3-36 わがままでいよう!


「人の話を聞きなさいよーーーーーーーーー!」

 

 あたしの久々の絶叫ツッコミのお陰か。

 ミカルドは鼻から息を抜いてようやく真面目に答えてくれた。

 

「ふん。安心しろ、ちゃんとお前らの話は聞いている。この場所から帰らないほうがどうかしてるとのことだったが……それならば我は構わん」


 ミカルドは堂々とそう言い切って、その場にいるもう一人の王子様に視線を向けた。「帰りたい奴はとっとと帰ればいい」


 クラノスは舌打ちをして、「ミカルド! ――お前は帝国での〝自分の立場〟が分かってるのかよ!?」


 ミカルドの立場。

 そうだ。確かに月の上は〝こんなやつ〟だけれど、彼は世界一の大陸を統治し世界一の歴史をもつ【スルガニア帝国】の皇子様なのだ。

 たしかミカルド以外に皇帝の子どもはいないということだったから……もしその唯一の嫡子であるミカルドが帰らなければ、これまで脈々と受け継がれてきた帝国の血が絶えることになりかねない。それはきっとこの世界ではなんとしてでも避けたい事態だろう。

 きっとしている今ですらも、帝国――どころか世界が混乱し、血眼になって彼のことを探しているに違いない。


 なのに。


「立場など知らん。我はここに残る」


 と。

 ミカルドはあくまで〝帰らん〟の一点ばりなのだった。

 あーもう、わがままな子どもか!


「ふん。我は大人だ。自分のことを自分で決めて何が悪い」


 あたしの心中を察したように彼は言う。


「悪いに決まってるだろ! お前は……いつかは帝国を統治する【皇帝】になるんだぞ!」


 クラノスはどこか悔しそうに唇を噛み締めながら叫んだ。


「お前ひとりが地球セカイからいなくなることで、どれだけの人に迷惑がかかるか分かってるのか!? だれが未来の帝国臣民を護るつもりだ!」


 それはクラノス自らも【王国王子】であるという立場だからこそ言える発言でもあった。

 彼は叫び続ける。

 

「どうしてそんなに我がままなんだよ! 昔はじゃなかっただろう!」


 そしてこれも。

 過去のミカルドを知ってしまったからこそ、ぶつけられる怒りだった。


「昔のお前も自己中心的なやつだったけど……それでも人に迷惑をかけることはしなかった! 確かにお前はカグヤといういち個人のことを〝国〟をあげて守った。それでたくさんの人が傷ついた……だけどそこには〝信念〟があった。だから戦に参加した兵士はだれも迷惑だなんて思わなかったさ! だけど! 今のお前が突き通そうとしてるのは――ただのエゴでしかない」

 

 最後の言葉は夜に吸い込まれるようにして消えた。

 風が嫌に生ぬるく吹いている。クラノスとミカルド、ふたりの王子たちの間の距離が果てしなく遠いように思えた。


「そんなもんは知らん!」


 そしてここまでのクラノスの〝お気持ち表明〟を、ミカルドはたった一言でぶった切った。


「我は我がしたいようにする。そう決めたのだ!」


 そこでミカルドは一瞬迷うような表情をしてから、唇を歪ませ付け加えた。


「カグヤが――【待ち合わせ場所】に来なかったからな」


「「……っ!」」


 あたしとクラノス、ふたりの目が見開かれた。

 〝あの日〟とミカルドは言った。あたしだって忘れもしない。

 

 それは記憶世界の中で輝夜が、数多の〝告白〟を受けて。

 その返事をする場所として、それぞれ【異なる待ち合わせ場所】を指定したあの夜だ。

 

 ちょうど今宵、その夜のことになぞらえて、あたしがふたりにしたみたいに。


「我にとって〝あそこ〟は想い出の場所だった。カグヤとかけがえのない時を過ごした場所だと思っていた。だから必ずカグヤは〝あの場所〟に来てくれると信じぬいていた! ……しかし、そう思っていたのは我の方だけだったらしい」


 想い出の場所、とミカルドは言った。だけど。

 あのとき記憶世界の輝夜はみんなに〝耳打ち〟をして伝えたせいで、あたしはみんなの指定された〝待ち合わせ場所〟を知ることはできなかったのだ。

 唯一知れたのは――クラノスの待ち合わせ場所だけだ。

 あの夜、彼は輝夜の部屋を訪ねて待ち合わせ場所の〝変更〟を行ったのだ。


 ――そしてそのあと、輝夜はクラノスのために【屋上】へと向かった。

 

「………………」

 

 それ以外の場所。

 輝夜とミカルドの想い出の場所。

 断片的な記憶世界の探訪だけでは、ぱっと思いつくことはできなかった。

 

 ミカルドは首を振って続ける。

 

「だからこそ、我は決めたのだ。……もし〝この次〟があろうものなら。世界をやり直せる時が来ようものなら。我は自分の想いを何よりも大切にしようと。例えそれが傲慢で気障キザに映ろうとも。我はありのままに生きようと! エゴと言われてもいい。自身のそのままを曝け出して、今まで以上に何に遠慮することもなく生きようと!」


「ミカルド!!!!」


 クラノスが大声で叫んだ。

 まるで道に飛び出した子どもを注意するような、ひどく危機感と焦燥感のある叫び声だった。


 それでも。

 ミカルドは続ける。

 

「我はそうろうと決めたのだ。カグヤのために。カグヤが――【】についぞ来ることのなかったあの夜からな――」


 ――え?


 あたしの動きは。思考は。

 そこでふと止まった。

 

 やがてこれまでに動かしたことのなかった脳の部品が、鈍い音を立てて回転を始める。


 ミカルドはなんと言った?


 輝夜あたしが、に来なかった?

 

「ちょっと待って、どういうこと……?」


 頭の混乱はおさまらない。

 それも当然だ。だって。


 

 ――【中庭のエデンの樹の前】を指定したのはミカルドじゃない、他ならぬ【クラノス】のほうだったハズだから。

 

 

 

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