1-4 塔を脱出しよう!


「……うう、なんてことをしてくれたのさ」


 なんやかんやしてたら、失礼発言をして星になったはずのクラノスが、全身ばっきばきになって戻ってきた。


「帰ってこなくていいのに」と満面の笑みであたしは言ってやる。


「さっきからカグヤ、ボクに対する言い方にとげがない?」


「そんなことないわよ。もげればいいのに」


「やっぱり辛辣しんらつじゃん! ……っていうか、どこが!? どこがもげるの!?」


 彼はひとしきり震え上がったあとに「はあ。ボクは正直に言っただけなのにさ」と呟いてうつむいた。


 ――ふふふ。甘いわね、クラノス。


 あたしが言葉をにしたのは、自分の発言で〝あたしが怒る〟ってことを君は十分理解していたはずなのに――それでも、あたしに〝産毛のことよけいなこと〟を言い放ったからよ。


 そういう確信犯めいた行動が、余計にあたしの目には胡散臭く映るのだ。



     ☆ ☆ ☆



「むぐぐ……さておいて、だが……」


 未だ〝壁どおんショック〟を引きずっている様子で、ミカルドが仕切り直す。


 ――ま、ほんとは最初から心臓がしてたんだけどね。


 悔しいから、そのことは言ってあげないことにする。


「で? さておいて、なんなのよ」


 ミカルドは咳払いをひとつして、あたしに向き直った。

 

「我らはこの森で迷ってしまった。帰りたいが、今日はもう夜更けだ。霧の量も増え、視界は悪くなる一方だ――そこで、」


 ミカルドは大仰な身振り手振りで続ける。


「これからしばらくとは言わん。一晩だけでも、泊めてはくれないだろうか」


「…………」


 あたしはひとまず、沈黙で返した。

 気持ちは分かるけれど……だったら〝あたしの気持ち〟の方だって、少しは考えてみてほしい。

 たったひとりで女の子が暮らす家に、どこの馬の骨ともつかない初対面の男(しかも複数。しかも何をしでかすか分からないやつら。後半の方が大事)を泊めるのに、すぐには首は振れないよ。


 ミカルドはそれでも粘り強く、言葉を続ける。


「あとは願わくば、霧が晴れたところで――森の入り口まで案内してくれれば、助かるんだが」


「あ、それはできないわ」


 後者のお願いについては、躊躇いなく断ることができた。


「む? なぜだ。ここで暮らしているのだろう」


「ううん、違うの。あたしはね……この塔に、の。敷地の外には、出られない」


 あたしの言葉に、3人は狐につままれたような表情を浮かべた。


「だからね、あんたたちを森の外に送ることはできないの」


 あたしは手をゆっくりと前に伸ばす。

 塔の入り口から、だいたい二三歩にさんぽも進めば。

 ばちん、と何か〝見えない壁〟のようなものに阻まれて、跳ね返ってしまう。


 それがこの塔にかけられた呪い。

 ううん――にかけられた、呪い。


 あたしはこの塔から、外に出ることはできない。


「だが、さっき我は出れたぞ」


「あんたたちはね。あたしは無理なのよ……バチン! ってはじかれちゃう」


 何度も確かめてみた。この塔を中心にくるりと一周。

 でも、だめだった。外に抜け出せる〝穴〟なんてものはどこにも空いていなかった。


「それってさ、もしかして……ひとりだったからじゃない?」


 唇に指先をあてながら、クラノスが言った。


「え?」


「無事に外に出られるボクたちと一緒なら、大丈夫なんじゃないかな」


「……試したこと、なかった」


 それもそうだ。

 なんてったって、ここに人が来たのはハジメテのことで。

 だれかと一緒に外に出るなんて、試しようがなかったのだ。


「じゃあ早速、外に出てみよ~!」


 どこまでもあっけらかんと。

 悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらい爽やかに、マロンが言った。


「思い立ったが吉日、だ。まさしく、今宵はカグヤにとって記念すべき夜になるだろう」


 ミカルドがキザったらしく口角をあげて言った。


 最初は疑ってしまったけど……確かに。

 何も問題なく、この塔に出入りできる皆と一緒だったら――


「あんたたち――たまにはいいこと言ってくれるのね」


 指先で目尻を撫でてやる。なんだか涙が出てきちゃった。

 泣いてるところなんて、だれにも見られたくないのに。


 遂にこの塔から出られると思ったら――やっぱり気持ちが、たかぶってしまう。


 色々文句はつけたけれど。

 目の前の3人は、その見た目だけだったら――十分に〝王子様〟として合格している。

 特待生どころか、それぞれがレベルだ。


 ――もしかしたら、やっぱりあんたたちが、あたしの王子様だったのかも。


 塔から連れ出してくれる王子様を、あたしはずっと待ち続けていた。

 その中からひとりを選ぶのは、まだ出会ったばかりのあたしたちには難しいことかもしれないけれど。


 塔を出て、広い世界で――自由になったあたしが。


 そのたったひとりを見つける時に、あんたたちのこと。



 ――選択肢くらいには、入れてあげてもいいかもね。



 そんなことを、思った。



     ☆ ☆ ☆



「それじゃ、いくぞ」


 塔の一階に降りてきた。

 玄関にあたる大きな扉をはなして。


 右手をミカルドが握ってくれた。すべてを包み込んでくれそうな、大きな手だ。


「ミカルド――あなたに出会ったのが、随分と前のことみたい」


 左手をクラノスが握ってくれた。あたしと同じくらいの小さな白い手だ。


「クラノス――色々きついことも言っちゃったけど、愛情の裏返しと思ってちょうだい」


 そして背中を、マロンが支えてくれる。両方の掌から、太陽のような暖かさが伝わってくる。


「マロン――あなたの頭に生えてるつののこと、実はずっと気になってるからね」


 外に出たら、そのへんのこと。あんたたちのこと。気になってること。


「いっぱい教えるんだぞ! あたしもいっぱい、お礼をさせて!」


「よっしゃ~~~~~!」マロンが叫んだ。


「いっくよーーーーー!」クラノスが握る手に力を込めた。


「カグヤ! 覚悟はいいか?」ミカルドが片頬を上げて訊いた。


「うんっ!」


 あたしは精一杯の笑顔を浮かべて、両手をぎゅっと握り返した。


「あたしを塔の外に、連れてって!」


 こくり。

 全員で頷きあって。


「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」


 あたしたちは、外に向かって全力疾走をした。







 バチン!


「ひでぶ!」


 4人一緒ならとか、まったく関係なく。


 見えない何かに容赦なくぶち当たって。



 あたしは死んだ。



     ☆ ☆ ☆



「全然だめじゃないのよおおおおおお!!!」


「お。生きてた」



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塔の脱出、無念の失敗――!

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