3-2 みんなに会いに行こう!


 アルヴェとのすこし早めのティータイムを終えて、あたしはふと考えた。


「ご飯がなくなったらどうするか、ねえ」


 マロンは『ご飯がなければご飯を食べればいいじゃない』、アルヴェは『可愛いものをでればいいじゃない』――なんだかふたりの性格を射ているようで興味深い。


「こうなってくると、他のみんなのも気になってくるわね」

   

 思い立ったら行動、というわけでもないけれど。

 午後の運動ついでに、あたしは他の王子たちにも聞いて回ることにした。


     ☆ ☆ ☆

 

 白虎に乗ってきた田舎者――イズリーは8階リビングの机に座って『うぅ……おらが村の皆が納得さしてくれる〝偉大な称号〟……手に入れるには一体どうすればいいんだっぺ……』と頭を抱えて悩んでいた。


(そういえば老人のを満たすためだけにイズリーは旅に出させられたんだっけ。有名人を輩出した偉大な村にしたい、みたいな)


 あたし個人的には老人が若者を奴隷のように扱うそんな村には二度と帰らずに、火矢のひとつでもふたつでも打ち込んでやればいいと思っているけれど……どうやら心優しいイズリーはそうもいかないらしい。

 あたしだって応援してあげたいけど……少なくとも、この場所で閉じ込められているうちは、村おこしにも繋がるような称号も功績も手に入れるのは無理なんじゃないかしら。


 あ、ちなみに例のやつは『ご飯がなくなったら、おらが見つけてくるべ』とのことだった。

 やっぱり心優しい王子様ね。彫の深い顔から出てくる訛り言葉にはいつまで経っても慣れないけど。


      ☆ ☆ ☆

 

 次。紳士な熊に乗ってきたマッチョ――アーキスは今日も必死に筋肉を苛め抜いている。

 そこだけを切り取れば『ああ、筋肉に執着のある人なのかなあ』くらいで済むのだが。

 筋肉を鍛えた先に見ている夢は〝でっかくなって星を割る〟という、幼児ですら鼻で笑うレベルの絵空事だ。

 

『んあ? めしが尽きたらどうすっかって?』


 んなもん決まってるじゃねえか、とアーキスは前置いた後に、


『――筋トレをすればいいだろーが』と白い歯を見せて言い切った。


 うーん。やっぱり想像通りね。

 筋トレじゃお腹が膨れるどころか逆に減るんじゃないかとも思ったけれど、アーキスなら謎の筋肉神話マッスルパワーで本当にお腹の足しにしちゃいそうで怖かった。


     ☆ ☆ ☆

 

 続いて巨大なサンショウウオ(彼曰く、地獄の業火を吐くフレイム・サラマンダーらしい)に乗ってきた中二病――オルトモルトは、屋上で相変わらず『カラポボユジビッメルヒヷサダ――』と謎の言葉を天に向けて発しながら祈りを捧げている。

 ちなみに床に描いていた魔法陣は『勝手に汚さないように』とあたしが注意したため、白い布に文様を描きつけてそれを地面に敷き、終われば仕舞うという環境に優しい〝再利用式魔法陣〟になった。

 しかし持前の中二病には拍車がかかるばかりで――


『滅亡の時は近い……!』『数多の怪物と使徒の手により』

『星は落ち、大地は割れ』『空から邪神様が降臨なされるのだ……!』


 などと相変わらず大げさな身振り手振りをしながらぶつぶつ呟いている。

 

 恒例の質問に関しては『ククク……愚問であるな』とやっぱり大仰にマントを翻したあと、


『供物がなければ――余の血をすするがいいッ!』と暗黒的にわらうのだった。


 ……ご飯のことを供物って呼ぶの、なんだかやめて欲しいわね。

 

     ☆ ☆ ☆


 次。ミカルド――は、なんだかからパス。

 どうせ聞いたところで『む? ご飯が無ければ、執事に用意させればいいだろう』と世界一の皇族ならではの我がままっぷりを発揮するに違いない。

 

