3-24 セカイを壊そう!(カグヤの記憶⑬)
『この世界のぜんぶ。
輝夜が月に向かって祈るように言った同刻。
しいん。周囲から音が切り取られた。
その中に輝夜の心臓の鼓動だけが強く強く響いている。
どくん。どくん。どくん。どくん。
その鼓動は、背後に浮かぶ真円の月の鳴動と呼応している。
月が揺れる形に合わせて視界も歪む。空が歪む。世界が歪む。
天高くに浮かぶ見たこともない
これから起きるであろう〝天変地異〟を察し、全人類が。
すべての生物が。本能的に危機を訴えその場からの逃避を促していたとしても。
この場にいるだれもがぴくりとも動くことができない。
言葉を発することができない。
あるいは叫んでいても、その音はどこにも届くことはない。
あまりにも異常な沈黙の中で。
輝夜は。
月の言葉で。
あまりにもおぞましくこの世の物ではない音で。
その最激なる魔法を――放った。
『――――≪ ■■■■ ■■ ■■■ ≫』
刹那。
すべての時が止まり。
巨大化した月が。
その白銀の化け物のような丸い星が。
激烈たる〝光〟を放った。
その光は瞬く間に世界中に拡散し、すべてを覆い尽くし。
光に触れた物を。者を。命を。魂を。
強制的に
単なる爆撃による破壊とは様相が異なる。
それはたとえば〝吸い取る〟という表現がもっとも適切に思えた。
光によって生命や、その物がもつ意味を吸い上げられるように死んでいった。
やがて激烈たる嵐が巻き起こる。
瓦礫が宙を舞う。轟音が鳴る。
砂嵐が世界を覆う。視界が暗色で染まる。
すべてが崩壊していく。すべてが無に帰していく。
『―――――――』
そのすべてが一瞬の出来事であり。
かつ永遠にも感じる出来事であった。
なすすべもなく。
万物は魂を刈り取られていった。
生命を吸い上げるたびに月は巨大化して。
今では手を伸ばせば触れられそうなほど膨張した白銀の一個の星が空を覆い尽くしていた。
そして。
すべてが終わったあとに。
『………………』
世界にはただ、輝夜だけが。
輝夜ひとりだけが――立ち尽くしていた。
ピアノの音はもう、聞こえない。
大地にも空にも。かけがえのない孤独だけが満ち溢れていた。
そして世界にたったひとり。
人々の狂気にあてられて。
人々の殺意に晒されて。
数多の王子に愛されて。
最愛の王子を失って。
月に選ばれて。
月に狂った少女は。
――【
すべてが虚無と化した世界の中心で。
ただただ茫然と立ち尽くしていた。
『我が
その時、月神を
『
いつのまにか月神は、いつか輝夜をこの世界に連れ込んだ際と同じような人間の形をした光になっている。
その口元が爽やかに歪んで、両手を広げるようにしながら
『世界を
『……なん、でも……?』
振り絞るように発せられた輝夜の声はひどくうつろだった。
すべてが終わり。すべてを終わらせてしまい。
彼女はひとりぼっちになった。
そんな状態で望むものなど。
望むものなど。
『ああ……そうね……だったら、』
輝夜は虚空をじっと見つめながら。
世界のはじめから終わりまでを見続けてきた路傍の石のような声を出した。
『――、――――、――――』
『っ!』
そこではじめて月神の声が乱れた。
光の加減とは思えないほどに表情が崩れ、しかしまたすぐに平静を取り戻す。
すこしの間のあとに、声はあくまで
『しかし
『いいの。今度はもう、大丈夫。』
今度は輝夜は、間髪入れずに答えた。
そして彼女は。
ひどく穏やかな声で。人間としてのなにかを取り戻した声で。
『お願い、セレネー。滅ぼした世界から集めたありったけの力で、』
ふたたび。
願う。
『世界をもう一度、もとに戻して――ううん。
『…………畏まりました。我が
絡まった糸を解くような沈黙の後。
月神は承諾した。
同時に真ん丸に膨れ上がった月がふたたび光を放ち始める。
それは文字通り、願い通り。
今まで溜め込んできた生命力のすべてを解き放つ激しい光の奔流だった。
すべてが光に包まれ。
時空が
物体が再結集し。
大地が息を吹き返し。
生命が営みを始め。
すべてが白に染まって――
やがて世界は、
たったひとりの――【お姫様】を除いて。
☆ ☆ ☆
これが
世界を滅ぼして、また創りなおした――【
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