第9話 成り上がり


 ベヘモス拠点、バラックシティ——


 スクラップだけで作り上げられた街に、モヒカン姿の男が闊歩する。

 ここには島流しにあった犯罪者のほぼ全員が集う。


 強盗、殺人、恐喝、放火、強姦、禁忌薬物。国を追い出されるほどの大罪を犯した人間たちは、皆ベヘモスという組織に所属し、その体に能力に応じた階級ナンバリングが刻印される。

 モヒカンたちの側頭部にはⅣが、それよりちゃんとした鎧装備をした戦士たちはⅢ。その上に隊長クラスのⅡと、幹部クラスのⅠが存在する。


 一見ならず者しかいないように見えるが、ナンバリング制度のおかげでピラミッド構造の社会がこの街では出来上がっていた。

 どうすれば階級が上がるか? それはベヘモスに貢献すること。

 貢献するにはどうするか? 階級上位者の依頼を受けて功績を積むことが条件となっている。


 依頼を取りまとめ斡旋を行う酒場兼ギルドに、一人の青年が入ってきた。

 軽薄そうな顔立ちに、そこそこ鍛えられた体、全身革鎧の格好、手の甲にⅤの刻印をされた青年は、カウンターに依頼品である獣の毛皮を置く。


「いやー疲れました。ウェアラットがなかなかすばしっこくてね。さすが魔大陸に住むモンスターはレベルが違いますよ」


 カウンター越しのモヒカンマスターは、内容物を確認してご苦労と言う。


「こうやって仕事受けて報酬もらってると、普通のギルドとかわんないですね」

「そりゃそうだ。ここにいるならず者共を、効率的に働かせるためのシステムだからな」

「それに皆従ってるってのがまた凄い」

「ここでは階級が全てだ。階級を上げなきゃ発言権はねぇ。逆を言うと、階級が高いと美味しい思いもできる」


 マスターは酒場の裏にある、娼館を見やる。

 そこには捕らえられたメスの亜人が放り込まれており、階級が上がれば使用を許される。

 他にも階級が高いと個人宅を貰えたり、専用の奴隷を飼うことが許されたりとメリットは多い。


「オットーだったか? この前流れ着いたにしてはいい活躍だな」

「はい、ありがとうございます! オレ頑張って早く1軍になりたいんですよ!」

「1軍か、なかなか恐れを知らねぇ奴だ」

「オレ都会で勇者になることが目的だったんですけど、ここならワンチャントップ目指せるんじゃないかと思いまして!」


 すると酒場で飲んでいたモヒカンたちが、オットーを見て笑う。


「ククク、お前みたいな5軍新入りが、1軍になんかいけるわけねぇだろ。1軍はベヘモスの中でも、ごく一握りの実力者に許されたナンバーだ」

「なんでそんなこと言うんすか先輩! オレ頑張ってベヘモスの役に立ちたいのに」

「まぁ別に目指すだけなら自由だからな」

「なんかトゲあるっすね~」


 オットーは顔では笑っていたが、内心(今に見とけ、お前ら4軍のザコなんか全員アゴでこき使ってやるからな)と野心をたぎらせていた。

 するとギルドのドアが開き、二人の男が入ってくる。

 一人は眼光の鋭い細身のエルフ。もう一人は身長2メイルを超え、岩石のような巨大な筋肉をした、人間なのか疑いたくなる男。

 エルフの首筋にはⅠ、筋肉男の拳にはⅡのナンバリングがある。


「1軍と2軍……幹部と隊長クラス」

「土の魔剣士フォレトス様と、ダイヤ砕きのダイナモ様だ。逆らうと首が飛ぶぞ」


 マスターが教えてくれ、オットーはピンと背筋を伸ばす。

 それと同時にオットーは、このフォレトスという男が数年前大量殺人を犯して新聞に載っていたことを思い出した。

 彼に殺害されたのは主に若い女性ばかりで、殺す前に拷問をして悲鳴を聞くのが快感だったという供述から【悲鳴の奏者フォレトス】の異名を持った凶悪犯だった。


「やっぱり1軍はA級犯罪者なんだな……」


 フォレトスがカウンターに書類を出す。

 羊皮紙には指示書と書かれており、ターゲットや目的、報酬が並び、通常のギルドで取り扱う依頼書と全く同じフォーマットだった。


「おい、依頼だ。ケンタウロスの集落を4軍に襲撃させろ」

「は、はい。ですが、昨日ホルスタウロスを襲いに行ったチームと連絡がとれなくなり、それの調査を……」

「お前は4軍ゴミの不始末と、ぼくの命令どっちが重要だと思うんだ?」

「も、もちろんフォレトス様です!」


 フォレトスはモヒカンマスターの髪を掴んで、カウンターに頭を叩きつける。


「わかってるなら最優先でやらせろ! あまりぼくをイラつかせるな!」

「は、はい! 申し訳ありません!」


 フォレトスは怒鳴り終えてから、どかっとテーブルに座るとすぐに酒を注文する。


「叫んだら喉痛くなっちゃった。マスター先にカミュを出せ」

「は、はい、ただいま!」

「あっ、オレ酒持ってきます」

「ありがとよ。ホビットから奪った酒はなくなりましたって言え」

「わかりました」


 オットーはマスターから酒の入ったグラスを受け取り、フォレトスとダイナモのテーブルに向かう。


「さ、酒です」

「遅い、貴族を待たせるな」

「す、すみません!」


