3-64 星を砕こう!(地球帰還大作戦⑬)


「ほんとにでっかくなったーーーーーーーーーーー!」


 大怪獣ばりに〝巨大化〟をした筋肉王子・アーキスの姿を見上げながら。

 あたしは目とか口とか色んなところを広げながら叫んだ。


『『んあ。トレーニングの追い込みラストスパートが効いたようだぜ』』

 

 ちょっと待って! それ一体どうなってるわけ!?

 アーキスって人間よね!?

 それがなんで、筋肉を鍛えただけで〝ビル以上の大きさ〟に巨大化できてるのよ!?


『『シショー! やったぜ! これが筋肉増強パンプアップってやつだな!』』


「一億パーセント違うから!!!!!」


 筋肉が膨張したとか、骨格が変わったとかそういう次元の話じゃない。

 アーキスは文字通り、まるでそういうでもかけられたみたいに〝巨大化〟している。


(小さい頃にみた、変身して戦うヒーローじゃないんだから……!)


『『カグヤ!!』』


「はいぃっ!?」


 天から叩きつけられるように名前を呼ばれて、たまらず飛び上がってしまった。


「お陰様でよーやく今度こそ〝夢〟が叶いそうだぜ」


 ああ。そうだ。

 筋肉馬鹿のアーキスが、どこまでも無垢な瞳で『筋肉を信じりゃオレ様はできるッ』と純粋に叶えようとしていた夢。


 ――でっかくなって、星を割ること。


 空をふと見上げる。

 地球はもう、すぐそこだった。


「アーキス!」


 あたしは何十、いや何百倍にも(それこそ星くらい簡単に割れちゃいそうなくらいに)でっかくなったアーキスに向かって叫ぶ。

 

『『んあ?』』

 

「思う存分、夢、叶えちゃってーーーーーーーー!」

  

 すると巨大アーキスは引き続き真っ白な歯を覗かせてニカッと笑い、


『『ああ! そうさせてもらうぜ。これでオレ様が〝最強〟だーーーーーーーーーー!』』


 鼓膜が破れそうになるような大声で叫んだ。

 続いて力を入れ全身の筋肉をさらに膨らませると。


 そのまま右の拳を大きく――天高く、掲げて。


 まるで台風の翌日の川のように激しく血液を送り出す〝巨大な血管〟が走った、ビルのように太い腕を。


 『『うおりゃあああああああああああああ!!!』』


 文字通り、全身全霊で――地面に叩きつけた。


 ずごごごごごごごごごごごごおおおおおおおおおおおん。

 世界が終わってしまうかのような轟音が鳴り響いて。


 星は。


 砕

 か

 れ

 た。

 

「星、割れたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 すべての音を飲み込むほどの衝撃が周囲に走った。


「きゃああああっ」


 それぞれの身体が宙に投げ出される。

 アーキスの一撃によって

 星はいくつもの破片に分かれて宇宙へと散っていく。


 これで少なくとも、まるまるが地球に落下するという〝最悪の事態〟は免れた。


(はっ!? もしかしてアーキス、はじめからこれを狙って――?)


 考えてることは子ども以上に子どもだが、案外常識人な面も持ち合わせているアーキスのことだ。

 もしかしたら、彼なりに〝地球を救う〟方法を考えていたのかもしれない。


「『……!』」


 空に投げ出されるような恰好になっていたあたしとアーキスのふたりは目が合った。

 アーキスはその文字通り巨大な瞳であたしのことを見つめたあとに。

 すこし照れくさそうに頬を染めて、片方の口角を上げて、


 ――いつかと同じように二本の指を広げて〝ピースサイン〟をしてきた。


(あ……)


 あたしはそれにこたえるようにして。

 右手で同じくVサインをつくって、アーキスに笑顔で返してやった。「ぶいっ」


『『あ、いや――今ので突き指をした』』

 

「突き指だったんかああああああい!」


 だから紛らわしいのよ! と突っ込みながらも。

 あたしは空に浮かんだ状態で、口の横に手を添えて大声で言ってやる。


「あとでテーピングしてあげるわねーーーーーーーーーー!」


 するとアーキスは片方の頬を緩ませて。

 〝Vサイン〟の指先を組み替え親指を立てて〝サムズアップ〟をしてくれた。

 

