3-34 告白をしよう!
約束の12時が過ぎた。
これが明日、森にかかった魔法が解ける新月の夜であれば。
塔の壁の時計がイズリーが直してくれた〝仕掛け〟によって鐘の音を鳴らすのであろう。
そして地球とこの場所を繋ぐ魔法は消え去り、この場所はただの〝月の上〟に戻るのだろう。
しかし今宵はなにも音がない。
ひどく重たく冷たい沈黙がミカルドの部屋の中を満たしていた。
彼はその中心に椅子を置き、ドアに向けて腰かけていた。
肘をついて顎を手の甲に載せ何かを考え込むようにしている。
――彼は〝だれか〟を待ち望んでいるのだった。
待っている相手は当然――愛する
しかし。
約束の12時が過ぎて1分。3分。5分。
10分を過ぎても、扉が開かれることはなかった。
――部屋のノックはしないから。鍵はあけておいて。
彼女が言っていたことを思い出す。
――あたしがクラノスを選んだら、クラノスの部屋に行く。ミカルドを選んだら、ミカルドの部屋を訪ねる。これ以上はないくらい、単純で分かりやすいでしょう?
「……ああ、まったく。その通りだ」
ミカルドは絞り出すような声で呟いた。
顎を乗せていた指先が微かに震えている。
そうだ。これ以上ないくらいシンプルで分かりやすい方法だ。
約束の12時になったら、カグヤはどちらかの部屋を訪ねる。
〝告白に応える〟ことを決めた相手が待つ部屋を訪れる。
その訪れがないということは……。
――この世界でも、自分は選ばれなかった。
ただ、それだけの。
これ以上ないシンプルで分かりやすい結果だった。
「……っ!」
今すぐ叫び出したい気分だった。
しかしそれでは2つ隣の部屋にいるクラノスに聞こえてしまうかもしれない。
今すぐにでも壁を壊してしまいたい衝動にとらわれた。
しかしそれでは嫉妬に狂ってしまったようでばつが悪い。
……というか! そもそも我の真隣の部屋は【マロン】だ。壁を破壊し熟睡中であろうマロンを驚せてなんになる!
そもそもヤツの寝つきは筋金入りだ……壁が壊されたって起きない可能性だってある。
「くそっ!!!」
今度こそミカルドは頭を掻きむしって。
鏡も見ずに立ち上がった。
――あの時と同じだ。
作り直される前の世界でも。
カグヤはミカルドが指定した場所に来ることはなかった。
「……屋上で頭を冷やすか」
いつもより心なしか激しく床を踏みしめながら扉に近付いて。
ドアノブをがちゃりと回して。
部屋から廊下に出たのは、2つ隣のクラノスとほとんど同時だった。
「「……え?」」
☆ ☆ ☆
「カグヤ! なぜどちらの部屋にも来なかった!?」
ミカルドとクラノスがあたしに向かって声を荒げた。
どうやら7階の廊下でふたりは鉢合わせて、そのままこの屋上に上がってきたらしい。
――なぜどちらの部屋にも来なかったか?
