもない自由組成術がだと――? 宮廷魔導士レベルを大陸中から搔き集めたって、こんな芸当はできやしない……まさかとは思うけど失われし古代魔法レジェンダリーマジック――? そもそも契約魔力はどこから――」


 などと、よく分からないことをぶつぶつと呟いていた。


 ――よし。なんかめんどくさそうだから放っておこう。


「はっ!?」


 マロンが思いついたように叫んだ。


「ってことはもしかして、ゴンタロは食べ物を無限に出せちゃうってこと――?」


 だらだらだら、と洒落にならない量のよだれを垂らすマロンに、あたしは答えてやる。


「残念だけど無限ではないわね。一日でゴンタロが使える魔法の量には限りがあるわ」


 がががーん、とこの世の終わりのような表情を浮かべるマロンに、引き続きあたしは答えてやる。


「だけど……まだ今日の分は残ってるみたいだから、もう少しなにか頼んでみましょっか」


 ううん、そうね。デザートなんかがいいかしら。


「ゴンタロ! ――【エデンの実】を出して!」


『ガッテンデイ!』


 ぽわわわわわ。ふたたびゴンタロは光を発して。

 テーブルの上にいくつかの【エデンの実】――つややかで紅い木の果実が現れた。


 あたしはそのひとつを手に取って、息を吹きかけて。

 袖口で軽く表面をぬぐってから、口に運んだ。



「うん! シャリシャリしてて美味しい♪」



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【塔の上のカグヤさま☆】

 第10話

   『ゴンタロと遊ぼう!』の巻

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「……確かに、エデンの実の味だ」


「だから本物って言ってるじゃない」


 ゴンタロが出してくれた紅いエデンの果実をいて、あたしは3人に取り分けた。

 実際に食べてみて、半信半疑だったクラノスも納得してくれたようだ。


「やっぱり食後のデザートは最高だね~!」


 ちなみにマロンは秒速で平らげてしまった。

 ミカルドを見ると――彼の皿には、渡した分がまるまる手つかずで残っていた。


「ミカルド、食べないの?」


「む? ……ああ。エデンの実は――なのだ」


「じゃあ、おれがもらっちゃってもいい? ありがと~!」


 ミカルドの返事がある前に、マロンが一瞬で口にほおばった。


「へえ、珍しい」クラノスが厭味イヤミったらしい笑顔を浮かべながら言う。「こんなに美味しいのに」


 確かに。

 エデンの実は甘酸っぱくて、食感もしゃりしゃりと気持ちが良いし。

 嫌いな人なんているんだ、と思えるくらい美味しい果物なのだけど。


「……ふん。我は要らん」


 ミカルドは腕を組み眉に皺を寄せながらそう言った。

 ま、人の好き嫌いはそれぞれだしね。それをどうこう言うつもりはない。


「カグヤ、おかわり~!」


「あんたはちょっと自重じちょうしなさい! 今ミカルドの分も食べたばっかでしょ!」


 本当はもう少しゴンタロに余力はありそうだけど、あんまり調子に乗って出しすぎてもよくないしね。


「もう今日の分はおしまい」と、食材を出すのは打ち切ることにした。


「え~! ケチ~!」ぷくう、とマロンが頬を膨らます。「あ! ……いいこと思いついた」


 絶対ロクなことじゃないわね、と思っていたら。


「ゴンタロ~! エデンの実、もっと出して!」


「あ! 何勝手に命令してるのよ!」


 しまった、その手があったか。

 慌てて振り向くとゴンタロは――どこか困ったように淡い光を出してから、言った。


『すみません。よく、聞き取れませんでした』


「なんでいきなり流暢りゅうちょうなのよ!!!!!」


 ふだんあんなに訛ってカタコトなのに……とツッコミどころはあったが。

 しばらく待ってみても、エデンの実が出ることはなかった。


「ふう、安心したわ。あたし以外の声には反応しないようね」


 よかった。

 自分のことしか考えてなさそうな目の前のエゴつよ王子たちに、ゴンタロのことをよきように使われちゃたまったものじゃない。


