第4話 流されて魔大陸

「ぶはっ、はぁはぁはぁはぁ!! 死ぬかと思った! 丸2日は漂流したぞ!」


 俺は樽を蹴り破って外に出ると、そこは見慣れぬ島だった。

 照りつける日差しがきつく気温が高い。

 どうやら時間は昼に差し掛かる頃合いのようだ。

 遅れてプラムがコロコロと転がりながら樽から出てきた。


「やっと地面につくのか、ボク樽酔いで吐き、吐き、オロロロロロ」


 人型になったプラムは砂浜に虹色の何かを吐き出す。


「スライムのくせに酔うなよ」

「ボクはユーリと違って繊細なんだよ!」

「はいはい」

「気持ち悪い、そこで溶けてていい?」

「あぁいいぞ」


 プラムは岩の上で、溶けかけた人間というグロいものになっていた。


「火竜のブレス浴びたみたいになってるな……」


 俺はふらつきながらも上陸した島の砂浜を進む。

 正面に見える森は、ため息が出そうなくらい木々が鬱蒼と生い茂り、垂れ下がったシダ植物が人間の侵入を拒む。

 森はジャングルというにはいささか語弊があり、不気味にねじれた木や毒々しい色の花、人間の身長より高いキノコなど、童話に出てくる迷いの森に近い雰囲気がある。


 森の前まで近づくと、木々の合間から肉食魔獣らしき殺気に満ちた瞳が光っているのが見えた。不用意に足を踏み入れれば命の危険があるだろう。


「ここが魔大陸の森島って奴か?」


 オットー曰く森島が一番ハズレらしいが、あの嵐で命があっただけマシと考えよう。

 森には入らず白い砂に足跡をつけながら島の外周を歩くと、岩の裏にマストが大きくへし折れた大型帆船が横倒しになっていた。


「あれ? ……この船って」


 船体を確認すると、ヴァーミリオン帝国の王冠の刻印がある。

 間違いない、この船は俺たちを乗せてきた執行船だ。

 恐らくあの大嵐から逃げられず船が破損し、制御がきかなくなって潮に流され座礁したってところか。

 どうやらこの辺の海流は、全てこの島に流れ着くようになっているみたいだ。


「誰か生き残ってんのかな」


 船によじ登って中を覗いてみても人の気配はない。

 船員は皆落とされてしまったのだろう。

 そう考えると俺たちが樽で流されたのは、不幸中の幸いで救命ボートの役割になったのかもしれない。


「サムー、オットーいないかー?」


 水浸しになった船内に入って、使えそうな物資を物色する。


 兵士の直剣

 鍋、フライパン

 ランタン

 水薬ポーション×10

 書物(燃料用)

 カバン


 を拝借する。

 船体がでかいわりに収穫がなく、特に食料が全部海水につかってダメになっていたのが残念だ。

 他にも何かないかくまなく探してみると、半開きになったロッカーの中に水に浸かった帝国軍騎士服一式を見つけた。


「うーわ、びっちょびちょ」


 真っ黒な生地に赤のラインが入った、THE悪役って感じのこの制服。

 先日これを着た奴らに追いかけられたから、二度と見たくない服なんだが、囚人服よりかはマシなので着替えることにする。

 鉄のブーツを履き、腰に剣を挿し、肌に張り付く騎士服に着替えてから船を出ると、水饅頭に復活したプラムが、ピョコピョコ跳ねながらやってきた。


「もういいのか?」

「我、復活。なんかいいもんあった?」

「お前が好きそうなもんはなかったな」

「つまらん」

「お前饅頭スライムだけど、人型にならなくていいのか?」

「なんかこの島大丈夫っぽい。全然この形でも疲れない」

「なんだろう、魔大陸の影響かもな」

「そんな感じする。この島魔族にはいい環境かも……む?」

「どうした?」

「人間の匂いがする」


 猟犬みたいなことを言って、砂浜をはねていくプラム。

 後を追うと彼女の言ったとおり、軍服プレートアーマーを着た少年が砂浜に打ち上げられていた。


「帝国軍人か」


 恐らく俺たちと同じ船に乗っていて、嵐で海に落ちたが命からがら助かったって感じか。年齢は15、6歳くらいで、整った顔立ちに淡いブルーの髪色、身長は160くらいで、華奢な美少年兵士といった感じ。


