3-42 お礼を伝えよう!


「〝残念な王子たち〟との〝残念な日々〟のことを〝かけがえのない尊い日々〟とまで認識しちゃうカグヤの方が、よっぽど残念なお姫様だよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「う、くううっ……! なんてことを、言ってくれたのよ、クラノス……うう……ばたっ」


 逃れないようのない〝残念姫〟の烙印を押印されたあたしは地面にぱったりと倒れた。

 口からは魂のようなものが抜けていたと思う。


 あれだけみんなのことを〝残念王子〟と言っていたあたし自身が。

 クラノスから言わせれば一番〝残念〟だった。


 その事実は、1000年以上を生きる巨木の根を引き抜くよりも深くあたしの心を抉り取った。 


「まあ、我は最初からカグヤは〝残念〟だと思っていたがな」ミカルドが頷きながら言った。

 

「ええっ!? ひ、ひどい……あのミカルドにまでそう思われてたなん、て……」


 追撃は効果抜群だった。『あのミカルドとはなんだ! あの、とは!』と彼は気に食わなさそうにしていたがもはや些末なことだ。

 あたしの心が負ったダメージに比べれば。


 引き続き床に突っ伏し魂を口から飛ばしていると、見かねたわけではないだろうがクラノスが諦めたような口調で語り始めた。

 

「……でもさ。色々言っちゃったけど」


 彼は頬を掻きながら、気まずそうに目線を空に泳がせる。

 

「そんなカグヤのことが〝好きになっちゃったボク〟も……やっぱり、どうしようもなく――残念なのかもしれない」


「クラノス……」


 なんだか〝あたしを好きになることが残念〟などというとんでもなく失礼なことをさらっといい感じに言われてしまった気がしたけれど……。

 人形のように静謐で綺麗な横顔と憂いある瞳で夜空を見上げる儚げな様子が、まるで絵画のように美しくて目の保養になったからよしとしておいた。


「……ううっ」

 

 クラノスは嗚咽のような息を漏らして、手の平でぎゅっと目頭を押さえてから、視線をあたしたちに向けた。

 唇は強く噛み締められたのか、その端からひとすじの紅い血が滴っていた。

 

「それでも……、にはやっぱりかなわない。ボクの〝残念〟はどこまでも計算なんだ」


 声にはこれまで以上に悲痛さが滲んでいる。

 鼻をすすりあげ、息は次第に荒くなっていく。その身体は震えている。

 まるでこれから自らの口で紡ぐ針のような言葉に備えるように。


「本当のボクは……嫉妬深くて、ズルくて、嘘つきで。表向きはを演じてるけど。裏じゃ自分でも時々何を考えてるのか分からなくなるくらい性格も悪いし。だと理解していても、どんな手段を使ったって奪いたくなってしまう。残念どころか……ただのなやつで。それでいて――徹底的に〝ニセモノ〟なんだ」


 その言葉はひといきでは発せられず、途切れ途切れだったけれど。

 彼の中の〝本当の自分〟に、彼がハジメテ触れて、ハジメテ向き合って……ハジメテ言葉にして表に出そうとしてくれたことがとても伝わってきた。

 内容は決して学校の先生とか、特を積んだお坊さんとか、悪を嫌う神様とかには褒められたものじゃなかったかもしれないけれど。

 

 自分自身の在り方に正直に向き合った、その純粋な姿勢は。

 例え相手がダレだろうと批判されるべきではないと思った。


 たとえそれが、神様相手であろうとも。


 ――仮にそれでクラノスのことを否定してきたなら、あたしが文句をつけてあげる。


 そんなことを思うくらい、裏表のあるクラノスの〝本音の告白〟はあたしの心になんだか染み渡ったのだった。

 

 彼は続ける。

 

「……だから、カグヤ。あと……ミカルドも」

 

「え?」「……む?」


 身体を震わせたままで。

 言葉を震わせたままで。

 心を震わせたままで。


 クラノスはあたしたちに向かって、言ったのだった。


「……ごめん、なさい……っ」


 ぺこり。

 クラノスが上半身を折り曲げて、大きく頭を下げた。

 もちろんそんなクラノスを見るのもハジメテで。


「……っ、……うぅっ」


 時々聞こえてくる嗚咽も。

 鼻をすする音も。

 きっと涙を零すことだけは我慢していそうな彼の意地も。

 それ故の感情のゆらめきも。

 

 あたしにとっては新鮮に映った。


 。彼は謝った。

 確かに〝魔法の首飾り〟を使って、あたしをだました。ミカルドをかたった。

 みんなのことを裏切った。


 それは事実だ。


 だけど――

 

「クラノスは……輝夜あたしのこと、まもってくれたじゃない」


「……え?」


 クラノスはまるでなにもない空に急に現れた星のような声を出した。

 それが自分の声であることが信じられないように目を見開き、口元を震わせている。


「あの時のことまで〝ニセモノ〟なんてだれにも言わせないわ」

 

