3-65 地球に帰ろう!(地球帰還大作戦⑭)


「……ううっ……」


 がちゃり。

 あたしが身体を動かすと、なにやら瓦礫がれきのようなものがぶつかる音がした。

 ゆっくりと視界が像を結んでくる。目の前で両手を二三度開閉してみたが、無事に自分の意志で動くようだった。


「よかった、あたし、……生きてる?」


 もしくはここは【天国】だろうか?

 いや、もし仮に死後の世界だとしたら、生前には〝月を地球に落とす〟という神様もびっくりな非常識行動スーパープレイを行い、世界を二度にわたって滅ぼしているのだ。行く先は【地獄】の確率の方が高いかもしれない。


「天国にしろ地獄にしろ……まるでみたいね」


 どうやらあたしは地面に寝かされていたようだ。

 上半身を起こし、ゆっくりと周囲を見渡してから呟く。

 そこはどこか深い森の奥のようだった。まるでエヴァがあった〝あの場所〟みたいだ。


 しかし、決定的に異なるのは……周辺には瓦礫や岩塊が散乱し山のようになっていたり、地面がえぐれが入り、ところどころに穴ができている。


「……まるで流星群でも落ちてきたみたい」


 あたしの皮肉は樹々の葉のざわめきの中に消えた。

 あたりの光景は、まるで星の残骸が散らばっているみたいだった。

 空を見上げても〝月らしきもの〟は見当たらない。

 

 ということは、つまり。


 ここは。

 

「――〝地球〟って、ことよね」


「うお~~~~~!」


「きゃっ!?」


 突として瓦礫がれきが重なった近くの地面が盛り上がった。

 中からはひとりの美青年――マロンが出てきた。

 

「マロン!」


「カグヤ! ……おなか、すいた~~~~」


 ぐごごごごごごごごごごああああああああ!

 立ち上がった瞬間に、そんな怪獣の咆哮のような〝お腹の音〟を響かせながらその場に倒れ込んだ。『散らばってるこの、美味しいのかなあ』とつぶやいていたけれど、それはきっと冗談じゃないだろうから笑わずスルーしておくことにした。


「いってて……」「む、ここは……」


 他の王子たちも周囲で目を覚まし始めたようだ。

 服が破れてたり、傷ができたりはしていたけれど、おおむねは無事みたいで安心する。


「って……星ごと地球に落下しておいて〝無事〟って、冷静に考えたら奇跡としか言いようがないけどね……」


 乾いた笑いがあたしの口をつく。


 たしか月が地球に落ちる直前に。

 アーキスが落下する星を砕いて、大怪獣たちがさすがに地球に落ちたらヤバそうな規模の岩塊の弾道を変えて宇宙に飛ばして。

 落ちていくあたしたちのことを、ミカルドのドラゴンと、オルトモルト、あと空飛ぶ桃が拾うようにして助けてくれたんだっけ。


 ――こうして言葉にしてみると、まったく何を言ってるのか分からないわね……。

 

 溜息交じりに頭をおさえると、そこに鈍い痛みがあるのに気づいた。

 そういえば落下の最中に星の欠片が当たって……そのあと、どうなったんだっけ。


(だれかがあたしのことを抱きしめて、助けてくれた気が……)

 

 自らの身体を両手で交差するように挟みこんでみる。

 そこには確かに人のぬくもりが残っているような気がした。

 周囲の王子たちを見渡す。一体だれなのだろう……なんだか感触だった気もするけれど。

 

「あ、目がめたんだね」


 そのとき。

 少し離れた森の奥から、ひとりの見かけだけは爽やかな金髪王子がやってきた。

 クラノスだった。


「クラノス! あっ、……いたた……!」


「安静にしててほうがいいよ、カグヤ。残りのことはに任せといて」


「……?」


 クラノスの付近に視線をやっても他にはだれも見当たらない。

 しかし。


 どおおおおん。どおおおおおん。

 なにやら大地の振動と轟音が定期的に響いてくる。


「なんの、音……?」


 いぶかし気に目を細めていたら、クラノスが指先を上に向けた。

 その方向を見上げると……。


「……あ」


 巨大化した使い魔たちが、なにやらせわしなく動き回っていた。

 どうやら月が落ちてぼろぼろになった地球(のどこか)を修復しつつ、なにかをように周囲を丹念に見渡している。


(一体、何を探しているのかしら……?)


 疑問に思って首を捻るが、それらしい答えは思いつかなかった。

 

 しかしそんなことよりも。

 巨大化使い魔たちに交じって【でっかくなったアーキス】もふつうにその巨体でどすんどすんと歩きながら修復やら捜し物やらをしていることのほうがあたしは気になった。あんたまだ大きくなったままなのね……。『夢だけど、夢じゃなかった!』なんていう、どこかで聞いたような台詞が頭の中でリフレインした。ま、〝人間がでっかくなる〟なんてこと自体が『夢』みたいな出来事なんだけど。


 とにかく。

 

「あたしたち、無事だったのね」

 

 ――月は地球に落ちたけど、案外みんな無事だった。

 

 そんな前例がひとつできたのだ。

 これから月を地球に落とす際にはどうか参考にしてほしい。 

 

 え? 自分たち以外はどうなんだって? 地球上の他の人たちの影響?