彼らはそう問うたけど当然だ。
だってあたしは――12時になっても、ずっとこの屋上で夜空を眺めていたのだから。
ふたりのうち、どちらの部屋も尋ねることなく。
「〝選ばれなかった〟と思い込み消沈した我らの気持ちが分からんのか! あやうく我は部屋の壁まで壊――ああいや、なんでもない」
後半は口ごもるようになっていたかが、口調から分かった。
どうやらふたりは〝怒っている〟らしい。
「はああああ……」
そんな怒り心頭のふたりを交互に見比べてから、あたしは大きなため息を吐いた。
べつに〝どれだけの幸せが逃げていったってかまわない〟という心づもりで。
深く、深く。息を吐いてから。
「あんたたち――
びしっ! と指をさして。
あたしは言ってやった。
「「……は?」」
ぽかんとふたりは口を開けている。
なにか奇妙なものを見るような訝しげな視線を向けてくる。
それでも気にせず、あたしは続ける。
「確かにあんたたちにとって――
「……! そ、それは分かっている」ミカルドが反論してきた。「ただ、我は
「うるさい、ばーか!」
「「馬鹿!?」」急に飛んできた暴言に彼らはたじろいだ。
「こっちこそ、それくらい分かってるわよ! だからこそ――本当は〝どちらか〟を選ぼうとしたの。たった数か月しか過ごしていないのに。その理由が分かる?」
「「………………」」
ふたりは何も言わない。
もしかしたら気が付いているかもしれないけれど、本当にそれを口にしていいのかをはかりかねているような沈黙だった。
だから。
そんな
「あたしが――ふたりのことを〝好き〟だからよーーーーーーー!」
空に漫然と輝く青い星に向かって、大きく叫ぶように。
あたしはその言葉を。
あこがれだった2文字を――口にした。
す。
き。
「「なっ……!?」」
ふたりの目がこれまでにないくらい見開かれる。下唇がきゅっと噛み締められる。
時間差でふたりの整った顔の、磁器のように白い頬に赤みがさしていく。
「そうよ。あたしは
目をつむれば今でもありありと想い出が思い浮かぶ。
毎日のささいな出来事。会話。喧嘩。仲裁。ご飯。ご飯。ご飯。
くだらない出来事。喧嘩。仲裁。ご飯。ご飯、ときどきトキメキ。
そんな印象的で楽しくて笑いが絶えない
「詳細を思い出せない日なんて、1日だってないわ」
なつかしいなあって。
あんなことあったなあって。
くだらないなあって。
楽しかったなあって。
それはまるでつい今さっきのことのようにありありと脳内で思い出すことができる。
――またあのときに戻りたいなあって。
お別れを明日に控えた今でも。
たった数か月のことなのに強くそう想える。
「これって、どれだけすごいことだか分かる? あたしにとってはそれこそ〝革命〟みたいなことだったんだから。あんたたちとの生活を通じて、みんなのことだけじゃない――〝あたし自身のこと〟もたくさん知れたの。あたしって、こんなこと考えるんだ、とか。こんなふうな感情を持つこともあるんだ。こんなふうに笑えるんだ――って。……ま、その結構ほとんどが〝あんたたちへの怒り〟だったんだけどね」
と最後に舌を出しながら笑って言ってやった。
「「カグヤ……」」
「そう。だから。そんなかけがえのない時間を一緒に過ごしてきたあんたたちのことが……嫌いなわけないじゃない。かけがえのない時間をくれたあんたたちのこと! ――好きに、決まってるじゃない」
あたしはもう一度。
その2文字を繰り返し言ってやる。
「だけどね。気づいてると思うけど。多分あたしの、この〝好き〟って――まだ〝愛してる〟には届いてないと思うんだ」
「「……!!」」
すき。と。
あいしてる。
たった3文字の違いだけれど。
その間には大きな大きな距離が存在するのだ。
「その〝
えへへ、とあたしは誤魔化すように笑って、塔の外に広がる夜の景色に視線を向ける。
今ここから見渡せる限りの森の樹々も。
その中を迷える飛行機雲のように走る小川も。
もう明日には見えなくなってしまう。
荒廃した月の大地に変わってしまう。
(指輪の魔法が解ける、か――)
たぶん、昔の
この場所で。この月の上で。外に出られない塔の上で。
――昔からの憧れだった〝御伽噺の中の王子様〟への想いが。
あの
そのトンネルをくぐることを。地球から月にくることを。
意識の水面下で
無意識的にかつ意識的に。この場所にやってきたそんな〝王子様〟の中から、ひとり。
その人と御伽噺みたいな〝幸せ〟を感じながら、この孤独な星の上で暮らしていけるように。
そんな最後の〝希望〟として託してくれていた。
そんな気がしたのだけれど――
「……すこし、計算違いだったみたいね」
あたしは昔の
嫌いじゃない、とか。
好きかも、とか。
そんな中途半端な想いじゃない。
――〝愛してる!〟と心から思える相手に。
あたしは迎えにきてほしいのだ。
だってあたしは――やっぱりどこまでもわがままなお姫様なんだから。
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