3-33 12時を待とう!
7階、701(右)号室。
ミカルドの自室にて。
彼は内心で焦っていた。
記憶の世界では一度クラノスが選ばれているのだ。
そしてその記憶をもう、カグヤは取り戻してしまっている。
もしも何もない、フラットな状態であったら。
カグヤが過去にだれを選んだかを未だ知らなければ。
そんな〝たられば〟がミカルドの頭の中をぐるぐると巡るが出口は見つかりそうもない。
以前の記憶があることで、結果になにか影響を与えなければいいが……。
「くそっ!」
ミカルドは焦りから頭を掻きむしろうとしてやめた。
これからこの部屋には〝お姫様〟が訪ねてきてくれるかもしれないのだ。
その時にぼさぼさの頭や、乱れた衣服を見せたくはない。それくらいの分別はある。
ミカルドは部屋の壁際にある鏡の前に立った。
その中に映る自分に言い聞かせる。
(信じろ。信じるしかない――)
記憶世界では自分は
(今度こそ、きっと大丈夫だ――)
悔しくはあったが、カグヤが選んだ結果であればそれでいいとも思った。
しかし――そのあとの〝結末〟は、
「…………っ!」
クラノスはカグヤを塔の暗い部屋に閉じ込めて、外界と隔離し、あろうことか誰とも会わせず肉体的にも精神的にも疲弊させた。
あの頃のクラノスは明らかになにかがおかしかった。しかし……それを問いただす資格は〝選ばれなかった〟自分にはなかった。
すくなくとも、もう後戻りのできなくなる状況になるまでそう信じ込んでいた。
結果として、クラノスの胸は凶悪な矢によって
カグヤはその哀しみと、世界から向けられた悪意と殺意に耐え切れず世界を魔法で滅ぼした。
――もし選ばれたのが自分だったとしたら。
そんなことをミカルドは考える。
もう考えても仕方ないことを、考える。
だからこそ。
我はもう、遠慮をしないと決めたのだ。
我慢をしないと、決めたのだ。
――次に彼女に出遭うことができたなら。
そこが死後の世界だっていい。
彼女が天国にいるのなら、地獄から這い上がったっていい。
――もしも彼女とふたたび出遭わせてくれたのなら。
その際にはこれまで以上に〝ありのままの自分〟を晒し、〝ありのままの自分〟で接し。
そして〝ありのままの想い〟を伝えようと。
「……我は、決めたのだ」
だからこそ彼女を抱きしめたし。
彼女に愛を伝えたし。
こうしてクラノスとも戦い抜いているのだった。
「時間はもう、動き出している――」
鏡の中の自分の口が動いた。12時が近づいてきている。
心臓の音が大きく跳ね上がるようにゆっくりと全身に血液を送り出している。
さきほど呟いた声は、自らの意志で発せられた言葉なのかどうか今のミカルドには分からなかった。
どく。どく。どく。どく。
そんな心臓の音と重なり合うように。
塔の大時計の音が、ただただ均一に時を刻んでいた。
☆ ☆ ☆
そうして12時になった。
ミカルドの部屋の扉は――
開かれることは、遂になかった。
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