 あたしもそれは気になったけど、まわりの王子たちや使い魔たちの落ち着きっぷりから見ても、きっとそんなになことにはなっていないような気がする。これは勘でもあるのだけど……こういう時の〝お姫様の勘〟は当たるのだ。あるいはそれは、【月神の加護】を持っていた昔の輝夜あたしの力の名残なのかもしれない。この世界の人たちは大丈夫だ――そんな風に月があたしに告げてくれているような気がした。月、跡形もないけど。


「それに……あたしは一度は世界を滅ぼしているのよ? その時と比べたら、これくらいたいしたことないわ」


 あたしは開き直って言ってやる。過去の輝夜あたしもなんだか近くで口角を上げてくれた気がした。


「せいぜい月が落ちた衝撃で地球の軌道がずれちゃたりとか、そのせいで太陽との距離が変わって気候がちょっと熱くなったり寒くなったり、巻き上がった灰で世界中の空が染まったり、一日の長さがすこし変わっちゃったり……とにかく、よ」


 あたしは余裕の微笑みを浮かべながら言って……いるうちに、『あれ? やっぱりこれって結構まずいんじゃない? だいじょうぶ? ねえだいじょうぶなの?』と非常に不安になってきた。滲みだしてきた冷や汗が地面にだらだらと流れ落ちる。


「夢だけど、夢じゃなかった……あたしたち、月を落としちゃったのよね……?」


 心配そうな声でそう言っていたら、隣で瓦礫に突っ伏していたマロンが言ってくれた。


「大丈夫だよ~カグヤ~」


 きっと空腹によるものだろう。

 その声に元気はなかったけれど、ちゃんとあたしを『安心させよう』という想いが込められていた。


「確かに月はなくなっちゃったけどさ~ご飯たべたら元気になるよ~」

 

「そ、そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 つまりそれは『色々辛いこともあったけど、飲んで食べて忘れちゃお☆』みたいなことよね?

 ただの現実逃避な気もしたけれど……それでも。

 のほほんと心からそう信じてやまないマロンの表情を見ていると、なんだかそれだけで安心できたのだった。


 それに〝美味しいものを食べたら元気になる〟っていうのも、だれにも否定されない事実だしね。


「ふん。またくだらんことで迷っているな」

 

「! ……ミカルド!」


 後ろを振り帰ると皇帝嫡子の銀髪皇子様・ミカルドがいた。

 腕を組みながら樹の幹にもたれかかっている。衣装は他のみんなと同様汚れている。


「月がひとつなくなったところでなんだ」


 彼はたいしたことなさそうに言う。たいしたことなのに。


「それでも空には満天の星空がある。数えきれないほどの無数の星が輝いている!」


 相変わらず気障キザったらしく、まるで大作オペラの登場人物のように両腕を開きながら彼は続ける。


「そしてカグヤは――その中のかけがえのないひとつの星だ。かけがえのないだ。カグヤさえ無事であれば……我はそれでいい」


 葉も浮くような台詞をミカルドは真剣そのものの表情で。

 つまりは〝王子様〟みたいな仕草で。

 膝をついてあたしの手をとって――そこに接吻キスをした。

 

「……っ! あり、がと……」


 この場合『ありがとう』と答えるのが正解なのかどうかは分からないが。

 顔を真っ赤しながらあたしはその言葉を伝えた。なんだか恥ずかしくなってミカルドから目を背ける。


「それに、だ――」


 立ち上がったミカルドは空を見上げながら言った。


「仮に月を落としたことで破滅的な影響を与えていたとしても――この世界は、カグヤがつくった世界だ」


「……え?」


「同感だね」後ろからクラノスが言った。口元に手の甲をあてながら彼は続ける。「たしかに前の世界を滅ぼしたのはカグヤだけど。また創ったのもキミだ。カグヤがいなかったら、今のこの世界は存在しない。はカグヤにあるんだよ? 月を落とそうが何も問題ないさ。ここは、キミのおかげでる世界だ」


「そんな自分勝手なこと、あるかしら……」


 不安そうにつぶやくあたしに向かって、クラノスは〝いつもの微笑み〟を一瞬作りかけて――そしてめて首を振って。

 口元を微かに緩ませて言った。

 

「自分勝手で生きなよ――自分の世界くらい」


「……!」


「以上が〝腹黒王子〟からの助言。役に立ったかな?」クラノスはまた見慣れた微笑みに戻って言った。


「そうね……これからは、そう思って生きていくのもいいかもしれないわね」

 

 とんでもなく無茶苦茶な理論だったけれど。

 彼ら〝ホンモノ〟の王子様たちに言われると、なんだか不思議に納得してしまうのだった。

 もしかしたら自分も彼らの〝ホンモノ〟具合に毒されてしまったのかもしれない。

 

『んあー! 見つかったぜーーーー!』


 そんなことを考えていたら遠くで叫び声が上がった。

 でっかくなったアーキスだった。


「あ、やっと見つかったみたい」


 クラノスが安堵したように息を吐いて、あたしについてくるように促した。


「なにがみつかったの?」


 

「うーん」クラノスはあざとらしく唇に人差し指を当てて言った。「カグヤにとって、大切なものかな」


 

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