「イケメンだね」

「ああ俺と同じくらいだな」

「ユーリはどっちかって言うとぶちゃいくだよ」


 そっか、俺ぶちゃいくか。


「どうする、殺す? 今なら苦しむことなく殺れるよ」


 プラムはにゅっと体に針を作って、兵士の顔に近づける。あの針ぷにぷにしているように見えて、岩くらいなら刺し貫ける貫通力がある。


「すぐ殺しちゃうのはめーなの。息があるみたいだし助けよう」


 船にあったポーションをかけてしばらくすると、兵士が気がついた。


「ん……ここ……は?」

「おはよう。ここがお前の死に場所だ」

「ギャアアアア!!」


 プラムの顔が至近距離で映り、驚いて叫び声を上げる美少年兵士。


「シー静かに。野生魔獣に気づかれる」

「す、すみません。あ、あなたはユーリさん?」

「俺のこと知ってるのか」


 執行船に乗ってたなら当たり前か。


「ここはどこでしょうか?」

「わからん。俺たちもついさっき流れ着いたところだ。多分魔大陸の森島だと思う」

「魔大陸……」

「俺ら犯罪者が流されつく場所だな。助かったなら、君は砂浜ここで待ってた方が良いだろう。多分そのうちどこかの船が通りかかる」

「ではユーリさんも一緒に」

「なにいってんの。帝国あんたらがボクたちを島流しにしたくせに」

「俺らはもうヴァーミリオンには帰れんからな」

「あ……そう……ですね」


 変な兵士だ。俺の罪状を知らないわけでもないだろうに。


「じゃあな。食料はこのへんで魚でもとれるだろうし、森に入らなきゃ死にはしないだろ」

「あばよ帝国軍人。もしボクらが生きて帰ったら、必ず貴様らに復讐するって言っておいて」

「ま、待ってください! 一緒に連れて行ってください。自分、実は新人兵士で、サバイバル能力が皆無なんです」

「そんなの知らないよ。なんで自分を島流しにした奴を助けないといけないの」


 プラムは相変わらず人間に冷たい。

 ただこいつの言うこともわかる。なんで自分たちの死刑執行人を助けてやらなきゃいかんのか。ポーションふりかけてやっただけで十分だろう。

 美少年兵士は若干紅潮した表情でこちらを見つめてくる。


「なんだこいつユーリのこと好きなのか?」

「い、いえすみません。ずっと貴方の戦いはMTVで追いかけていたので……本人が目の前にいると緊張して」

「「ファンかよ」」


 俺とプラムは急にイケメン美女顔を作る。


「あの、やっぱりMTVで見るよりハンサムですね」

「一緒についてこい。俺が守ってやる」

「おいぶちゃいく。手首ねじ切れそうな高速手のひら返しだな」


 プラムは呆れるが、こんな良質なファンをほうってなんて行けないだろ。


「ユーリがいいならいいいけどさ」

「あ、ありがとうございます」

「注意点がある。俺たちについてきても構わないが、一緒にいるからと言って命の保証があるわけじゃない。むしろ生きるために島を探索しなきゃならないから、ばったり強い魔物と遭遇して殺されることもある」

