3-45 本音をぶつけよう!


「いってらっしゃい!」


 夕暮れに照らされる中、塔の玄関口であたしは言った。

 当然、魔法が切れる今夜に先駆けて、この森から帰る王子たちを目的の言葉だったけれど……。


「「………………」」


 みんなは、その場から動かない。

 

「あれ? どうしたの? ……ほら、はやく行かないと」


「「………………」」


 王子たちは。従者たちは。

 動かない。


「どうしちゃったのよ……みんな」


 あたしの声は微かに震えている。

 いけないいけない。最後は笑顔でサヨナラしようって。

 決めたのはあたしなのに。


「ほらほら! みんな! ……笑顔、で……」


 その言葉の続きは、出なかった。

 太陽が地平線に沈もうとしている。真っ赤な夕暮れが世界を郷愁の色に染め上げている。


 その逆光になって、王子たちの表情は暗く見えない。

 だけど。


「「………………」」


 あたしを前にして、その場から動けないようにしている彼らが。

 夕日に染まる橙色の身体をふるふると微かに震わせている彼らが。


 どんな表情をしているかは……いくらなあたしにだって分かった。


「みんな……」


 ぽたり。ぽたり。

 陽の影で表情が暗くなっている彼らの幾人かから、涙が地面に零れた。


「ちょ、ちょっと! 泣かないでよ!」


 泣くことが想像のできる王子様もいれば。

 泣くことがまったく想像もつかなかった王子様もいた。

 

「待ってってば! 最後はみんなで笑ってさよならする! そう決めたでしょう!?」


 あたしは無理やりに口角をあげながら言った。

 

「……いいのかよ」


「え?」


「カグヤはなにも、思わないのかよ」アーキスだった。彼は震える声で。手の甲で目尻を拭いながら言う。「カグヤはこんな最後で、いいのかよっ!!!」


「……っ!」


「「カグヤ!!!!!」」

 

 夕焼けは、世界からすべての音を吸い取ってしまったようだった。

 沈黙する空気の隙間にノスタルジックな橙色だけが満ちていく。

 その中に。

 だれのものともつかない嗚咽が混じり始めた。

 夕焼けに溶け込むような湿ったその音は、次第に増えてまわりに広がっていく。

 

 ――こんな最後でいいのかよ!


 ずるいよ。

 そんな言葉を投げかけられたら。


 ――カグヤ!!!

 

 なんて。

 嗚咽交じりに叫ばれたら。

 泣き顔の似合わない王子様たちから。

 そんな風に震える声を出されたら。

 

 ――あたしも、我慢できなくなっちゃうじゃんか。


「……っ!」


 あたしはついに。

 夕暮れに引き留められていたぜんぶの想いを振り切るように叫んだ。


「このままでいいのかって? いいわけ、ないじゃないっ……!」


 叫んだ。


「今まで当たり前だった毎日がなくなって! 楽しかったあんたたちとの日常を失うことになって!!」


 叫んだ。

 

「いいわけが、ないじゃない……! あたし、これでも! あんたたちのこと! 〝好き〟だったんだからーーーーー!」

 

 それは今のあたしにとっては。

 

 〝好き〟よりは先に進んでて。

 〝愛してる〟よりは随分と手前だったけど。


 それでも目の前の残念な王子たちに抱いていた感情だった。


「「……、…………、……」」


 彼らは何かを言ったような気がしたけれど、分からない。

 頭の中がじっとりと熱をもって、様々な考えが渦今いて外部から音が入ってこない。

 あたしは祈るように続ける。

 

「……どうしてっ! どうしてあたしは、こうなっちゃうの? お願い、答えてよ、カミサマ――」


 それに対する回答を。きっと神様だって持ち合わせていないだろう。

 あたしの言葉は煌々えんえんと世界を覆う夕焼けの中に滲むように消えていった。


 ――いつかあたしのもとに〝白馬の王子様〟が来てくれますように。

 

