3-46 魔法を解かそう!
「あたしを置いてかないでええええ。またひとりにしないでええええええ……うああああああああああん……!」
人生でハジメテ、あたしは衆目を気にせず大声で泣いた。泣いた。泣いた。
まるで映画館の銀幕の中のようにあたしの
「「……ううっ、……ひぐっ」」
すると。
『むごごごご、むごおおお!』
「……?」
あたしがあられもない姿で泣きじゃくっていた隣で。
『むごむごおお、むごご!』
魔法によって全身を拘束され〝す巻き〟状態になっていたミカルドがまたもや
クラノスは意外にも溜息ひとつ吐かず、まるで申し合わせたかのように手から光を発し、彼の拘束を解いた。
『もごごごご、むご――ぷはっ』
はああああああ、と解放感を噛み締めるように空気をたっぷり吸い込んでから。
ミカルドは涙でぐちゃぐちゃになったあたしのことを見て言った。
「
「……え?」
あたしは目を瞬かせる。
他の王子たちもミカルドに続いた。
「ククク……その
「しょうがない。お姫様の頼みだもんね」と作ったように爽やかな笑顔でクラノス。
「んだんだ! お世話になってるカグヤさんがそう言うんなら仕方がねえだ」と訛ってイズリー。
「うん――しかた、ない」と可愛くアルヴェ。
「初めから筋肉に正直になってりゃよかったんだ」とポージングをしながらアーキス。
「どういう、こと……?」
状況がうまく飲み込めずに、あたしは何度も目を瞬かせて。
目の前でなにやら〝不敵な笑み〟を浮かべ始めた王子様たちのことを見つめていた。
「どういうこともあるか。我らはお前の理想には程遠いかもしれんが――これでも王子なのだからな。
ミカルドが変わらずキザな口調でそう言って、口角を上げた。
そしてすううう、と今度は覚悟を決めるような息を吸い込んで。
背中の白銀のマントと白銀の長髪を――まるで王子様みたいに翻して。
空に浮かぶ青い地球を示しながら。
「あそこに帰るぞ、カグヤ」
――え?
☆ ☆ ☆
「あそこに帰るぞ、カグヤ」
ミカルドはまるで王子様のような仕草で。口調で。表情で。
空に浮かぶ青い【地球】を示しながらそう言った。
「なに、言ってるの……? そんなの、できるわけないじゃない」
なにしろここは【月の上】だ。
加えてあたしはこの塔から〝外〟に出ることはできない。
地球と繋がるという森の外れのエデンの樹の洞までたどり着くことはできないし。
仮にできたところで、あたしはその
昔の
だからこそ、あたしは塔のある月の上からは出られず、
それでも。
「カグヤの本音が聞けてよかった~」
「んだんだ!」
「ククク……かえって〝
「それ――ショック」
「筋トレするヤツに悪いヤツはいねえ。オレ様は信じてたぜ」
王子たちは何ひとつ疑おうとしていない。
――この月の上から、あたしを地球に帰すという夢物語を。
何の問題もなく決行できるような雰囲気を彼らは醸し出している。
これから始まる〝なにか〟に備えて身体の筋を伸ばしたり、声をあげ気合を入れたりしている。
「よ~し! 準備運動終わり! じゃあ、そろそろ――うわ~っ!?」
「きゃっ! なに!?」
ずどどどどどどどど。と。
激しい揺れが塔を襲った。正確には塔だけでない。
この地上すべてが、お腹に響くような轟音と共に揺れている。
「きゃあっ!」
思わずバランスを崩して転んでしまいそうになったところを、王子たちに支えられる。
「あ、ありがと……何の揺れかしら」
「分からん。何が起きているか探るぞ」
あたしたちは異変がないかを確かめるべく、周囲を見渡せる屋上へと向かった。
☆ ☆ ☆
「うわ~! 見てみて~!!」
マロンが驚きの声を出しながら塔の外を指さす。
そこに広がるのはあたり一面の深い
「ええっ!? 森が……
言葉の通り。
遠く遥か先までを覆っていた森林が、その地平線上から溶けていくように樹々の緑が
「あっ、もしかして! 〝魔法が解けてきてる〟ってこと……?」
あたしは薬指にはまった指輪を見やる。
その台座にはまった宝石の中の光は、もはや風前の灯火だった。
「待ってよ! 予定より随分と早いじゃない……!」
予定では満月――ならぬ
今はまだ日が落ちて少ししか経っていない。魔法が解ける夜の12時までにはまだ数時間はあるはずだった。
「ふむ。珍しい景色だな」
す巻き状態を開放されたミカルドが目の上に手を当てながら言った。
「絶景かな、絶景かな」
「のんきに感想言ってる場合じゃないわよ! どうしてあんたたちはそんなにも余裕があるわけ?」
見ると王子達はだれひとりとして焦っていない。
この屋上で危機感をもっているのはあたしひとりだけのようだ。
「ほら、こうしてる間にも森がなくなって――」
樹々の緑が消えた先は【荒廃した大地】へと変わっていく。
【月の上】と【地球の深い森】とを繋げていた魔法が解ければ。
残るのは当然、月上の凸凹とした寒々しい大地だけだった。
ちょうど今、その正体を現しているかのように。
「今すぐに出発しないと! 地球との
もとよりあたしは自分自身が地球に帰ることは諦めていた。
だけどこのままじゃ……王子たちも〝帰り道〟を恒久的に失ってしまう。
なのに。
「どうして、動こうとしないのよ……!」
王子たちは、焦らない。
むしろ物珍しい景色を楽しむかのように歓声をあげている。
「わ~!」「すげーな」「まさしく世界の終焉だ……!」
「あんたたち、聞いてるの!? このままじゃ――」
あたしの必死の呼びかけはむなしく。
ついには
「――っ!」
ばきん。
あたしの指で、宝石にひびが走った。
最後に残った微かな湯気のような煌めきが中から霧散して――指輪は永遠に輝きを失ってしまった。
「……なんていう、ことなの……?」
屋上から見渡せるのはどこもかしこも、転がる岩と舞う砂、凸凹とした隆起以外はなにもない荒れくれた大地だけだった。
そこに確かにあった緑々しい森の樹々たちはどこにも存在しない。もうここは地球とは繋がっていない。
「~~~~……っ」
あたしはその場にへなへなと崩れ落ちた。
首をゆっくりと大きく振る。これで王子たちは地球に帰るすべを失ってしまった。
「もっと早くに、送り出せばよかった……こうなることを見越して、名残を惜しんでる時間なんて、なかったのよ……」
これからのことを考えようにも、衝撃が大きすぎて頭がまっとうに働かない。
王子たちは今のこの状況をどう考えているのだろう。この異常事態をどう捉えているのだろう。
すがるような想いで彼らに目を向けると――
「ふむ。これでいい」
などと。
堂々と。
自信に溢れ。
厳然とした態度で。
「むしろ――こうなることを我らは
彼らはそう、言いのけたのだった。
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