3-25 想い出す、記憶。【再生篇】
世界が〝再生〟される光の中に巻き込まれるようにして。
あたしは。
記憶世界から帰還した。
「……帰って、きたのね」
エヴァの屋上。空にはぷっくりと膨らんだ月。
柵塀の上に立つあたしのことを心配して王子たちが駆けつけてきてくれたあの夜だ。
ゴンタロ――もといセレネーの力が宿った魔法の水晶から放たれた、激しい光の奔出はすっかりおさまっている。
ただの何の変哲もない夜だ。
あたしは変わらず塀の上に立ったままだった。屋上の床を見下ろすと、王子たちがその場にうずくまるようにしてそこらに転がっていた。
どうやら光の明滅に巻き込まれ倒れこんでしまったらしい。やがて彼らはぽつぽつと起き上がり始める。
「「う……カグ、ヤ……?」」
みんながあたしを見る目が変わった。
彼らは一様に目を見開き、驚き困惑したような表情を浮かべている。
「お前……本当に、カグヤか……?」
そう聞きたくなるのも仕方がないかもしれない。
なにしろあたしはこの短い時間の中で。彼らにとってはほんの一瞬のうちに。
十数年分――まさしくひとりの女の子の〝人生分〟に匹敵する記憶を見てきたのだ。
例えば表情も。雰囲気も。
記憶を覗く前とできっと随分と違うものになっていることだろう。
そしてあたしは、目の前で混乱を続けている王子たちに向かって――
「そうよ。あたしはカグヤ。本当にカグヤよ」
夜に満ちる様々な星の優しい光の中で。
あたしは続ける。
「前の世界じゃ文武両道の高校三年生で――こっちの世界に月の神様に
きっと前のあたしが聞いたら〝どこの御伽噺よ〟と一笑するような真実を。
あたしはとつとつと語っていく。
「そうしたらいつの日か、あたしは【魔女】だって預言を受けちゃって……世界から追われ、命を狙われるようになったあたしは、あんたたちに匿われたの。それでも世界の人たちは魔女の命を奪うことをやめなくて。そしてあたしは――
「「い、一体さっきから何を言っている、カグヤ……」」
「とぼけないで!!!!!」
あたしの叫びは、すべてを吸い込んでしまいそうな夜の空気の中に凛と響き渡った。
「……みんなはもう、気づいていたんでしょう?」
「「――え?」」
王子たちは眉をしかめる。
どこまでが演技なのかは分からない。
どこまでを
だけど、少なくとも。
「エヴァのあるここが地球じゃない〝別の場所〟だってことは――みんな、とっくに分かってたんでしょう? だって〝地球の上〟とこの場所じゃ、あまりに
カグヤは。
未だ屋上の縁壁の上に立ち尽くしたまま。
腰元にまで伸びる黒髪と、お姫様らしいフリルのついたドレスを風にはためかせて。
――背後に
「あたし、知らなかった。
「「……っ!」」
「記憶を失くして、この塔に閉じ込められてからずっとずっと信じてた。空に浮かんでいるのは〝月〟だって。だってそんなこと疑うわけないでしょう? だからね。あたしの中じゃ――月が〝
そこまで言ってあたしは。
右手にはめられた【指輪】を。
王子様の到来を告げる指輪を。いついかなる時も身に着けたままだった指輪を。
占術士を装った【昔の輝夜】が
――あたしは、外した。
刹那。
指輪の魔法が
それはエヴァのあるこの場所を〝地球にある森の奥深く〟へと繋いでいた魔法。
【月の上にあるこの塔】を、遥か遠くの空に浮かぶ蒼と白の星――【地球】へと繋いでいた、輝夜が残した忘れ形見の魔法だった。
「「……っ!?」」
王子たちが目を見開いた。
輝夜が指輪を外すと同時に、塔を中心に広がるように周囲の森が
その跡から出てきたのは寒々しく荒廃した地面。森どころか草のひとつすら生えていない。
やがて見渡す限りに広がっていた森はすべて消失した。
塔が〝もとある場所〟に戻ってきたのだ。本来あった場所――つまりは、月の上へと。
「塔のあるこの場所は、地球上の森の奥じゃなくて――空に浮かぶ〝月の上〟だったのね。それをこの指輪の魔法が、地球の地表と繋げてくれていただけ」
輝夜は言いながらふたたび空を見上げた。
そこには蒼白い光を放ち、その表面の模様をゆっくりと変えていく星――地球が浮かんでいる。
「だからあんたたち、最初から気づいていたんでしょう? だって空に浮かぶ
「「――カグヤ、」」
王子たちがなにかを言いたげに叫んだけれど。
あたしはそれを遮って言った。
「地球はもう随分と丸いの。あの碧くて白い星が完全なる円に
そこであたしは指輪を元の指に戻した。
台座の上の随分とくすんでしまった宝石を中心にして。
あたしを中心にして。塔を中心にして。光が放たれて。
見渡す限りの森の世界へと。いつものエヴァからの光景へと変わっていく。
月の上の塔が
あたしは王子たちを振り返って、極めて平坦な声で。
そこからなんの感情も悟らせないようにしながら。
「今夜、青い星がよく見えているうちに――
そんなふうに言い切った。
「そしてもう――二度と
風が強く吹き抜けた。
それはまるで、あたしと王子たちの間で積み重ねてきたものを跡形もなく吹き飛ばしてしまうような勢いの風だった。
空に浮かぶぷっくりとした蒼と白の星は、変わらずそこに居続けていた。
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