 それはあたしが世界を滅ぼすことになあった夜。

 あたしが世界を滅ぼす原因になった出来事。


 味方の防御体制をくぐり抜けて飛んできた凶弾から。

 クラノスが身を挺して輝夜あたしのことを護ってくれたのだった。

 

「まさしく」ミカルドが堂々と頷いた。「貴様のどこまでがニセモノかは知らんが……そんなものは。虚偽でも幻でもなんでもなく、貴様はその命を顧みずカグヤを救ったのだ。その勇気ある行動と、輝夜への想いだけは疑いようもなく〝本物〟だろうが」

 

 そうだ。

 悪い魔法を使ってあたしたちを惑わした【悪い魔女】をかたるクラノスに、そこまでの怒りを感じられなかったのはそれが理由だ。

 

 無論。

 当時の輝夜にとっては、自分の代わりとしてその胸に矢を受けたのは【最愛の人】である【ミカルド】の姿にかもしれないけれど。

 

 あたしはちゃんと見ていて、知っているのだ。


 カグヤと矢の間に飛び込んできたのはミカルドじゃない。


 他ならぬ悪い魔女――クラノスだったということを。


「あの夜、クラノスがいなかったら」


 あたしはそんな〝もしも〟を考える。

 もしあの時クラノスが護ってくれていなかったら。

 あたしの胸を凶悪な矢が貫いていたとしたら。


「あたしだけじゃない。ほかの王子様も。ミカルドも――クラノスも。今、ここに立っていることは無かったかもしれないわ」


 そのまま戦は続けられて。魔女を怨嗟えんさし、その討伐を悦ぶ悪意だけが人々の中に残って。

 そんなふうになった世界はきっと、歪んだまま戻ることはなくて。

 

 だからクラノスの行動は、どうしようもなく〝人類あたしたちのため〟になったのだ。


 口で言うのは簡単だけど。

 抱きしめることは安易だけど。


 ――その『愛する人』のために、自らすすんでことができる人が、この世界にどれほどいるのだろうか。

 

「だからね、クラノス――ありがとうっ」


 あたしはその時言えなかった言葉を。

 頬をとろんと緩ませた笑顔で――言ってやった。

 

「……カグ、ヤ」


 その言葉をきっかけにして。

 クラノスは膝から崩れ落ちる。


「う……うわああああああーーーーーーっ!!!!!」


 彼はもう我慢をすることはできない。

 溢れ出す感情が止まらない。

 

 クラノスはなりふり構わずに。

 自らの衝動をなにひとつとして隠すことなく。

 裏も表もなく。


 大粒の涙を瞳から零しながら。


 空に向かって思い切り叫んだ。

 

「――――――――っ!」


 クラノスの声にならない叫びは。

 夜に浮かぶ青い星にまで、届いてしまいそうな気がして。

 

 どこまでも無邪気で純粋なクラノスの。

 その裏表のない魂の慟哭は。


 いつまでもいつまでも――



 〝月のない空〟に響き渡ったのだった。


 

      ☆ ☆ ☆


 

 すき。と。

 あいしてる。


 確かにその2つの言葉の。

 たった3文字の違いは果てしなく遠いけれど。


 それでも。きっと。

 どちらも同じ道の上で繋がってるから。


 〝すき〟の方向に走り続けていたら。

 いつかきっと〝あいしてる〟に届く気がしてるんだ。


 そして前の輝夜あたしは、ちゃんと〝あいしてる〟に辿りついた。


 それなら、今のあたしは。


「今のあたしは――」

 

 目の前のふたりの〝残念な〟王子様のことを想って。

 ここにはいない、きっとぐうすかと寝呆けているであろうやっぱり〝残念な〟王子様たちのことを想って。


 すき。と。

 あいしてる。

 

 はそんなふたつの違いのことを考えた。


 

     ☆ ☆ ☆

 

 

「あ、そういえば、」


 あたしはふと思い出す。

 記憶に干渉するという【魔法の首飾り】のせいで、記憶世界の輝夜あたしはクラノスのことをミカルドだと思い込んでその胸に飛び込んだわけだけど。

 つまりそれは。

 昔の輝夜にとっては、ミカルドが【最愛の人】だったってことになるのだけど。


 ――【最愛の人】がクラノスじゃなくて、本当はだったことで。


「なんであたし――しちゃったんだろ」


 あたしはその事実を知って、なんだかすこしほっとしたのだった。


 でも。

 

「深く探るのは、やめておきましょう――」


 もしかしたらどうしようもなく〝悔しい想い〟をすることになっちゃうかもしれないから。


 

 あたしはその事実を、胸の奥深くに仕舞っておくことにした。


 

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