3-3 屋上に呼び出されよう!


してあたしを呼び出して……一体なんのつもりよ」


 夜、屋上。空に浮かぶ月は三日月。

 あたしは部屋に差し込まれた一通の〝手紙〟によって、屋上に呼びつけられたのだった。


「ちょっと! 聞いてるの?――


 屋上の端に立っていた影が振り向く。

 予想は当たった。イカに乗ってきた腹黒王子――クラノスだ。


「あはは、よくボクだってわかったね。光栄だな」


 そう言っていつもの作ったような笑顔を浮かべてくる。


「なんでこんなにまどろっこしいことしたわけ?」


「うん? だって、こっちのほうがするでしょ?」


 彼はひとつの照れも見せずにそう言った。

 きっといつもの冗談なのだろうけど。それでも確かに。

 クラノスだって分かってるのに――どこか期待してしまったことは認める。

 つまりは……ドキドキしたのだ。てゆうか今でもしてる。


 ――やっぱり悔しいから、言わないけど。


「あたしなんかドキドキさせても、しょうがないでしょう」


 動揺は見せないようにしてあたしは言った。


 クラノスはあたしの問いには答えずに、「あの時以来だね」


「え?」


「こうして、夜にふたりになるの」


「……ああ」


 それは皆の記憶世界から帰ってきた日の夜。満月の夜。

 あの時もこの屋上でクラノスとふたりだったっけ。


「思い出した? カグヤちゃん」

 

「……そういえば、そんなことも言ってたわね」


 壊れかけた蓄音機のようにそんな浮ついた言葉を繰り返していたことを思い出す。


「ちなみにもうすぐ〝手を洗う時に裾をまくってくれる魔法〟が完成しそうなんだけど」


「懐かしいわね……ってか、あれまだ開発してたんかい!」


「お陰様で成功率も随分と上がったんだ」


「……なんか失敗すると〝袖が伸びる〟とかじゃなかった?」


「今回は大丈夫! 7:3の〝7〟で、ちゃんと袖がまくれるんだ」


「それでも7割なのね……〝3〟で失敗するとどうなるのよ」


「腕が折れる」


「前のに戻せやああああああ!」


 30%で腕折れるリスクを冒してまで、袖を自動でまくりたくないわ!

 どれだけ無駄な魔法の研究にリソース割いてるのよ。開発責任者をこの場でとっちめてやりたいわ……あ、目の前のいたわね。

 っていうか――


「袖くらい自分でまくりなさいよおおおおおおおおおお!」


 あの時と同じツッコミを三日月が浮かぶ空に叫んでいると。


「ねえ、カグヤ」


 クラノスがそれまでと空気を一変させて、神妙な声色で聞いてきたのだった。


と――なにかあった?」


 ぴたり。

 思わずあたしは動きを止めてしまう。


「どうして?」


「別に。なんかそんな気がしたから。男の勘ってやつ」


 クラノスは人差し指を自らの額につけて言う。


「でも、当たってるでしょ?」


「……知らない」


 そこで『なにもなかったわ』って嘘をつくことはできたけれど。

 それもそれで、なんだかあたしがミカルドを意識してるみたいで癪だったから。折衷案。

 あたしは短く首を振ってやった。


「ふうん」


 クラノスの口元に小悪魔のような微笑が浮かんですぐに消えた。


「カグヤはさ」


「なによ……?」


「今でも〝白馬の王子様〟を待ってるわけ?」


 ふいにそんなことを聞かれて。


「当たり前じゃない。前にも言ったでしょう? それがあたしの――唯一の〝想いゆめ〟なんだから」


「本当に?」


 あたしはすこしむっとして語気を強める。「本当よ」


 記憶を失くしたあたしに残った唯一の憧れ。強い気持ち。

 どうしてそれを、クラノスに疑われなくちゃいけないわけ?


「じゃあさ」


 なのに。

 目の前の腹黒王子は。


「ボクが――になってあげようか?」


 なんてことを。

 簡単に、言ってきたのだった。


「ふざけないで! 冗談にしたって趣味が悪いわよ」


 さすがのあたしでもクラノスのその言動は許せなかった。

 確かにこいつは隙あれば人の弱みに付け込んでニヤニヤと悪戯にほくそ笑んでくるではあるけれど。


 人の夢を笑うようなことだけは――しないと思ってたのに。


「……謝ってよ」


 思いのほか冷たい声が口をついた。

 クラノスがそんなことをしたのが、自分の中で想像以上に許せなかったのかもしれない。


「謝ってってば!」


「なにを謝るのさ?」


「さっきのよ! 謝って!」


「本気だよ」


「え?」


「本気だよ。カグヤ」


 ひときわ強い風が、びゅうと屋上を吹き抜けた。

 思わずあたしは目をつむる。その黒い視界にクラノスの声が響いた。

 

「たったひとりのお姫様だからってだと思った?」


 おそるおそる閉じた目を開くと。

 いつの間にか目の前にクラノスが来ていた。


「お姫様はいつだって――なんだよ」


 彼はゆっくりとあたしに顔を近づけて。

 夜風で冷えた耳元に囁くように。


 った。




「カグヤ、愛してる――」



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