3-31 腹黒王子に気をつけよう!
「カグヤ――クラノスには、気をつけろ」
「……っ」
気をつけるもなにも、と思ったけれど……。
注意を促すミカルドの声が芯のある強いものだったので、あたしは思わず頷きそうになった。
すると。
「だれに気をつけろって?」
「「――!!」」
声がした方向をふたりで振り返る。
そこには話題の渦中にあった腹黒の王子様――クラノスがいた。
星の光に照らされて、その金色の髪がさざ波のようにさらさらと輝いている。
「ちっ。いつからいた? クラノス」舌を打ちながらミカルドが訊いた。
「べつに。今来たトコだけど」本当かどうか分からない、いつもの口ぶりでクラノスが言った。
「……なにしに来たの?」あたしの問いかけにも、
「カグヤに会いに」彼は間髪入れずに答えた。
不意打ちを喰らったようにあたしは目を見開く。
まったく。これだから。
――クラノスには気をつけろ。
それが実際のところ〝どういう意味合い〟を示すのかはまだ分からないけれど。
この一連の会話だけでも〝たしかにその通りかもしれないな〟と思った。
クラノスは続ける。
「だから、さ……ひとり
彼はあくまで爽やかな笑みを口元にたたえながら言った。
「「…………」」
邪魔者、という言葉を言われたので。
あたしとミカルドは、ふたりして申し合わせたようにエセ爽やかな笑顔を浮かべるクラノスのことを指さしてやった。
「そうそう、邪魔者はボク――って違うよ! どう考えても文脈的にミカルドでしょ!!」
「悪いけど、あたしの心はダレカさんと違ってどこまでも純粋なの」あたしはクラノスの笑顔を真似して言ってやる。「皮肉めいた文脈が読み取れなくてごめんなさいね」
「……ったく」クラノスは納得いかなさそうに溜息を吐く。「それで? ボクの話をしてたんじゃないの?」
「ふん。やはり聞いていたのではないか」ミカルドが顔をしかめた。
確かにクラノスは〝邪魔者〟ではあったけれど……同時にそれまでの話題の〝重要参考人〟でもあった。
せっかくだし、とあたしは尋ねてみることにする。
「ねえ、クラノス。あんたにも――あたしとの〝昔の記憶〟が残ってるの……?」
夜の空気の隙間に柔らかいものが入り込むような、すこしの間があってからクラノスは言った。
「
「……っ」
ふざけないで! と言いそうになったけれど。
彼はすぐにそれを察知してきちんと答えてくれた。
「あはは、冗談冗談。――そうだね。カグヤとの記憶……
そうやって正直に。
「〝ある〟っていうよりは正確には〝思い出した〟って言うのかな。ミカルドが言うとおり、たしかにボクはこの塔に来たばかりの頃にはなんの記憶も持ってなかった。ただただカグヤとハジメテ接して、ただただカグヤのことを可愛くて愉快でツッコミを生業にしてる人なのかなあって思ってた」
後半のワードにまさしくツッコもうと思ったけれど今はやめておいた。
クラノスは続ける。
「だけど、はじめから様子がおかしいことにボクはちゃあんと気づいてたよ。だって――見上げる月が〝青い〟んだもの」
そうだ。この世界の月は
つまりそれは〝地球だった〟のだ。
他の王子たちは気づいていないようだったけれど。
本来であれば夜空を見上げた時点で違和感を覚えるものなのだ。
違和感を覚えれば、だれかに言うべきだし。その言うべきはエヴァの家主であるあたしであるべきだし。
たとえばあたしに『月が青いよ』と一言でも伝えてくれていたら、ここが〝ふつうの場所じゃない〟って気づいてたかもしれないし。
『もしかしたら月の上かも……?』って気づいてたかもしれないし。月の上って気づいてたら――
気づいていたら――どうだったんだろ。
その先のことは、分からない。
なにかが変わっていたかもしれないし、なにも変わらなかったかもしれないな、とあたしは思った。
クラノスは続ける。
