3-47 地球に帰ろう!


 目の前に広がる荒廃した大地――【月の上】を眺めながら。


「この時を待っていたぞ」


 王子たちは口角をあげながらそう言った。


「ど、どういうことよ! 魔法が解けちゃったのよ!? ここはもう、ただの月の上――あんたたちは故郷に帰る方法を、永遠に失ってしまったのよ……?」

 

「何を言っている」しかしミカルドは眉をひそめ、空に浮かぶ蒼と白の地球を見上げながら言った。「我らは帰るぞ。あの星にな」


 我ら、と彼は言った。

 それにはどうやら〝あたし〟のことも含まれているらしい。


 頭は混乱を極めている。

 そんなあたしの肩を、クラノスはぽんと叩いて、


「ま……あとはに任せておきなよ」


 自分も信じられないといった様子であたしに同情するような視線を向けてきたのだった。


「決行は数時間後だ!」ミカルドが指揮を執るように叫ぶ。「魔法はもう解けてしまったが、それでも地球が完全に満ちる前に――我らはあの場所に帰るぞ!」


「「おおう!」」


 王子たちが一致団結して拳を掲げた。


「む……その前に、重要なことを忘れていた」


「……?」


 首をかしげていたあたしに向かって、王子たちは要求してきた。


「カグヤ、だ。我らはこれから〝ひと働き〟せねばならん。体力スタミナがつく飯を頼む」

 


      ☆ ☆ ☆

 


 いよいよ〝決行の時〟とやらはやってきた。


 彼らはいつも以上にあたしの作る料理を胃袋にかき込んで(肉類を中心にちゃんとスタミナがつきそうなメニューにしておいた)、夜の屋上へと集結した。

 事態はいっこうに変わらない。目の前には荒廃した何もない土地がただただ広がっている。

 エヴァのあるこの場所は、もともとの〝月の上〟に完全に戻ってしまった。


『ねえ、みんなで地球に帰るって……どうするつもりなの!?』


 あたしの質問には結局だれも答えてくれなかった。『魔法でどうにかできるのかも……?』と思ってクラノスにも聞いてみたけれど、彼は余裕のあるような、しかしどこか困惑したような微笑みで『ま、ボクたちに任せといてよ……本当にできるか知らないけど』と中途半端なに誤魔化してきただけだった。


「ようし、食った食った」

「おれも! ここまでお腹いっぱいなの久しぶりだ~」

「準備運動も充分だべさ」

「オレ様の筋肉も完璧に仕上がった」

「――ごくり」

「ククク……時は満ちた! 邪神様の復活だ!」


 王子たちは各々な表情を浮かべている。


 頭上には青く白く光る星。

 遥か彼方に浮かぶ星――地球を背後にあたしを叫ぶ。

 

「だからっ……一体どうやってあそこに帰るつもりなのよ! もう一度魔法を使うの? まさか、わけじゃないわよね?」


「「ん?」」


 王子たちは互いに顔を見合わせて笑った。


「クハハハハ! 邪龍の血を引きし余が目覚めておれば可能性はあったが……」

「ただの人間があんなとこまで飛んでいけるわけがねーだろーが。筋肉じゃ空は飛べねえ」


 ま、ただの人間が筋肉鍛えたところで〝巨大化〟もできないんだけどね、と心で突っ込んでおいた。

 彼らは続ける。

 

「飛んでいくのは無理だべ~」

「これが悲恋の物語みたいに〝隣の国のお城〟とかだったらよかったんだけど……」

「さすがに、月と地球じゃね~」

「あまりに――


 まさしくその通りだ。

 月と地球じゃあまりに遠い。


「だったら、どうやって……あの星に帰るつもりなのよ……!」


 半ば諦めたようにしてあたしは最後に問いかけた。


「ふん。我らが何も考えていないと思ったか?」

「これでもボクたちはちゃんと計画を立ててたんだ」

「もしもカグヤにっつー前提だがよ」

「そうそう~! カグヤを含めた全員で、地球に帰る方法を!」

 

 そんなこと言いながら王子たちは。

 やっぱり自信満々な態度で。

 それが当然であることのように。

 得意げに口角をあげて。


 を。


 言った。


 


 

 

「月を――地球あそこんだ」


 


 


「……は?」


 あたしは『は?』と言った。

 

 

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