3-66 塔を立てよう!(地球帰還大作戦⑮)


「あー!」


 あたしはみんなが見つけてくれた大きな〝捜し物〟を目の前にして思わず声が出た。


「〝エヴァ〟じゃない! すごい! 無事だったんだ!」

 

 そこには地面に横向き倒れるような形でエヴァ――〝石造りの塔〟が転がっていた。

 下の2割ほどが地面に埋まってしまっていて、ところどころは剥がれボロボロにななっているが、その形のほとんどは無事で残っている。


「クラノスさんが、直前で魔法をかけて衝撃を抑えてくれたんだべ~」


 イズリーが言った。


「……べつに。たまたま地面に落ちていく塔を見つけたから。一応はカグヤの家だし。……せっかくのでもあったしね」


 クラノスはどこか恥ずかしそうに頬を掻いている。


「本当に、よかったわ……!」


 愛着があるのはあたしも同じだ。

 なにしろ記憶を失くしてからずっと住んでいて、名前だってみんなで考えてつけた塔だ。

 月から落ちたら粉々になってても仕方なかったと思うけれど……クラノスが守ってくれてたなんて。こういうところはやっぱり一番の常識人だし、口では色々言っていても〝優しいとこあるじゃない〟って思う理由のひとつなのよね。


「ありがとークラノス!」


 たまらずクラノスに抱きついた。

 彼は『ちょ、ちょっと、カグヤ……!』と照れていたけれど、今はエヴァが無事だった嬉しさが勝っている。

 気にすることなくクラノスの手を取って飛び跳ねていたらふと気づいた。


「あ……でも、こんなになっちゃったら……もう〝塔〟とはいえないかもしれないわね」


 きっと部屋とか中もぐちゃぐちゃになってるだろうし。

 せっかく形は無事でも、もう塔として前みたいに住むことは……。


『んあ? そんなもんはたいした問題じゃねえ。すぐに戻してやる』


「え?」


『場所はここでいいのかよ?』

 

 でっかくなったアーキスの質問の意図が一瞬汲み取れず首を捻る。


(あ、もしかして……)


 ふと思い当って、そのでっかくなったアーキスならやりかねないことを信じてあたしは頷いた。


「うん! ここで大丈夫! ……前いたところに似てるしね。ここが地球のどこなのかは分からないけれど」


『んあ、分かったぜ……そらよっと!』


 ずずずずずずうううんん。

 まるで風を切るような低い音とともに、でっかくなったアーキスは横向きに転がっていたエヴァをその巨大な両手で持ち上げた。

 地下の骨組みごと持ち上がったそれを、アーキスはなんてことのないように縦向きに直して、振りかぶり、そのまま――


 すどおおおおおおおおおおおん!

 地面に突き立てた。


「……想像はしてたけどとんでもない光景ね。ミニチュア模型の街じゃないんだから」


 アーキスは最後ののように体重をかけてじりじりと塔を地面に押し込み、やがて塔の傾きを微調整して整えた。


『んあ……これでいいか?』

 

「ありがとー! 完璧! ……あ」


『んあ?』


 そこでアーキスは意識的にか片方の手を背中に隠した。


「そっか、指……痛むよね」


 彼が星を割った時に突き指をしていたことを思い出す。

 いや、星ひとつ割っといて突き指だけで済むってのもどうかと思うんだけど。

 

『たいしたことじゃねえよ』


 アーキスはすこし目線を斜めにあげたあと、どこか照れくさそうに鼻から息を抜いて言った。


『それに……あとから手当てしてくれんだろ? カグヤの超絶技巧テクのテーピングでな』


 あたしは頷いて、「うん! 任せといてっ」


『んあ……よろしく頼むぜ』


 彼はまた不器用に〝Vサイン〟をあたしに向けてきた。

 今度はたぶん、突き指の主張じゃない〝青春っぽいやつ〟の方だと思う。


「えへへ」

 

 あたしも頬を緩ませて、堂々とピースサインを向けてあげる。

 周囲の王子たちも空気に流されたのか真似をして〝Vサイン〟を作り、笑顔でお互い空に向かって掲げた。

 

 そしてだれひとりとして〝でっかくなったアーキス〟に突っ込まない。だれもその不可解過ぎる事実に驚くことはしていない。

 ごくふつうの当たり前の光景として、でっかくなったアーキスは王子たちの中に馴染んでいる。


 今日も変わらず至って平和な世界で――至っての王子様たちだ。


「……まったく。いちいち突っ込むのが馬鹿らしくなるくらい〝異常〟に溢れた光景ね」

 

 とにかくも。

 

 こうしてまた

 あたりはどこかの森の奥深く。もしかしたら指輪の魔法で繋がっていた場所そのものだったのかもしれないけれど……その真偽は分からない。


 分かるのは、ここが月の上でなく〝地球の上〟だということだけだ。


 あたしは。

 あたしたちは。


 本当に帰ってきたのだった。


 ミカルドも。クラノスも。マロンも。

 イズリーも。アルヴェも。アーキスも。オルトモルトも。


 ドラゴンも。イカも。イノシシも。

 ニャンチャも。大桃様も。シショーも。ポウタンも。

 

 そして――エヴァも。

 

 1人の欠員も出さず。

 1匹だって見逃さず。

 1塔すらも仲間外れにせず。


 唯一の【お姫様】も置いてけぼりにせず。


「本当に、帰ってこれたんだわ」


 言ってみて自分の中で違和感があった。

 確かに過去のあたしは【地球】の出身であるとはいえ、今のあたしが地球ここに来るのはハジメテのことだ。


 それで『帰ってこれた』というのは本当に正しい表現なのだろうか?

 『ただいま』と言ってもいいものなのだろうか?


 そんなことを考えていたら、ふと気づいた。


「あら? そういえば……アルヴェとオルトモルトは?」

 

 ふたりの姿だけ周囲に見当たらなかった。

 後者のほうはまあ最悪いなくても『惜しい奴を……』くらいの認識だが、前者のアルヴェはあたしの癒し担当だ。

 いなくなってもらったらすっごく困る。とっても困る。


 

「ああ、あいつらなら――」


 

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