1-6 部屋割りをしよう! ①


 これはあたしの〝記憶〟だ。


 麗らかな日差しの下、腰元まで落ちる黒い髪をなびかせて。

 庭園の中央に据えられた白い椅子にあたしは腰かけている。


 周囲には鮮やかな花壇。活き活きとした樹木の緑。

 黄金こがね色の鳥が鳴いて。瑠璃るり色の蝶が舞っている。

 背後の水晶の泉から吹き上がった飛沫は空に散って、小さな虹を創り出した。


 その狭霧さぎりの向こうに、いくつかの人影が見える。


 羊歯しだの茂ったレンガ造りの道を――あたしを慕ってくれている幾人もの〝王子様〟が歩いてくる。

 あたしのことを見つけて、ほんのりと頬を染めて。口角を微かに上げて。

 憧憬を滲ませた表情で、彼らは手を振ってくれる。


 ふと、遠くで鐘の音が鳴り響いて。


 背後に茂った一本の背の高い木から〝真っ赤な果実〟が落ちた。

 あたしはその深紅の丸い実を拾い上げて、彼らに向かって小さく手を振り返す――


 そんな穏やかな幸福に満ちた光景も。



 今では全部――忘却の彼方だ。



     ☆ ☆ ☆



「幸か不幸か――部屋はいっぱいあって、余ってるくらいよ」


 過去の記憶を失ったワケアリ令嬢のあたし・カグヤは、人里離れた森の奥深くにある〝塔〟に閉じ込められている。


「塔は10階建て。全部のフロアは、中央のらせん階段で繋がってるの」


 今は、あたしの部屋(他にも収納部屋とか様々なパーソナルスペース)がある9階から、8階の大広間に降りてきたところ。


 キッチンもこの大広間にあって、ふだんはここでご飯を食べている。


「つまり、8階はリビングダイニングキッチンが揃った〝共用部〟ってところね。7~2階は、フロアごとに空き部屋がいくつかあって、特に使ってはいないわ」


 実は地下にも階段は続いていて、その先には倉庫があるんだけど……中には用途不明の怪しげな物が雑多に置かれていて、なにより薄暗くて気味が悪いし(実はあたしは、結構な怖がりさんなのだ)、最初に一度入っただけで、それ以降は近寄っていないっけ。ま、それで問題なく生活できてるからヨシ。


「そして1階が玄関。10階部分が屋上よ」


 ――あれ? 階の数え方ってこれであってる? 屋上は数えないんだっけ……? まあいいわ。


「こんな感じで、塔の内部は結構広いのよ。あたしひとりが暮らすには、大きすぎるくらい……って」


 想像はしていたけれど。やっぱり。


『我こそが7階だ!』『いーや、ボクだね!』『おれが7階だよ~!』


「あんたたち、ぜんっっっぜん聞いてないじゃない!」


 3人の残念王子たちは、空き部屋の中でも一番高い階層である〝7階の部屋〟を求めて、子供みたいな口論を繰り広げていた。


「我が貴様らより下の階層などありえん」とドラゴンに乗ってきたキザ王子のミカルド。


「ボクより上の階にキミたちが住んだら、寝る時にミカルドの汚ないお尻を向けられちゃうってことでしょ? そんなの耐えきれないね」とイカに乗ってきた腹黒王子のクラノス。


