2-5 ハジメテを奪おう!
「世話んなったべ、ありがとな」
『にゃうんっ!』
小心者の白虎――ニャンチャの横でイズリーは、どこか晴れやかな表情を浮かべて別れの挨拶をした。
「〝生まれた村が伝説になるような存在〟――どういうものなのかはイメージつかないけど、きっと心優しいあんたならなれるわよ」
「ほんとけ?」
「うん。全力で応援するわ」
あたしは拳を前に突き出す。
イズリーはそれに気づいて、てっきり自分の拳で応じてくれるのかと思っていたら――
彼は、地面に
優しくあたしの手を取ると。
その甲に――キスをしたのだった。
「「なっ!?」」
それを見ていた他の王子たちが、短く声をあげた。
「――ひゃあっ……!?」
あたしも思わず女の子らしい声を漏らしてしまう。
手の甲に
あたしの中の理想の王子様の姿と、完全に一致していたから。
今度こそ誤魔化しようがないくらいに。
あたしの心臓は、飛び上がった。
「うちのおっかあに習っただ」
「……へ?」
「都の
「おい、偏見がすごいな!」
さっきからこいつの村の教育、色々と青少年育成によくないことだらけね……なんて思ってはみたけれど。
事実としては、悔しいことに。
――なんでも言うこときいちゃいそうになったじゃない。
「うぅ〜……」
こうなると村の歪んだ教育も正しいことになってしまうのだろうか。いや、事実としては正しいかもしれないけど、倫理的にはやっぱり間違っている。女の子の気持ちはそんなに単純じゃないのだ。これ以上被害者を増やすわけにはいかないわ。
なんてことを考えながら頬を膨らませていると、その
くるるるるるる、と喉を鳴らす白虎の背中に。
やっぱり、颯爽と(本当に颯爽と!)。
飛び乗ったのだった。
「う、わあ、やっぱり――」
か
っ
こ
いいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!
他の3人もそうだけど……うちの王子たちは喋らなければ本当に眉目秀麗な〝王子様〟なのだ。
喋ったら――その形容詞が〝残念な〟に変わっちゃうんだけど。
「んだらば、カグヤさん。みんなさん。……また、どこかで」
いつの間にか夕方になっていた。
玄関の大扉から差し込む陽の光があたしたちを橙色に染めていく。
「……イズリー」
白虎に跨って。
田舎訛りで。
ちょっぴりドジっ子で。
村の悪い大人たちからいいように使われている――目と眉の間が近い王子様は。
「応援してるわよ~! いってらっしゃ~い!」」
その、どこまでも心優しい王子様は。
暮れる夕陽に照らされた森の中へと――
去っていった。
☆ ☆ ☆
「もー、マロンが理想の王子様を見つけたっていうから!」
イズリーの背中を見送ってから、あたしは言ってやった。
「え、言われたとおりだったでしょ~?」
「確かに外見は言われたとおりだったけど……」
「だよね、よかった~」マロンは得意げに鼻をこする。
「でも、中身が違いすぎて……そうよ!
「……? なんかカグヤが難しいこと言ってくるよ~」続く動作でマロンが頭をかかえた。
「別にあたしも多くは求めてないのよ。見た目はイズリーみたいな王子様らしいイケメンで、中身が〝ふつう〟だったらそれでいいの」
「それって結構求めちゃってる気がするけど」
クラノスが呆れた表情で言う。
「なんだ。中身も求めているのであれば――そういうやつにひとり、我の知り合いに心当たりがあるな」
ミカルドが提案してきた。
「え? 見た目が王子様らしくって、中身がふつうのひと……?」
「ああ」ミカルドが大きく頷いた。「この森から祖国に戻ることができたら、紹介してやってもいいぞ」
一瞬喜びそうになったけど、警戒を怠らずあたしは眉をひそめた。
これまでの前例から言って、やっぱりどうしたって疑心暗鬼になるものだ。
「ちなみにどうして中身が〝ふつう〟って言えるの?」
「む? よく自分で言っているからな」
「へえ、自分でねえ」
自分で自分のことを〝ふつう〟って言う人ってどうなのかな? という気もしたけれど……。
ミカルドはなんてったって帝国の皇子様だし。
本人は
などと少し警戒心を解いていたら、ミカルドが追加情報をくれた。
「とてもいいやつだぞ。この前も『
「やっぱり却下!!! 一人称が〝朕〟の時点で
「む、言い方を少し間違えたな。正確には『朕はふつうの人間で
「全然口調がふつうじゃないわああああああ!」
絶叫により乱れた呼吸を落ち着かせてから、あたしは丁重に紹介をお断りした。
妙な訛りキャラはもうお腹いっぱいだ。
深呼吸をしながらふと自分の右手――その甲が目に入って、必然的に〝元祖・妙な訛り王子〟を思い出す。
「悪いやつじゃなかったけど……あたしの〝手の甲ファーストキス〟が、訛り田舎っぺ王子様かあ」
「む……ハジメテだったのか?」
ミカルドが不満そうな声を出した。
「多分ね。記憶がない間の分はどうだか知らないけど……って、あんたたちなにしてるの……?」
みると3人はあたしの目の前で、床に片膝をついていた。
「上書きが必要だと思ってな」とミカルド。
「
「こういうの、おれやってみたかったんだよね~」とマロン。
「はあ。ふざけてないで上に戻るわよ」
溜息を吐きながらその横を通ろうとしてみたけれど――
彼らは片膝をついた状態で平行移動してあたしを止めてきた。その動きどうなってるの!?
「ちょっとあんたたち! ……って」
てっきり冗談かと思っていたら。
意外にも……3人の表情は真剣そのものだったので。
あたしはなんだか、その真っすぐな瞳に言いくるめられて。
「……別に。やりたければ、やれば?」
そっと。
手を差し出してみる気持ちくらいにはなったのだった。
「なんだかあらためてやるとなると恥ずかしいわね。さくっとよ! はやくしなさい!」
急かすようにそう言ってみたのだが、時は既に遅し。
3人の残念な王子様たちは〝だれが最初にするのか〟で長期に及びそうな言い争いを始めていた。
「我が先だ!」「ボクだね!」「おれだよ〜!」
「……もー! あんたたちは!」
まったく。こういうところは心優しいイズリーを見習ってほしいわ。
確かにちょっぴりドジなところはあったけれど、こういう場面でも喧嘩をしたり争ったりはしない気がするもの。
「せっかく人がその気になったっていうのに――」
あたしは小さく呟いてみる。
その言葉はもちろん、低レベルな言葉で罵り合う3人のでっかい子どもたちの耳には届かない。
「イズリー……またどこかで会えるかしら」
手の甲には彼の優しい掌のぬくもりがまだ残っている。
指先でそこを撫でて、彼に想いを馳せていると――
ふたたび、玄関の扉が開いた。
「……あれ?」
そこにいたのはまさしく――先ほど出て行ったばかりのイズリーと白虎だった。
〝村おこしになるような偉大な人物になれ〟とかいう強烈な無茶ぶりをこなす旅路に向かったはずだったのに。
「どうしたの? 忘れ物」
「あんの……取込み中に申し訳ないんだども……」
そして彼は持前の彫深フェイスに似つかわしくない泣きそうな表情を浮かべて。
申し訳なさそうに、言うのだった。
「……帰り道が、見つからねえべさ」
☆ ☆ ☆
イズリーが
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