 そんな希望を抱きながらひとりぼっちで暮らしていた塔に――ようやく〝王子様〟が迎えに来てくれた。

 小さな頃に憧れた御伽噺みたいに彼らは颯爽と……白馬とはちょっと違ったけれど、様々な生き物に乗ってやってきてくれた。


 それなのに――


「どうしてあたしから、またのよ――これからあたしは。前の輝夜あたしと同じで。希望を失っちゃったあたしは。前の輝夜あたしと違って。魔法のひとつも使えないあたしは。一体これから、どうやって生きていけばいいの……? 何を〝救い〟にして、この場所でひとり、生きていけばいいの……?」


 そうして太陽が地平線に沈んだ。

 一瞬だけカメラのフラッシュのように碧い光が弾けるように空に舞った。


 訪れた薄闇の中に身を任せるようにして。

 ただただあたしは呆然と立ち尽くしている。


 神様だけじゃない。

 だれもあたしの不安に対する答えを持っていない。


 でも。

 そんなのは当たり前だ。


 世界はそういうふうに、できている。

 くよくよしているうちに。悩んでいるうちに。

 時間は前へ前へと進んでいる。

 あたしはそれをどうすることもできない。


「……うう、っ……うっ……」


 嗚咽はいつの間にかあたしにも伝播していた。

 

 でも。

 絶対に涙は零してなんかはやるもんか。


 笑ってサヨナラはもうできないけれど。

 ここで泣いてしまったら、今度こそぜんぶが終わってしまいそうな気がしたから。


 なのに。


「……カグヤは、どう思ってるの?」


「え?」


「カグヤの正直な気持ちは。ありのままの気持ちは――どんなことを考えてるの?」


 それはクラノスの。

 裏表のあるクラノスの。

 不純物の浮かんでいない瞳で問われた〝まっすぐな問いかけ〟だった。

 

 クラノスは何者でもない、クラノス自身の表情で。声で。口ぶりで。

 純粋な瞳を。心を。想いを。あたしに向けてきた。


 あたしはそれに、答えないわけにはいかない。

 ううん。自然と、答えさせられた。


「あの星には――」


 あたしは空を見上げながら語り始める。

 そこにはどこまでも美しい、巨大な、蒼と白の星が浮かんでいる。


「地球には。もう、戻れなくてもいい。どうせ戻ることもできないし」


 それで何がどうなるわけでもいのに。

 答えが見つかるわけでもないのに。

 正解を教えてくれるわけでもないのに。

 

「でも、でもね……」

 

 あたしは正直に。


「あんたたちと、会えなくなるのは……いや」

 

 ただただまっすぐな今の想いを、伝える。


「会えなくなるのは、いやなのお……っ!」


 はっきり言葉にしたことで。

 あたしはもう嗚咽をこらえることはできなかった。

 口元が歪むのを耐えることはできなかった。

 涙が零れるのを我慢することはできなかった。

 

「ふえっ……ごめんっ、なさいっ。わがままなあたしで、ごめん、なさいっ……」


 そのまま床にしゃがみ込んで、あたしは声を乱れさせていく。

 

「でもっ、それでもっ……これで最後なんて、いやだよおおおっ……!」

 

「「カグヤ……」」

 

 大粒の涙が自分でも嘘のように両の瞳から零れていく。

 頬を伝ってあたしのスカートを。

 って気合を入れて〝お姫様〟として着飾った衣服の裾を暗く染めていく。

 それを掴む手はふるふると震えている。


「みんなと会えなくなるの、寂しいよおおおお……もっとあんたたちと、一緒に、いたかったあああああ……!」

 

 あたしの涙は。想いは。

 止まらない。


「あたしを置いてかないでええええ……! またひとりにしないでえええええ……うああああああああああん」


 頭を天に向けて。あられもない表情で。

 人の目も気にせず恥ずかしげもなく、あたしは大声で泣いた。


 

 ――それはきっと、これまでの人生でハジメテのことだった。


 

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