(うーん、あんなに大きな指用の包帯なんてあるのかしら……)


 なんて不安になったけれど。

 きっと地球に着いた頃にはもとの大きさに戻ってるわよね、とあたしは深く考えないことにした。

 

 ともかく。

 月は地球に激突寸前にになったおかげで、どうやら最悪の事態は免れそうだ。

 

が〝思う存分の力〟を発揮して。

 抱えていた夢や目標も叶って。

  

 さあ、これにて一件落着☆


「――なわけがないでしょおおおおおおお!」

 

 思わずセルフで突っ込んでしまった。

 一件落着なわけがない。確かに月はいったんは砕かれたけれど。


 破片(とはいえないレベルの岩塊)は地球に降り注ぐわけだし。

 なによりだ。


 現在進行形であたしたちは――宙に放り出され、地球に向かって落下している。

 

 しかも命綱なしの完全自由落下パーフェクトフリーフォールで。

  

「地球の心配どころじゃないわ! このままだと、あたしたちが大変なことぺちゃんこに――」


 周囲を見渡すと、至る所に王子たちが散り散りになっている。

 だれもが空をもがくようにして焦って……焦って、ない!?


「なんかむしろスカイダイビングを楽しんでない!? みんなめっちゃ笑顔なんですけど!」

 

 このに及んでも王子たちは、まるで真夏の日に海に来た子どもみたいに無邪気にはしゃいでいた。


 ――まったく、肝がおわりのようで。こいつらはどこまでも〝ホンモノ〟ね……。

 

 そんな中でも。


『『がうがうがううううう』』

『『ぐおおおおおおおおお』』


 巨大化した使い魔たちは、きちんとこの状況を〝どうにかしよう〟と動いていた。

 例えばシショーたちは、地球に向かっている影響力の大きそうな『月の破片』が別のの方角にいくように衝撃を与えて軌道を変えているし。

 火を噴くドラゴンズと桃は、ことを活かして、近くの空中にいる王子たちを順次助けに向かっていた。


「やっぱり、いざという時に優しくしてくれるのは〝動物〟の方ね……でも安心だわ。あたしもそのうち助けてくれ――いたっ!?」

  

 そう独りちていたら、ごつん。

 砕けた星の破片のひとつが、あたしの頭に当たってしまった。


「――っ!」


 視界が揺れる。頭が揺れる。

 遅れて鈍い痛みが後頭部に走った。


「「! カグヤーーーーッ!」」

 

 思考を立て直そうとするけれどできない。

 まるで眠りに落ちる直前のように、あたしの意志は役に立たなかった。

 

 そんな薄れていく意識の中で。


 王子様のが、空を泳ぐようにやってきて。


 あたしの身体を。

 きゅうっと強く。強く。 

 

 

 ――抱きしめてくれた。

 

 

 それがだれだったのかは、分からない。



      ☆ ☆ ☆


 

 月は地球に向かって落ちきて。

 砕かれた星の破片と一緒にあたしたちは地球上に


 しくもいつの日かオルトモルトが言っていた【中二的な予言】のとおりになった。


『数多の怪物と使徒の手により』

『星は落ち、大地は割れ』

『世界は間もなく滅びるのだ……!』


 確かにシショーをはじめとした数多の巨大怪物と、王子たち(使徒?)の手によって。

 まさしく文字通り星は落ち、大地は割れて。

 月というあたしたちの〝世界〟は(物理的に)滅びてしまった。

 がどうのとか言ってたけれど……それは何のことを示すのかは分からない。


 あれだけ虚言だと思っていた予言のほとんど(内なる邪龍が目覚めたことも含め)が【真実】だったのだ。

 もしかしたら『邪神様』とやらも近々本当に復活するのかもしれない。


 だけど……それがなんだというのだろうか。


 すくなくとも〝月を地球に落とす〟なんていう。

 をしでかしたあたしたちに、怖いものなんて何もないのだ。 


 

      ☆ ☆ ☆



 こうして。


 ――世界から月がひとつ消えた。


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