「カグヤの記憶……それはつまりボクの過去の記憶ということでもあるんだけど。最初に不思議に思ったのは、ボクの記憶世界に行ったときのことかな」
クラノスの記憶世界。
それは彼が王子である海上王国【カーテイク】に出向いた際のことだろうか。
「……ああ、〝
ミカルドが思い出して、口角を『これでもか!』というくらいに上げて言った。
「だからその呼び名を出さすなって言っただろ! ……と言いたいところだけど。ボクが記憶を〝思い出した〟理由は、まさにそのことなんだよね。悔しいことに」
「む?」
「ボクの二つ名が……自分の知っていた〝この世界の呼び方〟とすこし違ったんだ」
そういえば。
あたしはふと思い出した。
記憶世界から戻ってきたあと、クラノスは〝殲滅のイカ王子〟じゃない
「それはすこしの差異だったけど……ボクにとっては大きな違いでもあった」
「ふはは。あれだけ気にしてたからな」
「うるさい! ……そういう意味じゃない」
真剣な表情を浮かべるクラノスに、ミカルドは仕切り直して続ける。
「確かにそういえばブツブツと言っていたな。〝
「知らない。忘れた」
「今の今で忘れるわけがないだろう。ほら、我に教えてくれ。〝
「しっかり覚えてるじゃないか!!!!」クラノスが大声で突っ込んだ。
ミカルドは懲りずに首を捻って、「いや違うな……〝ぬめぬめゲソ王子〟だったか」
「原型留めてないシリーズの大喜利もするな!」
あたしはたまらず間に入った。「なんで言い直して間違えてるのよ! 失礼じゃないあははははははははは」
「だからカグヤが一番笑ってるってばああああああああああ!」
☆ ☆ ☆
久しぶりにそんな
クラノスが過剰なまでの咳払いをして会話をもとに戻す。
「とにかく! 記憶を思い出すのにはボクの二つ名がキッカケのひとつだったけど、他にも違和感はたくさんあった。それで気づいたんだ。当時のあの
あたしが地球に存在した世界線というのはつまり、あたしが【魔女狩り】として世界か追われていた頃のことだ。
当然のことながら、クラノスもそれを知ってしまった。あたしが世界を滅ぼしていたことに。
「でもさ――それを知ったところでなんになるの?」
ミカルドはそこで夜空から目線をあたしに移して言った。
「……へ?」
思わずあたしの口がぽかんと開く。
――
それほどまでのことを〝なんになるの?〟と一蹴してしまうクラノスの思考回路が、瞬時うまく理解できなかったのだ。
彼は続ける。
「ボクは違和感に気づいたあと、倉庫にあった水晶玉を拝借して、いち魔術師としてこっそり〝研究〟をしていたんだ。その過程で〝ひととおりのカグヤの過去〟を知ることができた。だけど……過去にどんなことがあったかに関わらず。
そう言ってクラノスは、ミカルドがいるにも関わらずあたしの耳元で囁いたのだった。
「何度だって言う。好きだよ」
「なっ……!!」
「愛してる――キミのすべてをボクのものにしたいくらいには」
たまらずあたしは頬に手を当てた。肌が急激に熱くなっていくのを感じる。
ふとミカルドのことを振り返った。彼は片目を細め、眉間の皺をより深くしている。彼は今なにを思っているのだろう?
「と、いうわけなんだけど」
クラノスはひょいと跳ねるように一歩後ろに下がって、手を自らの背中に回して。
そのミカルドの方を横目で挑発的に見やって言った。
「これでダレが邪魔者か分かった?」
まったく。
やっぱりこいつは腹黒王子だ。
この場にミカルドがいるかどうかなど関係がない。
むしろ『あたしがクラノスを選んだ』という〝前の記憶〟を持ったミカルドがいるからこそ。
「カグヤ――愛してるよ」
彼にはっきり聞こえるように。
いつかの手紙の通りに。その宣言通りに。
――クラノスはあたしにふたたび〝告白〟をしてきたのだった。
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