 噂ではまた今日も貴族生活時代には考えられもしなかったような何かのストレスでを吐いていたらしいが――あたしは近づかないでおくことにした。

 

 どうかミカルドが一般人レベルの生活にも慣れて、精神が強くなってくれますように。


     ☆ ☆ ☆


 そんな感じで。

 今日も愉快な同居人なかまたちが思い思いにエヴァの中で過ごしていた。

 

 あたしは一通りの王子たちの聞き込み調査を終えると9階の自分の部屋に戻った。

 窓辺に椅子を置いて、気分転換に外を眺める。


 あたり一面に広がる新緑の森、森、森。手前から奥に伸びる一筋の川。

 視線を手前に落とすと、少し開けた広場のような場所がある。

 そこでは愉快な同居人こと〝残念王子ーズ〟が乗ってきた動物たちが楽しそうに遊んでいた。


 あたしに初対面で火を噴いてくれた碧眼の赤いドラゴン。

 隙あらば鍋にしようと迫ってくるマロンをどうにかいなして生き延びているイノシシ。

 川の中では、巨大な白いイカとサンショウウオが無邪気に水遊びをしている。

 その近くではこれまた大きな白虎と、どこか紳士的な挙動の熊が取っ組み合いを――しているかと思ったら、互いに毛づくろいをしていた。


 そんな彼らの様子を見守るように中央に鎮座する――巨大な桃。


 ――あれ? ちょっと待って。


 あたしはふと疑問に思う。


「そういえばあの桃、いつから置いてあるんだっけ……?」


 アルヴェが乗ってきた奴だから、少なく見積もっても数か月は経つわよね?

 なのに……なんで腐らずに、未だツヤツヤと新鮮さを保って輝いてるわけ……?

 とか言ってたら――あれ?


「え? いまあの桃、動かなかった……?」


 目をこすって確かめる。

 カタカタと震えるように動いたような……気のせいだろうか。


「いや、気のせいってことにしておきましょう」


 あたしは考えることをやめて、ふうう、と溜息をつく。

 なにかにつけてトラブルを持ち込む王子たちとの交流の中であたしは学んだ。世の中には知らない方がいいことが往々にして存在するのだ。

 

「とにかく……みんな仲良しで良かったわ」

 

 出口の無い森に迷い込んできた、7人の王子様候補と6匹(+1個)の動物? たち。


「そういえば全員、この指輪が輝いてから出会ったのよね……あら?」


 右手にはまった〝運命の指輪〟――その中心にはまる宝石がなんだか随分と濁っているような気がした。


「昔はもっとしてた気がしたんだけど」


 あたしはそこまで気に留めずに、ふたたび窓の外の景色に目を移す。

 引き続きそこでは様々な個性を持つ生き物たちが楽しそうに遊んでいた。


「平和ね――みんな幸せそうでなにより」


 今ではとても微笑ましい光景に見えるけれど。

 なんの事情も知らない人から見ればまるで〝珍妙動物サーカス団〟だ。

 にでもしたらお金とれるかもしれないわね――なんて腹黒いことを考えていたらふと思い出した。


「腹黒といえば――クラノスはどこに行っちゃったのかしら」


 その名前を出した瞬間、タイミング良く背後に気配を感じた。

 振り返ると、部屋のドアの隙間から〝白い封筒〟が差し込まれている。


「……だれ?」


 不審に思って扉に近寄り、封筒を手に取った。

 ゆっくりと扉を開けるが……廊下には人影は見当たらなかった。


「手紙――?」


 残された一通の手紙。

 おそるおそるあたしはその紅い封蝋ふうろうに手をかける。

 中の便せんを取り出すと綺麗な文字で。


 ――今夜、屋上にて。


 なんて一言が書かれていた。

 差出人の名前はどこにもなかったけれど。


「一見お洒落で――こんなにもことするやつなんて、ひとりしかいないじゃない」


 あたしは脳裏にその人物のことを思い浮かべながら。

 

 

 仄かに良い香りが漂うその便せんを――封筒に戻した。


 

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