2-3 ギャップに萌えよう!


「そんただもん、申し訳が立たねえだ……!」


 目の前では、白虎に乗ってやってきた〝見た目だけ理想の王子様〟が――


 涙ながらにをしていた。


「べ、別に気にしなくていいわよ、花瓶くらい。どうせ飾ってても、誰が見てくれるものでもなかったし」


 とフォローをしてみたのだが、


「んでねぇ! おらの一生さかけて償わせてもらうべ!」


 彼は再び頭を地面に擦りつけてきた。


「あんたの人生、花瓶と同じ重み!?」


「やっぱり足りねえべか……? 仕方ねえ、おらの両親もつけるべ!」


「家族ごとむしり取ろうとしてないわよ! あたしゃ鬼か!」


 溜息交じりに突っ込んでから、あたしはあらためて彼の顔を眺めた。


 目と眉の間がほとんどないくらいに彫が深い。

 まるでどんな物事にも厳格で、誰にも譲れない確固とした信念を持っていそうな秀麗な王子様だ。


 なのに今は幼児のように泣きべそをかいている。


 ――イメージが崩れすぎてるのよねええええ……。


 確かにあたしはギャップには弱いけれど。


「こういうギャップは求めてないから! ……えっと、」


 そこで訛り王子は〝はっ〟とした顔を浮かべて(クールな顔つきなのに感情が忙しないのもやっぱり求めていない方のギャップだった)、あらためて座り直した。


「申し遅れただ! おらの名前はイズリー。道さ迷ってたら声かけられて、ここに来たべ」


 白虎に乗ってきた田舎っぺは【イズリー】という名前らしい。


「あたしはカグヤ!」「クラノス」「マロンだよ~」


 それぞれが簡単に自己紹介をしていくと、ミカルドのところで物申しが入った。


「我はミカルドだ」


「その声……んはぁ! もしかして男衆おとこしゅだったべか!? 色も白いし髪も長えし、女子おなごか思ってただ」


「ちょっと! こんなガタイの良い女の子がどこにいるのよ!」あたしは思わず突っ込む。


 すまね、とイズリーが頭を掻いた。


「ぶふう! ミカルドが女って……」クラノスが笑いを堪えきれないように言った。「ぶふう! なかなかお目が高いね、実はそうなんだ……ぶふう!」


「おい、吹きながら嘘の設定を付け足すな」


 しかし『んはぁ! やっぱそうだったべか!』とイズリーが信じたことで、〝ミカルドは実は女の子〟という地球上で誰も得をしない設定が爆誕した。


「そもそも、長髪であればこのイズリーという男もそうだろうが!」


 ミカルドが怒りをまじえて言った。確かにごもっともだ。

 イズリーのさらさらとした亜麻色髪は腰元にまで伸びている。

 後ろ姿だけ見れば、彼の方こそほとんど女の子じゃないかしら。


『………………』


 そんなことを考えていたら、隣の白虎の姿が目に入った。

 さっきからその場に座り込み、大人しくぴくりとも動かないでいる。


「そういえばイズリーが乗ってきた虎、随分と礼儀正しいのね」


「ん? ああ、ニャンチャのことだべか?」


「……ニャンチャっていうの?」


「んだ! おらの大事な〝従者〟だべ」


 どう見ても【ニャンチャ】という可愛らしい響きの名前は、その見た目と違和感はあったけれど。


 こんなに凶暴そうな動物を手懐けているなんて……案外、目の前のイズリーもかなりの実力者なのかもしれない。

 例えば名うての〝暗殺者〟とかで、ふだんはこうして穏やかなように振舞っているとか。

 白虎はその暗殺仕事のパートナー……うん。彼らの見た目からは、そっちの方がよっぽど正しい気もしてきた。


 あたしは唾をごくりと飲み込んで思わず身構える。


「ほれ、ニャンチャも挨拶すっぺよ!」


 ぱちん、と軽くイズリーが白虎の身体を叩くと――


 そのままニャンチャは、白い泡を吹きながら床へと倒れていった。


「「ニャンチャーーーーーーーーー!?」」


 塔の1階の吹き抜けに〝どおん〟という巨体が倒れる音と、あたしたちの声とが響き渡った。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」


「心配かけてすまね、大丈夫だぁ」


「大丈夫だぁ、じゃないわよ! 泡吹いてるけど!」


「ニャンチャはちょっぴり〝緊張しぃ〟なところがあってよ。囲まれてだけだべ」


 この巨体とイカツイ見た目で、まさかののみの心臓の虎だった。

 

「ニャンチャ、大丈夫だべか? こん人たちは怖くないだよ」


「どっちかっていうとそれ、巨大虎を前にした時の〝人間側〟の台詞なんだけど……」


 思わず物申していると、その白虎がぱちりと目を覚ました。

 見開いた三白眼であたしたちのことを睨むと――


『にゃうんっ!』と想像以上に可愛らしい叫び声とともに、その場から逃げ出した。


 逃げた先の部屋の端っこで、うずくまるようにして。

 ジャングルで腹を空かせた虎を前にした〝人間の子供〟のような素振りで。

 顔を青ざめさせながらがくがくと身体を震わせ怯えているその様子を見て。


 あたしは言ってやった。


「主人も従者も、見た目とのギャップがすごいんよ……」


 本日二回目だけど強調しておく。あたしはこういうギャップは求めていない。


「はあ……今度こそ〝理想の王子様〟だって期待したのに……」


 どうしてあたしのもとには、こうも残念過ぎる男たちが集まってくるのか。


 勘弁さしてくれねえだか。



 ……あ、訛りがうつった!


 

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