「ご飯食べるところが8階だから、7階じゃないと出遅れちゃうじゃん……!」とイノシシに乗ってきたおバカ王子のマロン。


 そんな感じで、誰も譲ることのない不毛な争いを彼らはしていた。


「ああもう、らちがあかん!」

「それならここは――」

「家主に決めてもらうしかないね〜……!」


「「「カグヤ!!!」」」


「なっ、なによ……」


 いきなり大声を出されて、あたしは仰け反った。



「――ボクたちの中の、だれを7階にするの?」



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【塔の上のカグヤさま☆】

第6話

   『部屋割りをしよう!』の巻

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「ボクたちの中の、だれを7階にするの――?」


「何言ってるの」あたしは当然のごとく言ってやる。「あんたたちは全員〝外〟よ」


 3人は目を剥いて困惑の声を出す。


「ええっ!?」「ひどいよ~!」「なぜそのような仕打ちを……!」


「だって、人の話まったく聞いてないんだもの」


「そんなことないよ? ボク、ちゃんと聞いてたよ……?」


 そんな風に上目遣いで可愛く言っても無駄よ、クラノス。


「もしちゃんと聞いてたのなら、争う必要はこれっぽっちもないはずだもの」


「……え?」


「7階に、部屋はあるわよ」


「……ってことは」


「別に、7階に住むことはできるんじゃない?」


「むう。こいつらと同じ階層というのも納得がいかんが……」とミカルド。


「これ以上争っても消耗するだけだしね。ひとまずは停戦ってことにしようか」とクラノス。


「やった~! これでご飯に遅れなくて済む~!」とマロン。


「だーかーら! あんたたちは〝外〟って言ってるでしょ」


「「「えええっ!?」」」


 ぷい、とあたしは腕を組んで横を向いてやった。

 怒ってることが伝わればいいけど。


「……カグヤ?」と心配そうにマロン。


「ふう。仕方がないな」


 そう言って溜息を吐いたのはミカルドだった。

 奴はあろうことか、『やれやれ』と首を振って――


「カグヤが7階がいいのであれば、譲ろう。代わりに我が9階に住んでやる」


 あたしの部屋を奪いにかかってきた。


「ミカルド!」あたしは極めて笑顔を作って、「あんたの部屋がいま決定したわ。っていうんだけど……」


「な! 我に臭い飯を食えというのか……!」


「当然じゃない」とあたしは再びぷいっと横を向いてやる。


 こういうとき、クラノスは困ったような表情を浮かべるだけで、何も喋らないでいる。

 余計なことを言わずに様子を見ようって魂胆ね。どこまでも小賢こざかしいんだから。


「……カグヤ~」


 マロンが両手の指先を気まずそうに擦り合わせながら、あたしの目の前に立った。


「あのね、……話を聞いてなくて、ごめんなさいっ!」


 ぺこり。

 マロンはその角の生えた頭を、大きく下げた。


 あたしはふう、と息を吐いて。


「これから気をつけるのよ。マロン――


「――んなっ!?」ミカルドが絶句した。「お前だけずるいぞ! カグヤ! 我も――」


 せがむミカルドを無視して、あたしは再びつんと横を向く。


「ふーん。そういうことね」


 クラノスがなにやら呟いて、近寄ってきた。

 あたしの目の前に立つと、その白い指先を自らの唇に当てて。上目遣いを向け、を作って……


「カグヤ……ごめんね? 次からは、ちゃんとカグヤの言うこと聞くようにする」


 ぺこりと。完璧に可愛らしく。

 頭を下げた。


 ――くぅ~! 絶対思ってないくせに!


 でも……それを〝演技〟だと証明することも難しい。それを理解した上だから、余計にタチが悪いのよね。


 仕方ないか。仮に形だけだったとしても、ちゃんと頭を下げられたんだから、今回は許すことにする。


 ――っていうか、なんなのよ。


 人の話を聞かないから指導するって、あたしゃこいつらの先生か。

 そもそも、みんなだいの大人じゃない! 悲しくなるわ!


「はあ……」あたしは溜息を吐きながら、仕方なしに言う。「クラノスも、7階ね」


 やりい、とクラノスは手を鳴らして喜んだ。


「むぐぐぐぐうっ!?」


 ミカルドがさらに絶句する。


「馬鹿な! なぜこの2人が7階で、我が〝外〟のままなのだ!」


「あんたは外じゃなくて豚箱ね」とあたしは訂正しておく。


「ミカルドも謝った方がいいよ~? 意地はってないでさ」


「うん。思ってなくても、頭を下げるのは無料タダだしね」


「おい、やっぱりさっきのゆるしを取り消すわよ」


 あ、やべ、とクラノスが手を口に当てた。


 しかしミカルドは、断固とした意志を感じさせる口調で。


「我が? 謝る?」


 子どものように、駄々をこねるのだった。


「なぜそんなことをせねばならん!」



「「……はあ!?」」



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意地でも自分の非を認めない人っていますよね。

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