2-4 村を焼こう!


「ニャンチャも落ち着いたみたいだべ、ありがとな」


 泣きつかれた子供のように、その可愛らしい名前の白虎は床で眠ってしまった。

 その頭を優しく撫でながら、イズリーという〝顔つよ訛り系王子〟はお礼を伝えてくれた。


「あんたに相当なついてるみたいね」


 安心したように眠りこける白虎の様子を見て、あたしは言ってやる。


「ニャンチャとはちっちぇえ頃からずっと一緒だ。喰われそうになったことは何回かあるけども、おらの大切な家族の一員だべ――」


 途中の〝何回か喰われそうになった〟という部分はあえて無視して、あたしは気になっていたことを聞いてみた。


「あ、あのね……一応念のために聞くんだけど、あんたもどこかの国の〝王子様〟なんてことはないわよね?」


 少しだけ嫌な予感はした。なんといってもその恰好だ。

 王冠にかぼちゃパンツ、青と白を基調にした高貴な衣類――イズリーはまさに〝どこかの国の王子様〟のような服装をしているのだ。


「んはぁ! なして、おらのあだ名を知ってるべか?」


「……あだ名?」


「んだんだ!」


 あたしの理想の王子様は『んだんだ』とどこか恥ずかしそうに言った。


「おらが村じゃ、見た目が王子様っぽいからっつってそう呼ばれてたべ!」


「おらが村」あたしは繰り返す。


「おっかあとおっとうも、おらが村を出るってなって夜なべしてこの服さ、こさえてくれたべ……うん? なして震えてるだか?」


「ご、ごめん……〝おらが村〟がなんか、ツボに入っちゃって……」


 あの彫深顔から放たれる〝おらが村〟は反則だ。

 噴き出すのを耐えるため自らの太ももを思い切りつねりながら、イズリーの話の続きを聞く。


「おらが村は、大陸の端っこにある田舎町だ。若いもんは、ほとんど出てっちまって……村には年寄りばっかしかいねぇ。おまけに、さきのかんばつで農作物もやられちまっただ……」


 悲痛な空気を滲ませながらイズリーは言う。


 ――なんだか、悲しいお話ね。


「んだから、おらは村の年寄りたちに託されたっぺ――〝でっかい功績〟をあげて、生まれた村が伝説になるような存在になってこいって」


「……そっか。それで、貧困に喘ぐ村の人たちを助けてあげたいのね」


「貧困……?」


 しかし、イズリーはぽかんとした表情を浮かべてから。

 あっけらかんと言った。


「別に、そんただことで困ってなんかいねえだ」


「え? ……どうして? さっき、農作物もやられちゃったって……食べるものにも困ってるんじゃないの?」


「毎日、食うわ騒ぐわの宴会開いてるべよ」


「なんで!?」


 聞いてた話と違うんですけど! とあたしは突っ込んだ。


「おらが村は、地下に金剛石ダイヤの鉱脈があるだよ。それを売っ払うだけで、一生遊んで暮らしていけるっぺ」


「成金村でいらっしゃったーーーーーーーー!」


「金は腐るほどあるだ」


「その言葉、田舎訛りで絶対聞きたくなかった!!!!」


 あたしは驚き、混乱しながらも尋ねる。


「それだけ豊かな村なら、なんであんたが〝でっかい功績〟を残す必要があるわけ? もう充分じゃない」


「おらもそう思っただ……んだけど、金に不自由なくなった村の年寄りたちは――次は〝名誉〟を欲しがっただ」


「承認欲求の塊か」


 田舎の村の老人たちの話だと思って聞いてたけど……なんだか人間の汚い部分を見ているようね。


「それもただの名誉じゃねぇ……金剛石と同じように、特に自分たちの手は動かすことなく、勝手に空から降ってくる名誉さ求めただ」


「え? じゃあなに? そんな〝楽したがり〟の老人たちの欲を満たすために、イズリーは旅に出されたってわけ?」


「んだ」イズリーが伏し目がちに頷いた。「金剛石をはじめとした財産の管理は村の年寄りが独占してるんだべ。んだから、おらみたいな若いもんが村で生きていくには、言うことを聞くしかないだ」


「もうその村燃やせ」


 いいわよ、そんな強欲なジジババが巣食う村なんて。

 そりゃ若い人みんな出ていくわ、可哀そうに。


「人間は欲深い生き物だべ」


「その言葉も田舎訛りで聞きたくなかった!」




     ☆ ☆ ☆




「とにかく! 割れた花瓶のことは気にしないで」


 あたしは咳払いをして、仕切りなおすように続ける。


「それともうひとつ約束――自分の子どものために、徹夜で衣装を編んでくれる素敵なご両親を売るような真似はもうしないでちょうだい」


 確かにちょっと強欲なところはあるかもしれないけどさ、とあたしは付け足して言ってやる。


 するとイズリーは、彫深フェイスのまま瞳をうるうるさせながら、


「んだああああああああぁぁぁぁ……!」


 天井に向かって慟哭どうこくした。


「うわ! びっくりした! 急に何!? てゆうかそれ、泣き声!?」


「おらは感動しただぁ……! カグヤさんは、なんて素敵なお姫様だっぺか……!!!」


「え? お姫、様……?」


 号泣しながらではあったけれど、その言葉に……不覚ながらも胸が一瞬ときめいてしまう。


は隙あらば人の弱みを握って金を騙し取ろうとする極悪人だべ、気を付けるようにっつって聞いて育ってきたけんど、そんなことなかったべ」


「どんな教育を受けてきたのよ!」


 むしろその極悪人、まさしくあんたの村のジジババの方じゃない。


「んだから……おら、こんたに優しくされたの初めてだ……!」


 んだあああ、んだあああ、と引き続きイズリーは号泣を続ける。


「ふむ、良い話だな」「カグヤにも優しさがあったんだね」「10日おかず大盛りか~」


 などと旧王子の3人は感慨深そうにしていたけれど。


 『んだあああ』という新種過ぎる泣き声が、あたしはやっぱりツボで。

 引き続き太ももをつねりながら、必死に笑いを堪えるのだった。



 ――あとマロン。全然理想の王子様と程遠かったから、おかず大盛りはやっぱり取り消しで。


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