第8話 魔王の呪い

 翌日——


 大ファームを作ると決心した後、仮設野営キャンプを作り終え、一晩を越した。

 幸いモヒカンたちによるその日のうちの襲撃はなく、もしかしたらロードランナーが仲間と合流する前に全員倒してくれたのかもしれない。


「このまま俺たちのこと忘れてくれりゃいいけど」


 そんなことを呟きながら朝日を拝んでいると、各テントからホルスタウロスたちが顔を出す。

 それは肌色の暴力と言うべきか、こぼれそうな爆乳を頼りない牛柄ビキニで押さえ、眠そうにあくびと伸びをしている。

 彼女たちは昨日拾ってきた盗賊装備に着替え、多少なりとも肌色面積を減らす努力をしている……のだが。

 どれもボロボロな上に、胸と尻のサイズが合わないため、グローブと脚甲を身に着けているだけで胴体はビキニのまま。

 たまにこんなビキニアーマーの女戦士を酒場で見かけたりすることもあるが、ほとんどゴリラばかりだ。

 一歩歩くたびにブルンブルンと揺れるバストは圧巻としか言いようがなく、俺の眼球はその揺れにあわせて上下に動く。


「おはようございます」

「お、おはよう」


 チリンと首のカウベルを鳴らして朝の挨拶をしてきたのは、おっとりとした雰囲気の群れのリーダークリム。

 長い栗色の髪に糸目で柔和な表情。怒っても全然恐くなさそうな優しいお姉さんという感じだが、そのフィジカルは見たもの全てを黙らせるほど暴力的で、巨大な乳房のふてぶてしさは群れの中で一番だろう。


「でかプラムが二匹ぶらさがっとる……」

「あ、あの、この格好似合ってませんよね」

「いや、そのアンバランスさが悪くもなく。頭隠して乳尻隠さずってところが背徳的でよき」

「そう……ですか?」


 俺がいやらしい目をしていると、後ろからドンっと押される。

 振り返ると、ボリュームのある金の髪に、常に眠そうで半眼の目をしたホルスタウロスが体を押し付けてくる。


「ん」

「どうしたバニラ?」


 この子は名前はバニラといって、信じたくはないがリーダークリムの娘である。

 クリムは人間で言うと25~30歳くらいに見え、とても子持ちとは思えない。

 その辺は魔物全般に言えることであり、どう見ても幼女にしか見えない妖精が御年300歳の森の大賢者だったりすることもあるので、外見年齢はあまりアテにならなかったりする。


「むむむ」


 頭をグリグリと押し付けてくるので、ツノがささって結構痛い。

 ただこれは別にツノで串刺しにしてやろうとしているわけではなく、ホルスタウロスの愛情表現でもある。単純に甘えているのだ。


「むむむ」


 あまり言葉を覚えていない為、「む」や「ん」、「モォ」を多用するが、なんとなく言わんとすることがわかる。仕草が子供っぽくて可愛い。


「これが子供サイズだったらね」


 プラムが深淵の目で俺を見やる。確かに今の説明でバニラは5,6才くらいかなと思いきや、バニラは身長175センチ、バスト100オーバーと大人顔負けのフィジカルなのだ。

 バニラは体の成長が早いが、精神年齢はそれに追いついていないらしく、ムチムチボインの体に子供の心が入っているような状態である。

 多分こうやって甘えているのは、まだあまり警戒心が育っていないからだろう。


 俺たちが集まっていると、水を汲みに行っていたシエルが帰ってきたようだ。


「おはようございますユーリさん。……あの、プラムさんが朝から暗黒オーラを出してますが……」

「あれを暗黒饅頭あんこまんじゅう形態という。触ると酸液を噴出しながら破裂するから近づくなよ」

「えぇ本当ですか!?」

 

