2-26 看病されよう!
「カグヤ? カグヤ――」
意識が朦朧としている。
あたしの声が呼ばれていると気付くのに随分と時間がかかった。
「よかった! 気が付いたんだね」
「……あ、あれ。クラ、ノス?」
なんだか声が掠れている。
張り付いた喉に空気が通るとひりひりと痛んだ。
小さく咳払いをひとつして、唾をこくりと飲み込んで。
あたしはどうにか普段に近い声を出せるようになる。
「ここは……あたしの部屋?」
しぱしぱと目をこすって確認する。エヴァの9階、あたしの部屋。
今はどうやらベッドにいるらしい。おでこには濡れたタオルがある。
周囲には見慣れた王子ーズの顔が見えた。
「みんな……揃ってどうしたの?」
「どうしたもこうしたもねえ!」最初に大声を出したのは筋肉王子・アーキスだった。
「余を心配させるとは……未来永劫かけて償うが良い……!」大げさな動きで言うのは厨二王子・オルトモルト。
「心配……?」
「カグヤ――すごいねつだった」震えるような声でメイド王子・アルヴェ。
「もう5日も眠ってたべよ……!」泣きそうな声で続くのは訛り王子・イズリー。
――5日も眠ってた?
まさしく寝起きの混濁した頭の中で、あたしは繰り返す。
そういえばあの新月の夜からあとの記憶がない。
身体が熱っぽかったのは覚えてるけど――まさかそんなに寝込んだままだったなんて。
「そうだったんだ……」
ゆっくりと身体を動かしてみる。
痺れるような感覚はあったけれど、きちんと動くみたい。
頭の中も落ち着いてきた。熱も下がってるみたいだし、どうやらすっかり回復しているらしい。
「……あれ、ミカルドは?」
自然とその名前が口をついて。
思わず『はっ』と手を口に当てた。
長い間寝込んでいたとしても。
――忘れるわけが、なかった。
あの夜のこと。新月の夜のこと。
ミカルドの大きくて、温かい、ごつごつした身体で――
「ミカルドなら、ほら。そこに転がってるよ」とクラノス。
目線を下げると文字通り。
ミカルドが、床に転がっていた。
「おらたちは交代しつつだったけんど、ミカルドさんはずっとカグヤさんに付き添ってたんだべ」とイズリー。
「フン。それで肝心のカグヤが起きた時に疲れて寝てんだから、しょうもねえぜ」とアーキス。
確かに今はぐっすりと眠りこけているが、よく見ると顔には随分と疲弊した様子が浮かんでいる。
「へえ……そうだったんだ」
「あれ、カグヤ――かお、あかくなってる?」アルヴェが目をぱちくりさせながら言った。
「んだっ!? また熱がぶり返してきたべか!?」
「だ、大丈夫よ! みんなのお陰で元気になったわ。ほら、このとおり!」
慌てて笑って誤魔化してみたけれど。
まさか〝あの夜のこと〟をみんなに伝えるわけにはいかない。
「安心したべ……あとはクラノスさんも頑張ってくれてたべよ」
「え? クラノスが?」
「んだ。治癒魔法で一生懸命、カグヤさんのこと楽にしてくれてただよ」
クラノスに顔を向ける。
彼はなんだか照れくさそうにして視線を斜め上に逸らした。
「べ、別に……ボクはたいしたことしてない。治癒魔法は、苦手なんだ」
壊すほうなら得意なんだけどね、と不穏なことを呟いてはいたけれど。
最後はやっぱり素直じゃないいつもの感じで。
「だから――カグヤが頑張っただけだよ」と目線を合わさないまま言ってくれたのだった。
「ありがとう、クラノス」あたしは笑顔を作ってから、優しい王子様たちにお礼をする。「みんなも! ありがとう……あとは、ミカルドも」
「む、う……」
噂をすれば、ミカルドが床で寝返りを打った。
――ふふ。こうしてみるとこの前の真剣な様子が嘘みたいね。
何の威厳もなくよだれを垂らすその顔を眺めていたら、彼は寝言めいたことを言い始めた。
「……む……カグ、ヤ……」
(え? ミカルドったら、夢の中でまであたしのことを……?)
