3-6 答えを出そう!


 出会いがあれば別れもある。

 

 それはきっと、この塔から外に出ることができないあたしだからこそ。

 数々の王子様がやってきたその日から、心の隅っこでずっと考えていたことだった。


 ――いつかは〝それぞれの居場所〟に帰らなければいけない。


「それにしたって……こんなに急じゃなくてもいいじゃない」


 部屋に戻ったあたしは、鏡の前に座って身支度を整えていた。

 鏡に映る表情は――あたしがあいつらに注意した〝しんみりした〟ものだったから。

 両手で無理やり口角をぐいとあげてやった。


「いろんなことが、同時に起こりすぎてるのよ」


 愚痴のような呟きに返してくれる人は誰もいない。

 ふと鏡越しに机の上に置かれた〝白い封筒〟が目に入った。


 ――ボクが王子様になってあげようか?


 三日月だけが空に浮かぶ暗い夜に。

 クラノスはいつもと決定的に違う〝本気の表情〟でそう言ったのだった。


 ――明日の夜、またここで。その時に返事を聞かせてよ。


 時間は待ってはくれない。ただ一切は過ぎていく。

 今宵はまさしく、その返事を出さなければいけない夜だ。

 外をみると昨日よりも微かに面積を増やした弧型の月が、しいんと空に浮かんでいる。


「首を縦に振るか横に振るか、それだけね」


 腹黒い王子様の手口に乗せられたくはなかったけれど……それでも。


 少しではない胸のと一緒に。

 クラノスが待つはずの、屋上へ。

 答えを出してと言われた、屋上へ。



 ヒールの足音を響かせながら、あたしはゆっくりと階段をのぼっていく。



     ☆ ☆ ☆



「って……どうしてあんたがいるわけ……?」


 屋上の扉を開いた先に立っていたのはクラノスとはだった。

 その姿を見て、思わずあたしは眉間に皺を寄せる。


「む? 我がいたら悪いか」


 ミカルドだった。

 夜風にあたるようにして、外縁の背の低い壁に背中を預けている。


「この星空はだれのものでもないだろう」


 相変わらずキザっぽい口調でミカルドが言った。

 そこに彼がいたのは拍子抜けではあったけれど……すこし安堵したのも正直なところだ。

 あたしはクラノスからの告白をどう受け止めてどう答えたらいいのか、未だ結論を持たないままだった。


「そんなにきょろきょろと見渡してどうした」


 もちろんクラノスの姿を探していたのだけど……屋上にはミカルド以外にだれもいないみたいだった。


「クラノスなら来ないぞ」


「……え?」


 どうして待ち合わせのことをミカルドが?

 あたしは警戒して、ミカルドに訝し気な視線を送る。


「我はクラノスに言付けを頼まれたのだ――〝また日を改めて〟とな」


「そうだったんだ……」


 正直に言えば納得はできなかった。

 仮にも〝愛の告白〟をしておいて、さらに返事を急かした上で自ら日を改めるなんて――なんだかロマンチックを台無しにされた気分。


「どうして? なにか理由は聞いてる?」


「いや、我は聞いていないな」


「……そう」


「ただ、これは我の予想であるが」ミカルドが前置いて言う。「夕方頃から奴はずっとトイレに籠りきりだったのだ。例の森の外れのエデンの樹に実っていた果実をいくつか持ち帰ったらしく、我に見せびらかすように食べていたが――あれで当たって腹でもくだしたのではないか?」


「思った以上に台無しだったーーーーーー!」


 それが事実ならロマンチックの欠片もない。

 とはいえ――実はあたしも〝日を改めて〟結論を出すのはもう少し先にしてもらえないかお願いするつもりだったから。

 幸か不幸かお互いの目論見は一致したことになる。(クラノス側は不本意だったかもしれないけど……仕方ないわよね)

 それにもしかしたら――やっぱり〝お腹を下した〟なんていうどこまでも王子様らしくない理由とは別に何かがあったのかもしれない。


(心当たりがあるとしたら……ひとつかしら)

 

 何といっても、昨日の告白の後に〝この場所から帰る方法〟が見つかったのだ。

 しかもそれは期限付きの一方通行で。

 あたしが仮に――万が一! にしたって。


 クラノスはこの場所から、次の満月の夜――10日も経てば去らなくてはいけないのだ。

 この狭い世界の外側の、あたしの知らないたくさんの人たちから待ち望まれる帰るべき居場所へ。


 ――もしそれが最初から分かっていたとしら、昨日の告白ことは初めからなかったのかもしれない。

 

 だってそんなの無責任だし。愛だけ囁いておきながら、お姫様だけ取り残すなんて。

 そんなひどいこと――王子様にだって許されないから。


 思考は巡り巡るけど……途中でそれ以上考えるのはやめた。

 いくらこうしていたって現実は変わらない。


 10日後になれば、あたしはまた〝ひとりぼっち〟になる。

 ただ、それだけの話だ。


「はあ……なんだか緊張の糸が切れちゃった」


 空を見上げると三日月には雲がかかっていた。

 夜風はどこか生ぬるい。


「む? どこへいく」


「部屋に戻ろうと思って」


 色々あって疲れていたのは事実だ。

 すこし早めに床に入ろうかなと思って歩き出したら――


「もうすこし夜風にあたっていかないか?」


 ミカルドから引き留められた。

 振り返ると、どうしたんだろう?

 いつもより神妙な面持ちを浮かべている。

(或いはそれは薄暗い月の光によってそう見させていただけかもしれない)

  

「……別に、いいけど」



 昨日のクラノスといい、なんだか調子が狂うわね。


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