 勿論嘘だ。

 プラムは意外と嫉妬深いのである。本人に言うと怒るから言わんが。



 俺たちは昨日とってきた木の実を朝飯にして、ファーム建築作業にとりかかる。


「よーし、頑張ってファーム作ろう。食料班は森と浜に分かれて移動だ。建築班はプラムと一緒に頼む」


 ホルスタウロスたちが決められた班に分かれて、各々作業に取り組む。


 ――4時間後、時刻は昼を過ぎ昼食の時間となった。


 モヒカンが使っていた大斧を握りしめたバニラが、コーンコーンと良い音をたてて木を切る。

 現在ファームに必要になる木々を伐採中。

 現場監督と書かれた、黄色いヘルムを被ったプラムが「木材ヨシ、石材ヨシ、安全ヨシ」と指揮をとっている。


「牛舎と放牧地用の柵がいるから、じゃんじゃん木持ってきて。納期短いから残業してもらうけど、やりがいある仕事だから頑張ってー、根性だよ根性があればいけるから!」


 あいつ完全にブラック建築スライムと化してるな。

 プラムが建築をしている間に、俺はホルスタウロス数人を連れて、浜辺で貝やカニを拾い食料を確保。

 水源に関してはシエルが森の中で滝を見つけたので、それを活用させてもらうことにする。

 食料と水を確保した後ファームに戻ると、プラムたちに食事休憩を提案する。


「監督ー昼だし飯にするぞー」

「おう。ヤカンに水入れてくれ、ラッパ飲みするから」


 オヤジくさいやつだ。

 薪の上に鉄鍋を置き、昨日に引き続きチャッカヒトカゲに焚火を作ってもらう。

 煮立った鍋の中に、カニや貝を全部ぶち込む海鮮男鍋。


「プラム建設の進みはどうだ?」

「イマイチ。やっぱ道具ないと話になんないよ。木倒すのも時間かかるし、せめてノコギリくらいないと」

「だよなぁ……と言っても、ここに鍛冶屋なんかいるのか?」

「わかんない、ドワーフ族がいればワンチャン」


 ドワーフとは手先が器用な小人で、優れた鍛冶師が多い。

 ただ臆病な性格をしており、地下に街を作ってそこから出てこないと聞く。勿論魔大陸にいるかは不明。


「あと言いたくないけど、バニラたちが超不器用」

「それは俺も食料とりにいって思った」


 サワガニのステップに翻弄されてるときはどうしようかと思った。


「でも、やっぱミノタウロスだからすごく力持ちだし、皆優しい性格してる」

「うむ、ホルスタウロスにはダンジョンで出会う闘牛種ブルと、乳牛種ホルスタインってのがいて、後者は温厚で母乳は高級品だ」

「早く畜産出したいね」

「全くだ。この子らは建築に向いた能力をしてないからな。シエルは森で何かいいのあったか?」

「すみません、水以外特には見つからなかったです。地面がぬかるんでいて移動しにくいですし、木々が生い茂りすぎていて夜みたいに暗くて……」

「そうか。海側も大したものはなかったな」


 期待していたカレーガニもいなくて残念だ。

 困ったな。圧倒的に道具と人材と資材が足りてない。

 するとこちらの困りを察したのか、バニラが花を摘んで俺たちの元にやってきた。


「ん」

「くれるのか?」


 コクコクと頷くのでありがたくいただく。


「ん」

「ボクにもくれるの?」

「ん」

「あ、ありがと」


 プラムは親方ヘルムを外して、ピンクの花を饅頭の頭頂部に突き刺す。


「お前頭に花咲いてんぞ」

「フラワースライムみたいで可愛いだろ」


 どう見てもチューリップの化け物だが和んだ。


「ん」

「じ、自分にもですか?」


 シエルの髪に青い花をさすバニラ。


「シエルが一番似合ってるな」

「なんか女の子みたい」

「いや、はは……困りましたね」


 バニラの頭をワシャワシャと撫でていると、クリムが牛乳がほんのちょびっとだけ入った瓶を持って俺たちの元にやってくる。


「あの、これよろしかったらどうぞ」

「ありがとう。これもしかして……」

「す、すみません、私の……なんです」

「私の?」


 俺はクリムと牛乳瓶を見比べ、クリムの乳と牛乳瓶を見比べる。


「一応泉で冷やしておきましたが、体液ですので、お口に合わないかもしれません」


 ミルクを体液と言われると生々しさが凄い。


「冷やっこい」

「いや、ありがたくいただくよ。ホルスタウロスミルクは初めてだ」

「ボクも」

「ありがとうございます、自分も初めてです」


 俺たちは瓶を傾け、ミルクを飲み干す。


「「…………」」


 飲み終わって顔を見合わせる。


「「「うーまーいーぞーー!!」」」


 つい大声をあげてしまった。しかしこのミルクは今まで飲んできたものとは別格だ。牛乳特有の臭みがなく、味も甘みがありのど越しもすっきりして爽やか。


「風呂上りに樽で持ってきて。ボク100リットル飲める」

「全くだ。こりゃ高級品と言われるわけだ」

「あ、ありがとうございます」


 味は美味いのだが、ちょびっとしかないのが残念。せめてカップ一杯くらいあると嬉しかった。

 プラムは牛乳瓶をレロレロレロとなめ続けている。


「あの、クリム意地汚くて申し訳ないんだけど、もうちょっとない?」

「ボクもほしい」

「その……それが」


 クリムは申し訳なさそうに俯き、事情を話してくれる。


「本来は妊娠せずとも我々は母乳が出るのですが、呪いにかかってしまいまして……」