なんだか無性に恥ずかしくなってきて、顔の前で指を合わせていると――
ミカルドが寝言の続きを呟いた。
「……やはり、結石の治療を受けた方が――」
「石の話ばっかしつこいのよーーーーー!」
あたしはとっさに枕元に置いてあった金皿を投げつけた。
亜音速で宙を飛んだそれは、見事にミカルドの頭にジャストミート。
銀髪失礼男は『ぐふっ!』という叫びと共に一瞬目を見開くと、ふたたび意識を失った。
「「ミカルドーーーーー!?」」
「だ、だいじょうぶだべか……?」
「大丈夫大丈夫☆ みんなの言うとおり、あたしの看病をずっとしてくれてたせいで疲れて寝ちゃったのね」
「いや、絶対カグヤの物理攻撃によってでしょ!」クラノスが突っ込んできた。
「〝寝ちゃった〟っつうより〝落ちちゃった〟の方が正しいんじゃねーか? この場合……」アーキスにすら呆れられた視線を向けられる。
「あはは、みんな騒ぎ過ぎよ。ミカルドにはとっても感謝してるわ。合掌」
「それってお悔みする時にやるやつだから!」
ああ、なんだか懐かしいわね。この感じ。
――みんなのところに帰ってきたって感じがするわ。
などと郷愁に浸っていたら。
「まあでも、いずれにせよ」
クラノスがまとめるように言ってくれた。
「カグヤがそれだけ元気なら――よかった」
「えへへ……みんな、本当にありがとっ」
あたしはみんなに笑顔を向けて、ぺこんと頭を下げる。
王子たちはどこか照れくさそうにしながらも、満足げな表情を浮かべてくれた。
ミカルドは頭から煙を出して倒れていた。
――確かにこの場所で居候を続ける彼らは、あたしが思ってた〝理想の王子様〟とはかけ離れてるかもしれないけれど。
あたしが病気で寝込んでいたら、放置せずにちゃんと看病してくれるだけの器量は持ち合わせていたのだ。
それを知れただけでも収穫は大きかったのかもしれない。
一瞬そんな風にじいんと感動しかけたのだけど……。
「なんかそれ、人間として最低限度な気がする!」
冷静に考えると普通のことかもしれない。
とはいえ、あたしの中で
だけど――あたしは我がままなお姫様だから。
理想の王子様には〝もっと上〟を求めてしまうのだ。
普通と理想はやっぱりかけ離れているけれど。
それでも
あたしは深呼吸をしたついでに、そんな自分の想いを声に乗せて天井にぶつけてやった。
「ちょっとは期待してるからねーーーーーー!」
「わーカグヤさん! そんたな大声出して、また身体に響くべ……あ」
ぐぎゅううううう。
そこで突然、イズリーのお腹から大きな音が鳴った。
「んだっ……面目ないべ……!」
イズリーが自慢の彫深顔を真っ赤に染め、ぺこぺこと頭を下げる。
――あれ? そういえば。
あたしはふと気づいた。
ゴンタロに〝お願い〟をして食料を出せるのはあたしだけだ。
「そっか。あたしがいなかった間……あんたたち、ご飯もまともに食べられてないのね」
保存できる食材はすこしは溜め込んであったと思うけれど。
どう考えても、育ち盛り食べ盛りの男7人の5日分の量には程遠い。
「ごめん、なさい」
思わず口から謝罪の言葉が出たけれど。
王子たちは優しげな表情のまま首を振ってくれたのだった。
「ククク……気に留めてくれるな。幸か不幸か、この場所には〝聖なる水〟が無尽蔵に湧いていた。聖水さえあれば命を枯らすことはない……!」
「確かに
「たしかに! ククク……聞き間違いか? 余は最初から〝邪水〟と言っておったぞ……!」
「いやいや! いま思いっきし目を見開いて『たしかに!』って叫んだじゃない!」
しかも邪水って言い換えたところで身体に悪そうなんですけど……。
相変わらずのやり取りに呆れながらも、自然とその口角は上がっていることに気が付く。
なんやかんやであたし自身、みんなとのやり取りを楽しんでいるのかもしれない。
「あれ……? そういえばマロンは?」
見渡してから気が付いた。
ご飯の話といえば文字通り
あたしがいない間の食糧難で一番ダメージを負ったのは彼だと思ったのだけど……この場にはいないみたい。
――まさか。
「んあ……すまねえ」
あたしの嫌な予感は的中したのだろうか。
アーキスが言いにくそうに唇を歪めて言った。
「マロンの野郎は……もう、
――え?
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