3-48 物理を学ぼう!
「月を
「……は?」
あたしは『は?』と言った。
月を? 地球に? 落とす?
なーに言ってんのかしら、こいつら。
「言葉どおりの意味だ」
ミカルドが腕組みをしながら言った。
その佇まいはいつもよりも頼もしいように見える。
頼もしい分――言ってることの意味がまったく分からないので、よりヤバさが際立っているように思えた。
「だから言ったでしょ? 〝ホンモノ〟に任せとけって」
クラノスが背後から声をかけた。
掌を上にあげ『やれやれ』といった様子で彼は言う。
「ホンモノって……まさか、みんなは
「ああ、もちろんだ」
「
こくり。こくり。こくり。
全員が頷いた。当然だろう? といった具合に。
「……あはは」
あたしは思わず笑った。
笑えない冗談だとは思ったけれど、今はとりあえず声に出して笑っておかないと、自分の中に溜め込まれた〝奇想天外意味不明〟な彼らの言動に対する混乱の行き場がなくなってしまいそうだったのだ。
だから、笑った。
そして彼らも、笑った。
「納得してもらえたみたいで良かったべ~」
「納得するわけないでしょおおおおおお! あたしの笑顔は〝呆れ〟の意味での笑いよ!」
あたしのツッコミにもしかし王子たちは動じない。
だれかひとりでいい。『ごめんごめん、カグヤ。冗談だよ』などと。『そんなことできるわけがないでしょ?』とか。『冗談に決まってるじゃんか』とか。言ってくれるのをあたしは期待したが――
彼らの口をついたのは、むしろ事態を想定外の方向に進める
「よし。じゃあ早速、月を落としにでもいくか」
そろそろ風呂にでも入るか、みたいなノリだった。
☆ ☆ ☆
「じゃあ早速――月を落としにいくか」
魔法が解けて。ここは月の上。
空に浮かぶ地球に見下ろされながら、荒廃した大地にぽつんと立っている塔の屋上で。
彼らはなんてことないようにそんな
「ちょっと待ちなさいよ!」
「「うん?」」
早速移動を始めようとしていた王子たちにあたしは問いかける。
「月を地球に落とすって……そんなこと
「んあ? んなこと、やってみなきゃわかんねーだろうが」
アーキスが大胸筋を固めながら言った。
「やってみなくても分かるわよ!!!!!」
あたしは大声で突っ込んだ。
「第一、どうやって月を地球に落とすつもりなのよ? そういう特殊な〝大魔法〟でもあるわけ……?」
「ふん。カグヤは簡単な物理もできんのか」
ミカルドが厭味ったらしく言う。
「まずはこの月の裏側に回るだろう?」
彼は自らの左手を丸くして〝月〟に見たてながら語り始めた。
「そして裏側までいったら――地球に向けて、全力でこの星を
「ガチで完全物理だったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
あたしのツッコミは止まらない。
――ねえ、知ってる? 月って、いつも〝同じ面〟を地球に向けてるんだって。
いつか、
月の上にいるあたしたちからしてみれば、エヴァのあるこの場所こそ常に地球に向けられている〝月の表側〟ということになる。
「確かに、いつかそんなことを話していたな」
ミカルドが頷きながら聞いてきた。
「なぜ月が同じ面を地球に向けているのか? その答えが今のカグヤなら分かるだろう」
「全然わからないわ」全然わからなかった。
「答えはひとつ。――
「そんな理由があってたまるんもんですかああああああ!」
月の持つロマンが、なんでそんな馬鹿げた超理論のために
「待って待ってほんとに待って! いったん冷静に考えてみて? 物理法則にきちんとのっとってみて? 絶対に無理だから。それだけじゃないわ。もしも! 仮に! 万が一! 地球に月を落としたとしたら……
「影響?」
「ほら、例えば――月レベルの天体が落ちた場所は
あたしは正統派物理で反撃を開始する。
「あ、太陽からの距離が変わったら、地上が異常に熱くなったり寒くなったりするかもしれないわ。そうしたら自然の生態系にも悪影響だし。それに一日の長さだって変わっちゃう可能性だってあるわね……とにかく! 地球に住む人類の存続に関わる重大なことが起きうるのよ! 月を地球に落としたりなんかしたら!」
「そんなもの知るか」
「知ったこっちゃなかったーーーーーーーーーー!」
あたしの口と目はこれ以上ないくらいに開き切った。
「そんなもの知るか」ミカルドはもう一度繰り返した。「第一、カグヤは今まで地球に月を落としたことがあるのか?」
「はあ!? あ、あるわけないじゃない! あたしどころか、今までに一度もそんな馬鹿なことしでかしたヤツはいないわよ!」
「だったら分からんだろう」
「へ?」
「これまでの歴史で
まるで完全論破した弁護士のようなドヤ顔を浮かべてくる王子たちを前にして。
あたしは振り返って、唯一常識人っぽそうなクラノスに言った。
「クラノス……こいつら、思った以上に〝ホンモノ〟だったわ」
『でしょう?』という感じでクラノスは掌を上にあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます