3-20 謀略を見破ろう!(カグヤの記憶⑨)


『魔女を出せ!』

『世界を滅ぼす悪しき魔女』

『【の魔女】をひっ捕らえろ!』

 

 そして新月の夜。

 輝夜を擁護する【翼賛軍】に、魔女討伐を目論む【連合軍】――

 互いが誇るが帝都を中心に投入された、まさしく〝最終決戦〟の火蓋が切られた。

 

 戦はもう、止めることができない。

 

 前線はすでに帝都近郊を突破し、帝宮の城壁にまで達していた。

 これまで以上の戦火があがり、悲鳴があがり、侵略の音が聞こえた。


 唸り猛るような地響きが絶えずびりびりと世界が震えているようだった。


「一体、どうなっちゃうのよ……」

 

 あたしは轟音がつんざき大地を震わし、数多の戦火があがる空に浮かびながら帝都を見下ろしながら呟く。

 目を背けたい。戦争なんて教科書の中でしか知らなかった。現実として体験するのは当然はじめてだ。

 ここから早く逃げ出したい――だけど。


 ここはあたしの記憶の世界。

 つまりは過去に〝現実として〟存在し、他ならぬ輝夜あたし自身が体験したことなのだ。


 怖い。身体が震える。自然と筋肉がこわばる。

 けれど……目を背けるわけにはいけない。

 あたしはこの結末を、見届けなくてはならない。


 ――そのためにあたしはこの世界に来たんだから。



      ☆ ☆ ☆



『クッ……! 余が力ではもうこれ以上は抑えきれんぞ……!』

『ちっ、奴ら最期のつもりで全部の勢力を投入してきてやがる!』

『しかも命もいとわない覚悟だべ……』

『応援に来てくれた魔族たちも、もう限界かも~……!』

  

 戦線から【ミカルド宮】に帰還した王子たちが疲弊した声をあげる。

 〝新月の夜は魔女が内側に力をため込むため、一時的に力が弱まる〟などという風説を信じた連合軍により、今宵の新月に合わせて戦火は最佳境を迎えていた。


『ぐだぐだ言っていても戦況は変わらぬ!』ミカルドが一喝するような声を出した。『輝夜を保護する塔を擁した我が敷地の〝城壁〟こそ最後の砦だ! 決してこの場所にやつらを入れてくれるな!』


『『おお――!』』


 士気は高い。否、高くなければならない。

 少しでも気を緩めれば、頭の片隅に恐怖という名の小さな穴が次第に広がり、やがて取返しのつかないことになってしまう。

 彼らには本能的にそう理解していた。だからこそ怒号をあげて、拳をあげて、瞳の先に自分の憧憬の的であった〝いつかの輝夜〟の笑顔を映して。


 一念蜂起し戦いに臨んでいた。


 しばらくして。

 ふたたび戦場へと向かったはずの王子たちの中から、ひとり。

 衛生兵の役割をつとめるアルヴェが塔の一階に戻ってきた。

 ピアノの脇に置いたままだった荷物を取りに戻ってきたらしいのだが……。


 タイミングよく〝もうひとりの王子〟と鉢合わせをする。

 

 クラノスだ。


「あれ? クラノスは塔の9階で【輝夜】につきっきりじゃなかったのかしら」


 あたしは玄関の内側からふたりの邂逅を見守った。

 アルヴェは忘れ物を手にとって、ピアノの陰から出てきたところでクラノスに気づき足を止めている。


 相対したクラノスはどうやら地下倉庫から上がってきたようで。

 手にはなにか小型の〝瓶〟のようなものを持ち、その顔は怯えたようにこわばっている。


「……クラノス?」あたしは不審に思い声を出した。当然その声は彼らには聞こえない。


 クラノスは引き続き頬を引きつらせ、身体を小刻みに震わしている。

 まるで見られてはいけないものを見られてしまった時のような表情だ。


『…………?』

 

 あまりに異常な様子にアルヴェも困惑しその場を動けないでいた。


『な、なんでお前がここにいるんだよ! 戦場に戻ったんじゃないのか!』


 状況を打破するようにクラノスが叫んだ。その声は震えている。

 やがて何かに怯えるように後ずさった拍子に、手に抱えていた小瓶を取り落とす。


 瓶は床を転がり、アルヴェの足元で止まった。


『――なに、これ』


『! 触るな!』

  

 クラノスが鬼気迫る表情で制したが、アルヴェは小瓶を拾い、その表書きに書かれた概要を捉えてしまった。

 同時に、あたしもそこに書かれた文字を読む。

 

 そしてアルヴェとあたし、ふたりは。 

 

「『…………!』」


 クラノスが抱えていた小瓶。

 それは人命に危害を加える致死性の〝毒〟だった。

 説明書きには分かりやすいように髑髏しゃれこうべのイラストが描かれている。

 

 毒。

 なぜそれをクラノスが抱えていたのか。

 

 それは例えば、輝夜との〝心中〟――


 今の彼の異常ともとれる態度から、ふとそんな究極の二文字が脳裏をよぎった。


『見るなあああああ』


 クラノスが叫んだ。

 否、叫んだだけでない。彼はその掌から〝魔法の光〟を発した。


 青黒いのように放たれた光はそのまま真っすぐアルヴェの顔へと当たった。


「アルヴェ!」


『――っ、みえ、ない――』


 アルヴェはその場に膝から崩れ落ちた。

 掌を顔の前に何度も当てている。


 どうやらクラノスは魔法で、アルヴェの視界を奪ってしまったようだった。


「クラノス! 何するのよ!」


 あたしの声はやっぱり届かない。


 魔法を打ち込んだクラノスの目は見開かれ、冷や汗がすごいことになっている。

 もはや彼は正気にはなく、もし仮にあたしが〝この記憶世界の人間だったとしても〟叫んだその声はクラノスの耳には届いていなかったかもしれない。


『はは……もう終わりだ……ううん、終わらせるんだ……』


 クラノスはブツブツと呟きながら、朦朧とした足取りで階段を上っていった。


 毒入りの小瓶。激しさを増す戦況。

 口封じのための魔法。愛する人との心中。


 そんな不吉なワードがぐるぐるとあたしの脳内を巡った。

 

輝夜あたしが危ない……!」


 今の気が触れたようになっているクラノスがどんなことをしでかすのか分かったものじゃない。

 魔法で視界を奪われたアルヴェに駆け寄り思わず肩を抱くが……その手は彼の身体をすり抜ける。

 記憶の世界じゃ、あたしという存在はあまりにも無力だ。


『ん――だいじょう、ぶ』


「……え?」


 それはあたしに向けた言葉じゃないとは思うけど。そんなわけがないけれど。

 アルヴェは掌で自分の身体の形を確かめるように全身に這わせたあと、自らに言い聞かせるように頷いた。


『――っ』


 しかし。

 彼は立ち上がろうとしたところで地面に転がっていた荷物に足をかけ、ふたたび転倒してしまった。


「やっぱり、見えてないのね――!」


 アルヴェの目は見開いてはいるが、未だクラノスが放った蒼黒いもやがかかったようになっていて、その瞳は虚空をさまよっている。


(クラノス、許せないわ……!)


 どれだけ異常な状況だろうが関係ない。

 あたしの大切な人を傷つけて、果てはを傷つけようとしている――


 両想いだとかなんて知らない。

 そんな人が、あたしの〝王子様〟だなんてあってたまるものですか!


 あたしは形ばかりでもアルヴェのことを抱きしめてから。

 

 

 階段を上がるクラノスの背中を追いかけた。


 

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