3-30 想い出を振り返ろう!


 空に浮かぶ星の蒼白い光で照らされる中で、ミカルドが口元をほころばせた。

  

「カグヤにふたたび逢うことができて――本当によかった」

 

「……! のことね」


 彼は重々しく頷く。「ああ。我はふたたび意中の君である〝黒髪の月姫カグヤ〟を見つけた」

 

 それはすべての〝はじまり〟の夜だ。

 塔の窓辺で夜空を見上げていたら〝運命の宝石〟――それは記憶を失くす前の輝夜があたしに残してくれた、魔法と希望が詰まった指輪だったのだけれど――が輝いて、そして隻眼のドラゴンに乗ったミカルドがやってきた。

 今でもあの時の光景がありありと思い浮かぶ。

 この世のものとは思えない美青年が乗ったドラゴンが、王子様かと思って胸をトキめかせているあたしに向かって火を……。


「って!」


 そんな想い出を振り返りながら。

 目の前で主人公ヒーローめいた面持ちで神妙に頷いていたミカルドに、あたしは突っ込んでやる。


「思い出した! あんた初対面でなんてことしてくれたのよ……! あのあともいろいろ大変だったんだから!」


 ミカルドはキザったらしい視線をどこか遠くに向けながら首を振る。「今となっては懐かしい想い出だな」


「忘れたい想い出ナンバーワンよ!」


 ぷんすかと怒りながらあたしは腕を振る。

 そういえばこういうくだらないやり取りは久しぶりね。

 懐かしくって涙が……出るわけがない。


「とにかくあの満月の晩、我は旅先の森で〝深い霧〟に遭遇してな。そのまま迷い込んだこの森で……カグヤ。お前を見つけたんだ」


 そこでミカルドは振り向いて。 

 切れ長の目であたしの瞳をしっかりと捉えてきた。今度はなんかじゃない。

 冷淡クールさをまとうその瞳の奥には、青いほむらたぎっているのが分かる。


「最初は我も目を疑った。夢ではないのか? 月の光が見せた幻か? しかし……そうではなかった。そうではないことがすぐに分かった。見上げた空に浮かんでいたのは……あろうことか月ではない――〝蒼と白の星〟だったからだ。この場所は我が知る地球セカイではなかった」


「………………」


 彼の言う空に浮かぶ蒼白い星。

 それはもちろん、あたしが〝月〟だと思い込んでいた〝地球〟のことだ。

 ミカルドは最初に会った時から気が付いていた。

 その事実があらためて目の当たりになり、あたしの視線は薄闇の空の中を泳ぐ。うまくミカルドに目線を合わせることができないでいる。

 

「ふん。いくら世界中を血眼で探そうと見つからないわけだ。まさしくのだからな。どんな魔法を使ったかは知らんが、昔のカグヤにかかればそれくらいの魔法は容易かっただろう。。しかし我はそれでも構わなかった。理由はもう分かるだろう? 探し求めていたカグヤと――また出遭えたからだ」


 正直で。

 はっきりとして。

 真っすぐな好意を伝える言葉のひとつひとつがミカルドの口から発せされるたびに。

 あたしの頬が、胸が、全身が。

 真っ赤に染まっていくのが分かる。

 彼は構わずに、むしろそんな色づいていくあたしの様子を愉しむかのように会話を続ける。


「しかし……すべてが我の望み通りではなかった。カグヤの様子をみてすぐに分かったのだ。我との〝記憶〟を失くしていることにな」


 そうだ。ぜんぶ気づいていた、ということは〝記憶〟に関してのこともだ。

 つまりミカルドはあたしが『記憶を失くしている』と知っている上で『あたしと会うのはハジメテ』であるような態度――つまりは演技をしていたわけだ。


 無神経で無造作で彼がそんな策士めいたことができるなんて……。

 少なくとも数か月の付き合いでしかないあたしにはとても信じられなかった。


(って、こういうことを考えてる時点でミカルドに完全に〝騙されてた〟ってことよね……!? なんだか悔しいわ……)


 頭を振ってから、ミカルドのことを今度はきっと睨みつけてやる。

 その灰色の瞳の中に吸い込まれてしまいそうになるが、あたしは負けない。


「それからのことは言わずとも分かるだろう。互いに同じ場所で、同じ時間ときを過ごしてきたのだ」


 こくり。

 あたしは胸元に手をやったまま、小さく頷く。

 

「ねえ……疑うわけじゃないんだけど」


 あたしは頭の中に〝他の王子たち〟のことを思い浮かべながら訊いてみた。


「ミカルドの他には、……記憶が残ってた人はいなかったの? 本人たちは〝あたしと会うのはではハジメテだ〟って言ってたけど……」


 ぴくり。

 ミカルドの目尻が跳ねた。


「そうだな。我も気になり会話を通じて幾つか〝探り〟を入れたこともあったが……どうやら我以外の者はカグヤとの記憶――つまり〝前の世界〟の記憶は残っていないようだった」


 そこでミカルドは間を置いて、あとの文脈を強調させた。


「すくなくとも我々がこの世界でではな」


「え?」


 一瞬首を傾げたけれど。

 彼の言葉の意味はすぐに分かった。【クラノス】のことだ。

 

 ミカルドは腕を組みながら厳かに頷く。


「すくなくともクラノスヤツとはじめに出会った時は他のやつらと同様カグヤとの記憶を持っていなかった。それは間違いないだろう。しかしどこの時点からは分からないが……おそらく奴は〝前の世界での記憶〟のすべてを。我にはそんなふうに思える」


 たしかに。

 ミカルドだけじゃない。

 クラノスもところどころで〝昔のあたし〟を知ってるんじゃないかって素振りを見せてきたことがあった。

 口ではそれを否定していたとしても〝覚えてないフリ〟をしながらうまく立ち回ることなんて、彼からしてみれば容易いことだろう。

 なにしろ相手は腹黒な王子様なのだ。

 

「でも、それにしたって……まるっきり最初からあたしとの記憶が残ってたのは、どうしてだったのかしら」


 呟いてみてあたしは、はっと口の前に手をやった。

 その仕草の裏側の思惑を見抜いたのか、ミカルドは、


「……さあな」


 などと。

 どこか悔しそうに。

 けれど意地の悪そうな表情で言うのだった。


「もし最初から記憶が残っていたのがだったなら疑問には残らなかったか?」

 

「……っ!」

  

 そうだ。

 あたしは過去にはミカルドではなく【クラノス】という王子様を【最愛の人】として選んでいたのだ。

 そのことを当然――ぜんぶの過去の記憶がある目の前のミカルドは知っている。

 だからこそ意地の悪い言い方で聞いてきたのだ。


「………………」


 あたしはなんだか気まずくなって沈黙で返してみた。

 

 ――記憶が残っていたのがだったとしたら。

 

 ミカルドには悪いけれど……確かに最初から記憶が残っていたのがクラノスだけだったとしたら、その理由はつけやすかったのかもしれない。


 例えばそう――〝愛の力〟とか。

 うう、自分で言ってて恥ずかしくなってくるわね……。

 

 あたしの心中を察したのか、ミカルドはあたしに近付いて。

 空に浮かぶ星をふと見上げてから、あたしに向かって警告をしてきた。

 

 

「カグヤ――クラノスには、気をつけろ」


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