「呪い?」

「はい、魔王の呪いと呼ばれるもので、魔大陸に長くいるとかかってしまうそうです」

「ボクらもかかるの?」

「それはわかりません。私達は大事なミルクが出なくなるという呪いにかかっていて、さっきの量が一日の限界なんです」

「なるほど、搾乳はご自身で?」

「は、はい……」

「それまではどれくらい出ていたんですか?」

「えっと、日によるのですが、私は大体4リッターくらい……です」


 真っ赤になっていくクリム。


「ふむふむ瓶20本分、凄い量だ」

「は、はい……日によってはもっと……出ていました」

「ほうほう」


 やはりその大きな胸にはたくさんミルクが詰まっているということだな。


「もしかしたら人の手でやると乳が出るかもしれません。俺がいくらでも搾乳を手伝いますが」

「えっ、ど、どうでしょう」

「ご遠慮なさらず。ヴァーミリオンではA級乳揉みマイスターの称号を持っていますのでご安心を」


 手をワキワキさせながらクリムを困らせていると、プラムが俺の頭に覆いかぶさり窒息攻撃をしかけてくる。

 見た目は頭にスライムを被ったおバカな格好だが、これはスライムがわりかし本気で人を殺すときに使う技である。


「呪いだって言ってんだろ。せくはらやめろ……すぞ」

「ゴボゴボゴボゴボ」


 スライムが本気で怒っているからやめよう。

 天使がおりてきて魂が天界に引っ張られる寸前で、プラムは俺の頭からどく。


「今度適当な称号つくったらコロコロするからな」


 殺殺と書いてコロコロである。


「ユーリ、呪いなんとかできないの?」

「なんとかって、俺は僧侶じゃないからな。解呪なんかできんぞ」

「昔ボクがポンポンペインペインした時、鎖つないで調べてくれたじゃん」

「あぁ、お前が道端に落ちてた変な果物食って腹壊したときな」


 魔物使いは、魔獣兵の鎖をつなぐと魔物のステータス情報がわかる。あのときはわかりやすく中毒だったから、それに合いそうな解毒を使った。


「調べるだけでも構いませんので」

「そういうなら」


 俺はクリムに鎖を繋いで、彼女の状況を調べてみる。

 すると、確かに胸の部分に黒い煙みたいなオーラが見える。これが多分呪いだな。

 どうやら、この黒いものが乳腺に蓋をしているように見える。


「あれ、でもこのオーラどっかで見たことあるな……確か太りすぎたオークの肩にも、こんな黒いものがあった気がする」


 俺はふむと考え、周囲を見渡す。


「な、なにか悪いものが見つかりましたか?」

「いや、おいプラム、俺が今からやるのは治療だからな。決してやましい意味はないからな」

「なにそれ?」


 こちらを見て目をかしげるプラムをよそに、クリムの患部に触れる。


「あっ……」

「これじゃ消えんか……?」


 かなり一生懸命揉んでやると、黒いオーラが少し小さくなった気がする。だが気を許すとすぐにオーラは再燃する。


「これじゃダメか。ってことは俺の手を温熱魔力ホットでコーティングして、根気よく揉んで血流促進させて、活性化魔法を流し込んで」

「ん……あ……」

「なんだかクリムさんの声が艶かしくて、見ている方がドキドキしますね」

「ユーリの鼻の下伸びてないから、多分あれはほんとに治療してる」

「さすが付き合い長いだけありますね」


 シエルとプラムの声を無視して、治療を続けること20分。

 むむむ、胸の周りの黒いオーラが消えたと思ったら、今度はピンクのオーラが出てきたぞ。なんだこれ?

 ピンクのオーラは刺激すればするほど増大し、胸全体がほぼ真っピンクになってしまった。

 やばい治療法間違えたかもしれん。


「あ、あのユーリさん、少し待ってください!」

「え?」


 切羽詰まった表情をしたクリムは、牛乳瓶を持って慌てて木陰に隠れてしまう。


「あ、あのすみません、瓶を! 瓶をたくさんください!」


 言われて俺たちは瓶を渡すと、ミルクで満タンになった瓶が入れ替えで渡される。

 その往復が20回ほど続いた後、赤い顔をしたクリムが木陰から出てきた。


「あ、あの……出ました」

「みたいだね」

「ユーリ凄いじゃん。呪い解けたじゃん」

「多分だけど、あの呪いの正体重度の【乳凝り】だ」

「乳こり!? 肩こりじゃなくて」

「そう。昔デブのオークの肩に似たような症状が出てた。だからとにかく閉じてしまった乳腺を開かせるよう温めて揉みまくった」

「なるほど、じゃあもしかして他の子も同じようにすればミルク王国できる?」

「かもしれん。全身を温められる風呂とか有効かもな」


 それから治療をしてみると、全ホルスタウロスの乳こりを治すことに成功した。



 ユーリはスキル呪術解除エロ医者C+を習得。


 呪術解除 C+

 軽度呪術汚染を解除することができる。

 疾患部位がオーラによって可視化され、傷、病、呪を即座に判別することが可能。

 自身のスキルより下位の呪術汚染であれば、減退、撲滅、切除することが可能。

 呪術解除には触診、按摩などで対象の汚染箇所、進行具合を理解する必要があり、呪文一つで解除できるものではない。

 また再発した場合、再度同じプロセスを踏む必要がある。

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