1-2 自己紹介をしよう!


  ~前回のあらすじ~


 人里離れた塔に幽閉されるワケアリ令嬢(=あたし)のもとに。

 とうとう白馬に乗った〝運命の王子様〟が迎えに来てくれたと思ったら――!?


 ドラゴンに乗ったキザと、

 イノシシに乗ったバカと、

 イカに乗った腹黒だった。

 

     ☆ ☆ ☆


「で!」


 で!!! とあたしは思いっきり強調してから言った。


「――あんたたちは、何者なの?」


 あたしは聞いた。そりゃ聞いた。

 待ち望んだ〝理想の王子様との出会い〟を台無しにした挙句、数々のトラブルを巻き起こしてくれた、顔だけはどこまでも整っている目の前の男どもに聞いてやった。


「……む?」


 ひとりめのドラゴン乗りが、小首を傾げる。


「そんな些細なことを気にするな、しわが増えるぞ」


「あれのどこが些細なことよ!」


 住んでいた塔が燃えかけて、上空に飛ばされて、最終的には水浸しになったのだ。

 いくら幽閉された身とはいえ、家主としてはたまったものじゃない。


「あと皺は余計なお世話よ……っていうか、皺はまだそんなにないわよ! ぴっちぴちよ!」


 自分で言うのも情けなかったし、ぴっちぴちという頭悪そうな語彙力もどうかと思ったが、一応突っ込んでおいた。

 そこでふと気づく。


「あ! もしかして……罪を犯した意識があるから、名乗らずにそのまま逃げようって魂胆ね?」


「逃げる、だと?」


 その言葉は彼のプレイドにでも障ったのだろうか。

 白馬――ならぬ、赤黒いドラゴンに乗って現れた最初の男が、眉をぴくりと跳ね上げて言った。


われは逃げん。なぜなら、そういう人生を送ってきたからだ。我にとって、逃げるのは最も恥ずべき行為だ」


「じゃあ身元を教えなさいよ」


「それはできん」


「なんでよ!」


「……恥ずかしいからだ」


「おおおい恥ずべき行為してるじゃない!」


 キザな口調のそいつは、実際恥ずかしそうに頬を朱に染め視線を下にずらした。

 ううん、そんな仕草も含め、あらためてみると……。


 ――くうぅ、めちゃくちゃ整った顔なのよね。


 古い時代の芸術品のように威厳をもって輝く銀色の長髪。

 面長な輪郭に、凛と形の良い鼻。

 切れ目の中心には、憂いを帯びた瞳が神妙に存在を主張している。

 表情を動かすのは苦手なのだろうか。しかし、眉間に寄りがちな皺の一本一本すらも板についていた。


 恰幅は良く、服装は戦闘装束のようにもみえるが――戦いそのものに参加する兵士というよりは、その指揮官のように高貴めいたものだった。


 どこかミステリアスで――どこまでもキザな口調の、クール系美青年。


「――ミカルドだ」


 ふいに、その美青年が言った。


「え?」


「我が名だ。自分の名は、誇れるものだからな」


 恥ずべきものではない、と付け足して。

 そのドラゴンに乗ってきたキザ――もとい【ミカルド】は言った。


「ふうん」


 続きで素性を明かしてくれるかと思い少し待ってみたが、それ以上は特になにも語られなかった。


「……はあああ」


 あたしは大きく溜息をついてみせてから、目線を隣に移す。次の方、どうぞ。


