3-50 裏側に移動しよう!
「我と共に来い、カグヤ!」
塔から本当に出られるのか不安になっていたあたしに。
ミカルドがそのまさしく〝塔の外〟から手を伸ばしてきた。
「――っ!」
迷いは一瞬だった。
目の前にいるのはイカツイ龍に乗った、上から目線で我がままの気障なヤツで。
憧れた【白馬に乗った王子様】とはやっぱり程遠かったけれど。
あたしの口元は自然と緩んで。……なんだか。彼の手を取ってみたいという気持ちに。
彼と一緒に
ほんのちょっぴりだけ、なったのだった。
どうしてそうなったのかは――やっぱり悔しいから深くは考えないことにした。
「ミカルドっ!」
あたしは屋上をゆっくりと駆け出して。
端に並んだ塀壁の上に足をかけて。
その勢いのまま地を蹴って。
「カグヤーーーッ!!」
彼が伸ばしてきた王子様みたいな白い手を。
握った。
「きゃあっ」
そのままぐいとあたしの腕は引き上げられて。
ミカルドの胸の中にまるで〝お姫様抱っこ〟のようにおさまった。
「……っ! ち、ちかい、わね」
目の前にはミカルドの整った顔がある。息遣いがあたしの頬をくすぐる。
彼の心臓の鼓動が聞こえる。血液が巡る音が聞こえる。彼の〝ドキドキ〟があたしの〝ドキドキ〟と重なる。
温かい。ミカルドに抱き留められて――あたしは顔を。全身を。真っ赤にさせてしまう。
「近いと言われても仕方ないだろう。すこしは我慢しろ――我だって、照れている」
どこまでも気障な仕草のミカルドだったけれど。
その言葉のとおりで、彼の頬もあたしと同じように。
――まるでエデンの樹の実のように〝深紅〟に染まっていた。
「
「え?」
「見えない壁には、当たらなかった」
ああ、そうだ。
もうあたしはなんの障害もなく。
塔の外へ無事に出ることができた。
ミカルドの胸に飛び込むことができた。
「――うんっ!」
その事実があらためて実感となって像を結ぶ。
なんだか自分にずっと付きまとっていた、分厚い膜のようなものが取れた晴れやかな気分だった。
心臓は未だに早鐘を打っている。どきどきと脈動が止まらない。
塔から出られた興奮と。
ミカルドの大きな身体に抱き留められている温もりとが重なって。
あたしの頬は。頭は。心は。弾けるような熱をもっていた。
「しっかり捕まっているのだぞ」
こくり。あたしはミカルドの胸の中で大きく頷く。
「ふむ、これで準備は整った!」
そして銀色の髪をなびかせ灰色の瞳を空に向けて、彼は大きく叫んだ。
「月の裏側へさあ行かん!!!」
「「おおおおおおーーーーー!!!」」
ミカルドの号令に、他の王子たちも腕を天に掲げ盛大に応えた。
(そういえばあたしたち〝月の裏側〟に行くんだったわね。
「分かったわ。色々言いたいことはあるけれど……ひとまずは行ってやろうじゃない、月の裏側まで!」
☆ ☆ ☆
こうしてあたしたちは〝
あたしはミカルドとともに赤龍の背に乗っている。
他の王子もそれぞれ巨大化した使い魔に乗っていた。
アーキスは堂々と、塔の何倍もの大きさを誇る大熊に。
マロンは、その牙が大海をつんざく氷山ほどもあろうかというイノシシに。
クラノスは、触手のひとつひとつが大型の鯨の体躯ほどもあるイカに。
イズリーは、荒廃した土地に突如姿を現した雪山のごとく巨大な白虎に。
オルトモルトは、巨大湖の底から目覚めた世界を滅ぼす怪物かのようなサンショウウオに。
そしてアルヴェは――
「あら? そういえば、アルヴェの乗ってきた〝桃〟は――?」
これまであの不思議な桃は
(さすがに、
不安に思ってきょろきょろとあたりを見渡す。すると、視界の端で見つけることができた。
(あ、良かった。ちゃんと元と同じ大きさね。ま、それでも桃にしては充分大きいんだけど……)
桃は最初に川から流れてきた時と同じ、両手でギリギリ抱えきれないほどの大きさのままだった。
その上にはちょこんと可愛らしくメイド服姿のアルヴェが座っている。
(アルヴェも桃に乗って移動するつもりなのね。でも
あたしの目は大きく見開かれた。
桃に乗ってどうやって移動するつもりか? その答えはひとめ見て分かった。
アルヴェが乗った桃は、空中でふよふよと
「うわーーーーー! 桃が空飛んでるーーーーーーーー!」
「うん。俺のこと――つれてってくれるらしい」
どこか誇らしげにアルヴェが言った。
あたしの脳はふたたび混乱を始めるが、アルヴェ本人が納得していたのでこれ以上突っ込むのはやめておいた。
なにしろここは異世界だ。
動いて脳内に念話飛ばしてきた上に
(そう、不思議なことなんてひとつも無いのよ――)
あたしは深呼吸をしながら自らに言い聞かす。
「時は来たれり! 皆の者、出発だ!」
全員が整列したところで、ふたたびミカルドが号令をかけた。
「おおおおおおーーーーー!!!」
そうして行進は始まった。
どおおん。どおおおおん。どおおおおおおおおん。
彼らが歩を進めるたびに空気が震え大地が揺れる。
あまりに巨大な生物たちが横一列になって、荒廃した大地を踏み抜きながら進み行く
あたしはたまらず叫んだ。
「もうこれ、怪獣大戦争じゃないのよーーーーーーーーーーーー!」
まるでこのまま世界でも滅ぼしにいきかねない終末的な光景だった。
(まあでも実際、これから
あたしは不安しか覚えなかったけれど、そろそろツッコミに疲れてきたのでその言葉は飲み込んで。
人生でハジメテの〝外出〟を、ミカルドとの空中散歩で
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