1-3 壁を〝どおん〟ってしよう!


~前回までのあらすじ~


ドッキドキ♥イケメンたちと同棲生活が始まる予感――!?☆

(本音:はよかえれや)


     ☆ ☆ ☆


「迷ったあ!?」


「ああ、まさにだ」


 ドラゴンに乗ってきたキザ王子・ミカルドが堂々と頷いた。


「森の周縁部が霧で覆われ、視界が悪かったこともあるが――行けども行けども、森の出口にたどり着かなくてな。途方に暮れていたおりに、この塔を見つけたのだ」


「……あんたたちも、そうなの?」


「まあ、そうだね」と腹黒王子・クラノス。「ぐるぐる同じ場所を回ってる感じだった」


「似たような感じ~」と馬鹿王子・マロン。「それで、焼き肉パーティー中のお店を見つけたから、入ってみたんだ!」


「だーかーらー、違うって言ってるでしょ」


「え? でもこの部屋に入ったとき、とっても美味しそうなお肉の匂いがしたんだけどな~」


「おい下手するとそれ、あたしが焦げた匂いだぞ」


 たっぷりと長い溜息を吐いて、あたしは窓から外を見た。


 確かに、見渡す限り森は広がっていて。

 その緑がどこまで続いているか、あまり深くは考えたことなかったけれど。

 あたしの想像以上に、この森は広大なのかもしれない。一度踏み入れたら、帰れなくなってしまうくらいには。


「でも……だからって、あんたたちがここで暮らす理由にはならないでしょう!?」


 3人は互いに顔を見合わせて言う。


「しかしだな。我が相棒ドラゴンも、無駄な火を吐いたことで疲れているようなのだ」

「お腹が減って、もう一歩も動けないし……」

「さっきの水魔法で、今日の分の魔力切らしちゃったし」


 確かに、言わんとすることは分かる。夜ももう遅いしね。

 だけど最初の銀髪ロンゲ。あたしの住居を燃やしといて『無駄な火』ってどういうことだ。


「む……これでもまだ渋っているのか」


 腕組みをしたまま考え込んでいたら、その噂の銀髪ロンゲ――ミカルドが急に立ち上がった。


「ふん、やれやれ。仕方がない――をしてやろう」


 そう言って、あたしに向かってずかずかと近づいてくる。


「な、なによ……!」


「カグヤ――」


 近寄ってきたミカルドは、あたしの後ろの壁に〝どおん〟と手をついて。


「――今日は、帰りたくないんだ」


 囁くように、そう言った。

 だから。


「……ふうん」


 と。

 なんでもないように、あたしは返してやる。

 だって、絶対なんか嫌な予感しかしないんだもん。


 すると案の定、目の前のミカルドはぴくりと眉を跳ねさせて。

 戸惑うような表情を浮かべてきた。


「む……? 嬉しくはないのか?」


「なにがよ」とあくまでそっけない態度をあたしは貫く。


「この我が、壁を〝どおん〟とやっているのだぞ……? きゃあ、とか、ふわわ、とか、げべべ、とか。なにか反応はないのか?」


「最後の反応やべえやつでしょ!」と突っ込みつつも、ぷい、とあたしは顔をそらす。「……別に。壁のどおん、がどうかしたの?」


「む、ぐぐぐ……せぬ。不可思議だ。市井しせいで流行していると聞いたのだが」ミカルドがプライドを傷つけられ、ショックを受けたようにその場に手をついた。「我の〝壁どおん〟には、なんの魅力もないというのか……!」


「ふふん。分かってないなあ、ミカルドは」


 クラノスがやってきた。やってこなくていいのに。


「壁のどおんってやつはね――こうやるのさ」


 言いながら実際に手を伸ばして、あたしの耳の真横で壁がどおんってなった。


「きゃっ」


 至近距離にクラノスの、彫刻のように美麗な顔がくる。

 さすがにちょっと、これはまずいかも……攻撃力が高すぎる。

 視線を逸らそうにも近すぎて意味をなさない。湿気を帯びた吐息が耳にかかって――たっぷりとした間があったあとに、彼は言った。


「カグヤちゃん――意外と顔の産毛うぶげ、濃いんだね」


「てめえ一生女の子に顔近づけんなやあああ!!」


 逆にどおおおん、とクラノスのことをあたしは突き飛ばす。

 うわわわあああ、と失礼腹黒王子は窓から遙か彼方の空に消えて星になった。

 そのまま一生、人と関わることのない無機質な世界で孤独に輝いているといいわ。


「……ったく」


 ぱちぱち、と汚れた手を払っていたら、


「おもしろそ~! おれもやる!」


 と、マロンがやってきた。


「あのねえ! 壁のどおんってやつは、面白い面白くないの話じゃ――あっ」


 あたしが話している途中で。

 それを遮るように、とん、と優しくマロンの掌が壁を叩いた。


「……マロン?」


 それまでの天真爛漫な笑顔は、なりを潜めて。

 彼はスイッチが入ったように〝王子様らしい〟表情を浮かべている。

 ふだんとのギャップも手伝って、あたしの心臓は早鐘を打つのをやめない。


 もう、だめ。これ以上は――


 あたしの心臓が限界に達しようとしたその時。

 マロンはさっきまでの馬鹿っぽい笑顔に戻って、言った。


「――このあと、なんて言えばいいんだっけ?」


 がくう、とあたしは首を大きく落とす。

 

 期待は裏切られてしまったけれど。逆にマロンが、お馬鹿な子でよかった。

 あのままだったら、あやうく〝恋〟に落ちてたかもしれないもの――

 そこまで考えて、ふるふると慌てて首を振り否定してやる。


 ――いつか、自分をここから連れ出してくれる運命の王子様と。


 そんな希望を抱き続けてきたあたしにとって、確かに〝恋〟に憧れはあるけれど。

 

 その相手は、少なくとも目の前の〝残念王子ーズ(今勝手に名付けた)〟ではないはずだ。

 否。違うに決まっている。……違っていてほしい!


 ――ま、違う意味では〝ドキドキ〟させられっぱなしなんだけどね。


 それでも。

 胸の奥が、ぎゅうっと熱くなるような甘酸っぱいドキドキは。



 〝本当の王子様〟に出会う日まで、取っておくことにしたいのだ。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る