「よっすー! おれの番ってことは、じゃあ次はおれの番ってことだ!」


 よっすー、と。あっけらかんと。

 そいつはやっぱり馬鹿っぽく、同じ意味合いのことを二度言った。


「頭痛で頭が痛い、みたいなこと言わないでちょうだい。聞いてるだけで頭痛がするわ」


 あたしの皮肉をぱちん、と彼はウインクひとつでいなして(本当に意味が分かっているのだろうか……)、


「おれはマロン! マロン・オーバーロック!」


 と元気に名乗った。

 イノシシに乗ってきたバカは【マロン】というらしい。


「ミカルドみたいに〝秘密〟はないから、なんでも聞いていいよ~!」


「その頭のつのって本物?」


「それは秘密☆」


「ばりばり秘密あんじゃねえか!」


 角。

 そう。マロンの頭の上には角がついていた。二本。

 側頭部から、ゆるやかに螺旋を巻いた短い角が生えている。


「触ってみても、いい……?」


 興味本位でそう言ってみたら、


「えええぇっ!? ……女の子なのに、意外と、大胆なんだね」


 などと驚かれた。


「む、初対面で正気か……? いささかヒくぞ」ミカルドも冷たい声で続く。


「え!? そんなにイケナイことだった!?」


 そんなこと言われたって、しょうがないじゃない。

 角が生えた人なんて、あたしはハジメテ会ったんだから。

 ハジメテ――でもそうか、それを言いだしたら。


 あたしが塔に幽閉されてから、だれか人と会うのはこれがハジメテのことだった。


「ど、どうしてもっていうんなら……」


 マロンが身をすくめ、照れくさそうに言った。


 橙色の癖っ毛。瑞々しく、弾力のありそうな肌。

 曇りの空もすぐに晴らしてくれそうな、屈託のない瞳。

 表情の移り変わりは活き活きと目まぐるしいけれど。

 どの瞬間を切り取っても〝サマになる〟バランスの良い目鼻立ち。


 ――ふう。やはりまごうことなきイケメンだ。


 馬鹿だけど。ちょっぴりお馬鹿さんなんだけど。


 金糸を随所に取り入れた服装も、快活さを引き立てるようでとても似合っている。

 他のふたりもそうだけど、なんだか豪勢で立派な格好をしているのよね。


「うひゃあっ!?」


 そんな馬鹿イケメン(イケメン馬鹿?)が、唐突に妖艶な声をあげた。


「触っていいとは言ったけど、そんなに、激しく触らないでよ……! ひゃあんっ」


 マロンは頬を赤らめながら、喘ぐように身をよじらせている。


「ちょ、ちょっと! あたしはまだ触ってないわよ! ……って、」


 見ると頭の上の角を、イカに乗ってやってきたが触っていた。


 とても激しく、みだらに。


「ふーん。これ、おもしろーい」


 などと。冷淡な声で。その中に悦びを滲ませて。

 暗黒的な微笑を、顔に浮かべながら――触り続ける。


「うっ、ひゃうんっ!」


「や、やめてあげなさいよ! マロンが幼い子には見せられない表情しちゃってるじゃない!」


 発禁物の表情を浮かべ身をよじるマロンからあたしは目を逸らしながら(だけど、視界の隅ではしっかりと見つめながら)、注意した。


 ……っていうか、その表情どうなってるの!? 可動域が人間のそれを越えてない!? モザイクかけてモザイク!