 フォレトスが酒を受け取ると、ぐっと一杯飲む。


「あ、あのフォレトスさんは貴族なんでしょうか?」

「だったらなんだ?」

「い、いえ何も」


 フォレトスの眼光が鋭く、ビビッて後ろに下がってしまうオットー。それを見てダイナモはにやりと笑う。


「フォレトスはここにくるまで名の知れた貴族だったのさ。だが人を殺し過ぎて、実家が庇いきれなくなって放り出された」

「な、なるほど」

「うるせーデカブツ、余計なこと喋ってんじゃねぇ!」


 フォレトスはダイナモに向かってナイフを投げつけるが、彼の二の腕の筋肉には傷一つ付かなかった。


(マジかよ、今確かにナイフが当たったはずなのに……てか人殺しすぎて島流しになるフォレトスさんもやべぇし、ナイフ刺さっても傷一つないダイナモさんもやべぇ。上ってこんな超人ばっかりなのか?)


 フォレトスはぐいっと琥珀色の酒をあおると、露骨に顔をしかめた。


「まずい酒だな。こんなものを出すなんて」

「ほ、ホビットから奪ったお酒がなくなったそうです」

「ダイナモ、飲み過ぎだ。ぼくの分がないじゃないか」

「オレは酒は飲まん。飲んだのは全部お前だ」

「そうだっけ? チッ……また4軍に酒の調達させるか」


 その時ちょうどフォレトスとオットーの目が合う。


「おいお前、名前は?」

「オットーと言います!」

「東の竹林に、いい酒を持っている亜人がいるらしい。お前取ってこい」

「は、はい! ってオレ5軍ですけど……」

「新人かよ。別に酒さえもってくれば誰でもいい」


 フォレトスにビビりまくるオットーだが、命令を受けてピンときた。

 もしやこれは成り上がるチャンスなのでは?


「あ、あのフォレトスさん、オレがもし酒をとってきたら4軍に昇格させてもらえませんか!」

「お前フォレトスさんに無礼なことを言うな!」


 周囲のモヒカンたちがガタッと席を立ったが、フォレトスは首を縦に振る。


「いいぜ、上げてやる」

「ほ、ほんとですか!?」

「あぁほんとさ。狐族の亜人で、鬼殺しっていう強い酒を持ってるらしい。それをとって来い」

「わかりました! ダイナモさんも聞きましたよね、それでいいですか!?」

「構わん。俺たちには使える人間を2軍まで引き上げる権限がある」

「や、やった。オレ絶対このチャンスものにします!」


 やってやる、オレは無能なモヒカンたちとは違う。

 絶対魔大陸の勇者オットーになってやる。そう心に誓うのだった。



 その頃ファームでは――

 放牧地に柵を打ち付け、皆が住めるコテージを建設中。

 俺たちが地道に建築を行っていると、木を切っていたバニラが怯えた様子で走ってきた。


「む!」

「どしたバニラ?」

「む~」

「ん~なんかあったか?」


 バニラは俺の服の袖を引っ張りながら、ひっきりなしに森の奥を指さす。


「なんか……いるる」

「おっ?」


 珍しく「ん」や「む」以外を喋ったなと思ったが、どうやら何かに遭遇してしまったようだ。多分モンスターだと思うが、一体何を見つけたのか。


「まさかモヒカンか?」

「違う。お化け……」

「お化け?」

「ん」


 あーゴーストが出てきたか。魔力濃度の濃い森だし、死体も多そうだからいるとは思ったが、やっぱりいたか。

 ゴーストは洗脳や憑依のような、相手をコントロールするスキルを持っていることが多く、放っておくと一人ずつ取り憑かれて殺されてしまうかもしれない。

 早めに処理したほうが良いだろう。


「おーいプラム、お化け出てきたらしい」

「へー、網持って捕まえようぜ」


 幽霊を完全にカブトムシ扱いするプラム。

 お化けと聞いて、持っていた木材を落とすシエル。


「お、お化け出たんですか?」

「シエルお前も行くか? お化け退治」

「い、いえ! 自分は遠慮します! どうぞお二人で!」


 めっちゃ嫌がるやん。帝国兵になれるくらいなら、二、三度幽霊ともやりあっているだろうに。

 シエルにファームを任せて、俺たちは薄暗い森の中に入ることにした。


「なんかシエルって女の子みたいだな。森の中にいたジェットゴキブリ見ただけで悲鳴あげてたし」

「昨日は夜が怖いって言って、ボクらのテントに来たもんね」

「実はシエル女説あるんじゃないか?」

「残念だけど、ボク今朝シエルの上半身裸見たけど、ちゃんと男だったよ」

「どこで見たんだそんなの?」

「滝壺で体洗ってた。綺麗なピンクの乳首してた」

「セクハラやめろ。今度見たら飲水の泉で体洗うのやめろって言おう」

「いいじゃん、クリムたちもあそこで体洗ってるし」

「女はいいんだ! 男はダメなんだよ! 水飲んでるときに、シエルのtntnがチラつくだろうが!」

「いいじゃんイケメンだし」

「お前まさか……惚れたのか、俺以外の男に……」

「ボクはユーリ以外人は好きにならないよ」


 嬉しさ半分、プラムからは未だ人間に対して壁を感じる。


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