塔の上のカグヤさま★~記憶を失くした幽閉令嬢、理想の王子様と同棲が決まりましたが毎日ハチャメチャで困ってます。え、これって彼らなりの溺愛なんですか!?どう考えても夫婦漫才にしかみえません!~
1-23 不覚にもトキめこう!(ミカルドの記憶③)
1-23 不覚にもトキめこう!(ミカルドの記憶③)
「何のつもり……でしたかしら?」
あたしは慣れない敬語で言った。
『そう警戒をするな』
結局、あたしは
他の薄情王子たちは『ま、記憶の中とはいえ相手はミカルドだし万が一ってこともないでしょ』と楽観的にしていたけど……。
もしあたしの身にその〝万が一〟があったらどうしてくれるのよ。
「ったく。元の世界に戻ったら覚えてなさいよ――」
『む? 元の世界?』
「な、なんでもないわ! ……です、わ」
ミカルドはあたしの敬語モドキを見かねたのか、はあ、と呆れたような溜息を吐いて、
『無理に丁寧な口調でなくていい。自然体で構わん』
「ほんと!? よかったー、ずっと息苦しかったのよねー」
『……我を前にして、何の遠慮もないのだな』ミカルドは少しだけ顔をしかめたあと、微かに口角をあげた。『面白い奴だ』
そしてミカルドは、ずい、とあたしに近寄ってきた。
「……なによ」
思わず身構えていたら、彼の手があたしの顔に伸びてきた。
――まさか本当に〝万が一〟なわけ……?
ぎゅっ、と目をつむる。
あたしはまだ何の覚悟もできていない。
たとえ相手が、世界一の大陸を統治する帝国の皇子様だったとしても。
あたしはただの――記憶すらない女の子だ。
「きゃっ」
しかしミカルドの手は――
あたしが頭に被っていていた外套の
『……ふむ』
それでも彼の顔はすぐ目の前にある。
心臓は――悔しいことにドキドキが止まらない。
ミカルドの切れ長の目があたしの顔をじっくりと嘗め回す。
『やはり……似ている』
彼が次に言ったのは、少し予想外の言葉だった。
「へ? 似てる……?」
あたしは言葉を発した勢いで、ミカルドから身を離した。
ふう、あぶないあぶない。もう少しで高鳴る心臓の音が聞こえるところだった。
「似てるってだれによ」
『……我の、……よく知るものだ』
ミカルドはなんだか言いにくそうに視線を下げた。
その仕草ですらも、どこか厭世的な雰囲気があってあたしの心をときめかせてくる。
あーもう! この世界のミカルドはいつもの〝生意気成分〟が薄い分、あたしの心臓に悪いわね。
――って、まるでそれじゃ普段のミカルドが〝こう〟だったら、あたしの感情がどうにかなっちゃうかもってことじゃない。
そんな妄想をふるふると首を振って否定する。今は〝こう〟だったとしても、あたしは騙されないからね!
『名はなんという』
ふたたび、ぐい、と身体を壁際に寄せられた。
至近距離で目をじっと見つめられると、やっぱりどうしたって胸の奥がかあっと熱くなってしまう。
「あ、あたしの名前は――」
そこでふと気づく。
――あれ? そういえばここって、ミカルドの記憶の中よね?
ミカルドがハンマーで殴られて意識を飛ばすっていう〝ちょっとしたイレギュラー〟があったとはいえ、ここで正直に名前を言っちゃってもいいのかしら。
――あたしたち、過去に出会っちゃったことにならない……?
そんな思考がくるくる回っているが、ミカルドの整った顔が目の前にあるせいでうまく頭が働かない。
っていうか、今の状況こそ本当の〝壁のどおん〟ってやつだ。
確かにこれはドキドキするのも分かるかも――
「あ、あた、あたたしは……」
緊張で嚙みすぎた頬にぱちん、とひとつ喝を入れてあたしは言った。
「あたしは! ……カグ、」
がらん、ごろん。
しかし言葉の続きは、突如鳴り響いた〝鐘の音〟でかき消された。
『む? 開門の鐘――もうこんな時間か』
ミカルドがすっとあたしから身を離した。
「あっ」
と、あたしの口から思わず声が漏れる。
――って! 〝あっ〟ってなんなのよ!
まさかと思うけど、もっとしてほしかったってこと?
あたしが? ミカルドに? そんなわけがありますか!
きー、くやしい、とあたしが心の中で地団太を踏んでいると、
『すまない、しばらく席を外す』
ミカルドが鏡の前で身支度を整えながら、そんなことを言った。
扉から出ていこうとする後ろ姿に――なんだかあたしは、寂しさにも似た感情を覚えて。
声をかけた。
「あの! ……また、会えるわよね」
ミカルドは振り向いて、今度はあたしの目を
『ああ。もちろんだ』
彼は思い出したように部屋の中央に目をやって付け足す。
『もし小腹が空いたら好きに
視線の先を見ると、枕元の
「うん、ありがとう。いってらっしゃい――」
がたり。
扉がしまった。
「……はあ」
がらん、ごろん。
時間を知らせるという鐘が鳴って。
皇子様は去っていった。
――まるで
「それにしては、お姫様と王子様の立ち位置が逆のような気もするけど」
逆に王子様に
それを聞いてくれる人は、もうここにはいなかった。
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