「ゴンタロ――ありがとう、偉いわよ」


 あたしはゴンタロのことを褒めてやった。

 やっぱりあたしの生活に不可欠な、自慢のパートナーね。


『ナンデイ、照レチマウナ!///』


「あ、口調戻った」



     ☆ ☆ ☆



「確かに……これさえあれば、塔の外に出なくても暮らしていけるかも」


 クラノスが最早驚愕を越え、感心するように言ってくれた。


「分かってくれた? すごく便利なの! 他にも――ゴンタロ、明日の天気を教えて!」


 ぽわわわわわ。水晶玉が光って。


『明日ハ、一雨ひとあめ来ルミテェダナ!』


「どう? こんなことも教えてくれるのよ」


 えっへん。うちのゴンタロはすごいだろう、とあたしは胸を張る。


「食料以外も出せたりするのか?」ミカルドが顎に手をやりながら、興味深げに聞いてきた。


「うん! 簡単な生活必需品なら出してくれるわ」


「ほう、それはすごいな。できないことはないようにも思える」


 じい、っとミカルドは水晶玉を見つめていたかと思えば。

 思いついたように、言った。


「ゴンタロ、ぜろ」


「うわーーーーー! なんてこと言うのよおおおおおお!」


 あたしは慌ててゴンタロに駆け寄った。

 よかった、ミカルドの声にも反応しないみたい。


「む。カグヤの言うことは聞けるが、我の言うことは聞けぬとは……教育が必要だな」


「まったく必要ないわよ! そのまま害悪あんたに染まることなくすくすく育って欲しいわ!」


 念のためゴンタロの全身を点検してから台座に戻して、あたしは憤る。


「ったく、ミカルドはどういうつもりよ!」


 あたしの言葉以外に反応しなくて本当に良かったわ。

 あやうく最高の相棒を失うところだったのだもの。


「よりにもよって〝ゴンタロ、爆ぜろ〟だなんて」


 パリイイイィィィン!


 しかし。

 あたしが会話の中で口にした言葉に反応して。


「…………え?」


 水晶玉ゴンタロは、バラバラに砕け散った。



「爆ぜたーーーーーーーーーーーー!!!!!」



     ☆ ☆ ☆



「なんてことを、してくれたのよ……」


 砕け散った水晶玉――ゴンタロの破片を集めても。

 もう、もとの姿に戻ることはない。

 あたしは大切なパートナーを失ってしまった。


「これからどうすればいいの……あたしは、ゴンタロなしには何も手に入れられないのよ……?」


「む……そうだな。必要なものがあれば、我が外から取り寄せることにしよう」


 微かに残っていた良心の呵責かしゃくからだろうか。

 ミカルドがそんな提案をしてくれたけれど。


「そういうことじゃないのよ!」


 とあたしは声に怒気を含ませる。


 確かにちょっと言葉遣いはだったし。

 単純な会話テンプレート以外は、反応してくれないこともあったけれど。


 雨の日だって。風の日だって。

 雪の日も。日差しの強い日も。

 ゴンタロはあたしにたくさんのものをくれた。

 あたしたちは――ずっと一緒だった。


 塔にひとり、閉じ込められたあたしにとって。


 ――かけがえのない唯一の相棒パートナーだったのよ。


「そうよ……代わりなんてどこにもない、この世にたったひとつの水晶玉ゴンタロだったのに」


 ほろり。

 あたしの頬を温かい液体が伝った。


 壁にかけられたランプの灯りがゴンタロの砕けた硝子片にあたって反射し、きらきらと優しい光を周囲に振りまいている。


「……ゴンタロ、今までありがとう」


 そんなことをしていたら――ばたん。扉が開いた。


 その先には、いつの間にか8階から姿を消していたクラノスが。



 手に抱えきれないほどの水晶玉ゴンタロを持って立っていた。



「あ、なんか地下の倉庫にめっちゃあったよ」


「代わりすごいいたーーーーーーーーー!!!」



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代わりめっちゃいました。

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