「そ、それでも連れて行ってください! お願いします! じ、自分ユーリさんをリスペクトして語尾にハンサムユーリってつけます!」

「良い心構えだ」

「ありがとうございます、ハンサムユーリ!」

「ユーリ、これ逆にバカにされてない?」

「そんなことないだろ」


 優良なファンは大事にしていこう。

 結局その語尾は、プラムが鬱陶しいからやめろということになった。


「お前、名前は?」

「じ、自分ですか? え、え~っと」

「なんで自分の名前が出てこないんだよ」

「あっ、シエルと申します」

「女みたいな名前してるな」

「よ、よく言われます……はは」


 変な兵士と共に、荷物を持って浜から出て、森の中を進む。

 時折ギャーギャーと恐い鳥の鳴き声がなったり、草むらを人間よりデカイ昆虫モンスターが過ぎ去っていく。


「野生モンスターの宝庫……って喜んでられねぇな」


 でかい毒虫モンスターや獣モンスターに出会いませんようにと願いつつ、足早に歩いていると、少し開けた丘へと出た。

 決して肥沃な地とは言えないが、見渡す限り草原が広がっていて、漂流したんじゃなかったらここで寝転がって昼寝でもしたいくらいロケーションがいい。


「田舎っぽいね」

故郷マグロ村を思い出すな」

「ボクあの村嫌い。でもここはわりと好き」

「このへんにキャンプでも作るか。海近いし、釣りとかできそうだし」

「そだね。早く水源確保しないと、ボク日光で干からびていっちゃう」

「海で水分補給してこいよ」

「やだよ、ボク塩水嫌い。海の水って結構汚いんだよ」


 謎の潔癖症を発揮するプラム。


「それよりこれからどうすんの?」

「どうすっかなー」


 なんとかヴァーミリオンに帰る方法を探すか。しかし帰ったとしても罪人扱いだし、結局また捕まる。次は島流しじゃなくて、いきなり処刑って可能性もあるだろう。

 そもそも島流しにあったら住民権が貰えない。それだとバトルリーグに参加できない。

 亡命して他国マスターするか……。こういうとき有名人って結構面倒で、多分(元)バトルマスターの俺の顔は、そこそこ広まっているだろうし、島流しにされたって情報くらいは知られてそうだ。

 その上で、あえて俺達を匿ってくれる国があるのかというところ。


「ほとぼりが冷めるまでは、ここで身を隠すか~?」


 魔大陸ならば希少なモンスターに出会える可能性はあるし、それらを仲間にして、またバトルリーグに参戦するか。

 その間にペペルニッチが退位してくれたら万々歳なんだけどな。


「まだ後20年は退位せんだろうな」

「あのお姫様が早く王様になったらいいのにね」

「姫様は多分ならんぞ。上に王子がいるからな」


 ペペルニッチにはエウレカ姫の他に息子が二人いるのだが、そのどっちかが王位を継いで、爆乳禁止法なんていうふざけた法を撤廃してほしい。


「なかなか難しいのではないでしょうか。ペペルニッチ皇帝は体調を崩し、面会謝絶の状態が続いていて、王子二人の後継者問題が進まず――」


 はっとして口をおさえるシエル。

 こいつさらっとやばいヴァーミリオンの機密情報を喋ったな。

 と言っても新兵が知ってるくらいの情報だから、多分もうすぐしたら公表されるんだろうけど。


「ペペルニッチ具合悪いのか」

「そのままくたばってくれればいいのにね」

「人の死を願うのはめーなの」


 まぁペペルニッチが死んだとしても、後継ぎが法改正してくれるかどうかはわからないしな。

 とりあえずこの島に拠点ファームを立てて、一年くらいモンスターを集めて回る旅をしてもいいかもしれない。


「レアモンゲットの旅……ありだな」


 腹くくってサバイバルをすると決めた矢先、急にドドドドっと複数の足音が聞こえてきた。


「なんだ? 馬の大群でも走ってんのか?」

「あっちなんか土煙出てるよ」


 プラムの視線の先を見やると、地竜ロードランナーとそれに跨った、モヒカン姿の男たちが見える。その数約20セット。


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