「――はあっ、はあっ。初対面なのに、こんなこと、ひどいよう……」


 マロンは『もうお婿にいけない』となぜかあたしに向かって身体をよじらせた。


「だから触ったのあたしじゃないって。この、こいつ! イカに乗ってきた……えっと、」


「クラノス」と、腹黒王子はやけに爽やかな笑みを浮かべて言った。「クラノス・カーテイク。よろしくっ」


「うわあ、うっさんくっさあああ(よろしく、クラノス☆)」


「いや、思ってることそのまま出ちゃってるんだけど……」


 イカに乗ってきた腹黒王子――【クラノス】とやらが、ため息交じりに言った。

 その様子を眺めていたら、一瞬だけ視線があう。


「あれ、どうして目を逸らすの?」


 そんなこと、言われても――。


 幻想的で、艶やかな光を放つ金色のボブカット。

 見ていると吸い込まれそうな、どこか空虚にも映る瞳。

 透明感のある白磁の肌に、麗しい顔のパーツがまさしく黄金比で配置されていて。


 身長はほかのふたりの方が高いけど、線の細さと顔の小ささも相まって、とても絵になる美男子だ。


 思わず見とれていたら、ぱちり。

 ふたたび、空虚な宝石のような瞳と目があった。


「――ボクの顔、なにかついてる?」


 何を、しらじらしい。

 そう――こいつは、自らの〝美しさ〟を徹底的にしているのだ。


 だからこそ、完璧なタイミングで。完璧な角度で。

 完璧な微笑みを浮かべることができて。


 あたしには、それがとても胡散臭く思えてならなかったのだった。


「うぅ……なにもついてないわよ。


 でもきっと、こういうのに騙される子がいっぱいいるんだろうな。

 もし口を開かずに黙ってたら、あたしだって……って。あたしだって、なんなのよ! 


「やっぱりこいつは、腹黒ね……」


 それに、とあたしは続けて。

 目の前に勢揃いした3人の王子様をあらためて眺めた。


「黙ってたら騙されちゃうのは、、か――」


「む? なにかいったか?」


 キザ王子・ミカルドが眉間に皺を寄せて言った。


「べっつに!」あたしは腕を組んで唇を尖らせる。「あんたたちの悪口を言ってただけよ。やーいやーい、このイケメンども!」


「はあ……この前も言ってたけど、イケメンって別に罵倒になってないからね?」


 言われ慣れてるから気にならないし、と腹黒王子・クラノスが付け足した。


「ねえねえ、それでさ~」


 頭の後ろで両手を組みながら、馬鹿王子・マロンがあっけらかんと聞いてくる。


「お姫様の名前は、なんてゆうの~?」


 お姫様、と彼は仰々しく言った。

 だから、あたしは。


「べつに、お姫様じゃないけど」


 なんて。

 強がってみせた。


「そうなの? でもさ、お姫様みたいな格好してるから」


 ふと、顔をあげて。

 壁に立てかけてあった姿見に映る、自分の姿を見る。


 確かに、今のあたしは。

 絵本の中に出てくるお姫様のような――した格好をしている。


「あ……」


 お姫様に似つかわしくない、コンプレックスな三白眼気味の瞳。

 つんとした鼻に、小さめの唇。ロングの黒髪には重くなりすぎないように差し色を入れて。

 お気に入りのアクセサリーに。ヘアメイクだってちゃんとしてるし。

 香水も忘れてない。靴だってヒールだ。でも。――でも。


「これは……別に。だし」


 本当のことなんて、言ってやるもんか。


 ――いつ王子様が迎えに来てもいいように、だなんて。


 目の前の、女の子の気持ちなんてちっとも分かってくれなさそうな〝偽物王子〟たちには。

 口が裂けたって、伝えてやるもんか。


「もー! ほっといてよ!」


 だからあたしは、その分もしっかり怒ってみせて。


「――カグヤ」


 と、ひとこと。言ってやった。


「え?」


「あたしの名前よ。変わってるでしょ、笑いたかったら笑えば?」


 だけど。

 目の前の3人は、ゆっくりと瞬きをして、あたしの名前を咀嚼そしゃくするみたいに小さく繰り返したあとに。

 どこか満足気に、口角を上げてくれたのだった。


「カグヤ、か――良い名前だな」


 その一言で。その仕草で。


 あたしの心臓はどうしようもなく――高鳴ってしまうのだった。

 うう、悔しい……こんな残念なやつらにドキドキしちゃうだなんて。


 胸をおさえるようにしていたら、3人が仕切りなおすように言った。


「とにかく! これからよろしくね、カグヤ」とクラノス。


「よろしく~」とマロンも続く。


「うん、よろしく……って、え?」


 ――これから?


 って、どういうことかしら。


「どうもこうもない。言葉通りの意味だ」最後にミカルドが言った。


 あたしが小首を傾げていると。

 彼らは、ごく当然のことのように言うのだった。


「しばらく、ここで世話になるのだからな」



「……はああああああ!?」



 あの。

 家主のあたしが初耳なんですが。


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