3-32 ふたりに挟まれよう!
「カグヤ――好きだ。愛してる」
クラノスの宣言通りの〝再告白〟に。
あたしは密度の高い空気の塊を溜息のように吐いてから言ってやる。
「まったく。どいつもこいつも自分勝手なんだから……。いい? もう明日の夜には指輪に残された魔法が解けて、
それでも。
腹黒な王子様は得意そうに言うのだった。
「大丈夫。ボクは残るよ。ううん、残ることになる」
「え?」
「だって――カグヤはボクを選んでくれるんだもん」
その刹那。
クラノスの瞳がまるで〝月〟のように見えた。
怪しげ輝きを持つその中に思わず吸い込まれそうになるのを、ぶんぶんと首を振ってとどまる。
(危ない、またナニカにだまされちゃうところだったわ……)
「ふん。さっきから黙って聞いていれば」
ミカルドがとうとう口を開いた。
その声には呆れと怒りの感情が半々に混じっている。
「我か貴様のどちらを選ぶか――それを決めるのはカグヤだ。貴様がいくら惑わそうとも無駄だ」
「惑わす? 言いがかりもほどほどにしなよ」クラノスはあくまで余裕のある態度で言う。「最初から〝記憶がぜんぶ残ってる〟キミはどうしようもなく知ってるんでしょう? 前の世界で――
「……っ!」
ミカルドが唇を噛み締めた。
何も言えない。言い返すことができない。
なぜなら。
――過去のあたしは、他ならぬ【最愛の人】としてクラノスを選んだのだ。
その事実を持ち出されては……ミカルドは沈黙をする以外の方法を持たなかった。
ミカルドが無言になることで、なぜかあたし自身も胸が苦しくなり不安になった。
「ねえ、愛しのカグヤちゃん」
そしてクラノスは。
あの時と同じように。
針のように細い星が、やはり針のように鋭い光を塔の屋上に突き刺していたあの夜と同じように。
「しばらくなんて待ってやんない。ううん、今度は……待ってる時間はないから。今すぐ答えを、聞かせてよ」
いつもとは違う芯のこもった声で。
あたしに答えを急かしてきたのだった。
「ボクを選ぶのか。ミカルドを選ぶのか――たったそれだけ。簡単でしょ?」
その言いぶりもあの時とまったく同じだった。
あたしは物申したいことをぐっと飲み込んで、
「……時間を、ちょうだい」
せめてものクラノスへの〝対抗〟として、あたしもあの時と同じように返してやった。
「あたしだって、もう時間が残されてないのは分かってる。だから……そうね。夜の空が高くなる今宵の12時に――〝答え〟を出すわ」
答えを出す、とあたしは言った。
言い切った。
ちゃんと。
しっかり。
きちんと。
彼らの想いに応えることを、あたしは。
この世界に生きるあたしも。
決めたのだった。
クラノスは嬉しそうに口角をあげた。「……分かった。
「っ! 貴様!」まるで勝利者宣言のような口ぶりに、ミカルドが前のめりになる。
「やめて! 今ここで言い争っても仕方ないでしょう? そのための、12時なんだから」
あたしは自分の胸の前に手を置いてふたりを宥めるように言った。
「それで、答えを伝える方法なんだけど……」
「前と同じでいいんじゃないかな」クラノスが間髪入れずに言う。「ボクは屋上で、ミカルドは――」
「ううん。前と同じは止めましょう」あたしはすぐに首を振ってやる。「だって、そんなことしたら……どうしたって
あたしの記憶世界で見た光景。
本物の月の明りに照らされる屋上で、黄金色に輝く髪の毛をなびかせる【クラノス】のもとに、頬を上気させて駆けて行ったあたし。
その胸に飛び込んでいったあたし。身体が熱くなるような
まさしく
「もちろんその時のことは気にせずに、〝今のあたし自身の気持ち〟で選ぶようにはするけれど――それでもちょっぴり不公平でしょう?」
「で、でも……」
クラノスが焦るように口ごもった。
彼からしてみれば、やはり前と同じ【屋上】をどうしても選びたかったのかもしれない。
だけど。
「場所は自分たちの【部屋】にしましょう。7階、あなたたちの部屋。あたしがクラノスを選んだら、クラノスの部屋に行く。ミカルドを選んだら、ミカルドの部屋を訪ねる。これ以上ないくらい単純で分かりやすいでしょう?」
クラノスはそれでもなにか言いたげだったが、最終的には納得をしたようだった。
「分かった、それでいい。……結果は変わらないしね」
あくまで皮肉めいた言葉を吐いたが、ミカルドは今度はそれに取り合おうとはしなかった。
ただ切れ長な瞳でまっすぐにあたしのことを見つめてくる。まるで空に浮かぶ月を眺めるときのように。
何かを言いたげで憂いのある視線を向けてくる。
「………ミカルド?」
あたしは思わず目を逸らしそうになるのを――今だけは、堪えた。
「それじゃ、また。12時に」
クラノスが言った。
「………………」
ミカルドはやっぱり、なにも言わずに沈黙を守っている。
それですべてが伝わる、というふうに。
あたしは。
――あたしは。
「そうね……部屋のノックはしないから。鍵は、あけておいて」
あくまで公平に聞こえるように。
そんなことを無機質な声で言って。
もといた
それでも。
――自分の頬の赤色が、この夜の薄闇に紛れればいいのに。
なんてことも。
あたしは思った。
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