第7話 ここに爆乳牧場を建設する

 突如ホルスタウロスたちに、爆乳ファームに入れてくれと言われて困惑する俺たち。


「いや、あのさっきの話はプラムが言った冗談だから、実際そんなファームないからな」


 そう聞くとリーダーのクリム含めたホルスタウロスたちが、「そんな……」と深い落胆を見せた。


「では……爆乳ファームは……存在しないのですね」

「う、うん。残念だけど」


 クリムは涙ぐんで見せる。

 そんな人生をかけて探し続けた約束の大地エルドラドが、本当はなかったと知ったみたいな反応しないでほしい。


「ユーリ、話聞いてあげたら?」

「んむ、君らどうして急にそんなことを?」

「私達には帰る場所が……ないんです」

「集落とかないのか?」

「ありましたが……全部トサカの人に焼かれてしまって」

「そうか……」

「我々皆で話し合った結果、あなたの爆乳ファームにいれてもらうのが一番良いと……」

「俺たちもいずれファームを作るかもしれないが、そんなすぐにはなぁ」

「あの……ここに私達も集落を作ってはダメでしょうか?」

「ここ? ここはダメだぞ、なんもないしな。俺らも仮拠点としてテント張ってるだけだ」


 後ろは海で守りやすいといえ、身を隠すならもっと森の深いところがいいだろう。


「安全なところがなくて……多分どこにいても襲われてしまうと思います」

「と言ってもな……」


 彼女らの言わんとすることはわかっているのだ。俺たちがあのモヒカンたちを追っ払ったから、一番安全なのは俺たちの傍なのだ。

 ただそれは難しい、多分モヒカンの生き残りがさっきのことを報告してリベンジにくる可能性が高い。

 その時この子らがいると、危険な目に合うだろう。

 

「ユーリ、なんとかしてあげなよ。あんなモヒカンくらいじゃ負けないし、守ってあげればいいじゃん」

「無責任なこと言うな。俺たちだって今日流されてきたところで、自分たちが生き残るのに必死なんだぞ。それにベヘモスの規模もちゃんと把握できてないんだ」


 ヴァーミリオンが島流し制度を始めたのは、今から約10年以上前。特に爆乳禁止法ができてからは、加速度的に島流しにされる人間が増えた。

 もし魔大陸に流された罪人全てが生き残ってるとしたら、その数は100や200ではきかず、1000を軽く上回るだろう。


「ケツの穴の小さいこと言うなよ。爆乳モンスター大好きなくせに」

「あぁ大好きさ、でもそれとこれとは話が別だ。俺たちがこの子らを守れば、向こうは躍起になって襲ってくる」

「だからお前は見捨てるのか?」

「見捨てるんじゃない。俺たちといる方が危険だって言ってんだ」

「どこにいても襲われるなら、別にここにおいてあげてもいいじゃん」

「楽観視すぎる。今回は退けたが、2回目はもっと敵が多くなる、3回目は更に多くだ。それが人間の恐さだ。失敗から学び、相手を負かすまで手段を強力にして襲ってくる。拠点を構えるってのは、ここに攻めてきてくださいと宣言してるのと一緒なんだぞ」


 それなら分散して、島の中を移動しながら逃げ回ったほうが良い。


「ユーリ、お前の悪いとこ出てるぞ。なんとか小さくまとめて被害を少なくしようとする考え」

「それの何が悪い。危険が起きるとわかってるなら、前もって防衛対象は遠ざける」


 俺達はいつもそうやって生きてきた。

 だから……俺たち以外に仲間がいないんだ。

 それまで黙っていたシエルがおずおずと手を挙げる。


「最初助けることを反対した自分が言うのもおこがましいのですが、この方たちはユーリさんを信用してここに来てくれたのではないでしょうか?」


 言われて俺はホルスタウロスたちを見渡す。皆不安げで、どこかしらにケガを負っているものばかりで防衛力は皆無。

 この子たちの言う通り、もし今度見つかれば確実に捕まり、酷い目にあうことは目に見えている。


「…………」

「モォ……」


 申し訳なさそうな鳴き声。周囲にいるホルスタウロスからも、不安げにモゥモゥと鳴く声が聞こえる。

 彼女らも本当は人間になんて頼りたくないだろう。でも、もう藁にも縋る思いで俺たちに助けを求めている。


「この子らが今欲しいのは安全じゃなくて安心だぞ」

「…………俺たちはいずれヴァーミリオンに帰るんだぞ」

「なぁユーリ、ほんとにあんなバカが王やってる国に帰りたいか? プラム&ユーリ魔大陸ゆるふわスローライフ編始めてもいいんじゃないの?」

「ゆるふわスローライフにモヒカンは出てこない」

「ボクを拾った時のこと思い出せ」

「…………」

「……ユーリ」


 プラムの声が、一瞬出会った時のことを思い出させる。


「モンスターは悪だから殺していい」そう言って弱ったスライムを殺そうとしていたのは、齢13才の親友だった。

 俺はそのスライムが十分人を殺せる強いスライムだと知っていた、しかしスライムは少年の暴力を受け入れていた。

 後になって聞けば、たまらなく空腹で人間を食ってやるつもりで人里に降りてきたが、いざ獲物の少年を見つけて食ってやろうとした時、最後の最後で躊躇ってしまったらしい。

 人間が可哀そうと思って一線を越えず踏みとどまったスライムは、結果人間に玩具のようにいたぶられた。


 子供の無邪気さと残虐性で、無抵抗な猫を殺すようにその命を奪われかけていた。


 気づけば俺は親友を殴り飛ばし叫んでいた。「お前の方がモンスターじゃねぇか」と。

 モンスターを庇った俺は住んでいたマグロ村を追放され、スライム一匹を連れて旅に出た。

 一流の魔物使いになってレジェンドマスターになるとサクセスストーリーを夢見たわけではなく、ただ自分の正しさを信じモンスターと共に歩む理想を示したくて戦った。

 モンスターは脅威になることもあれば、頼もしいパートナー、守護者になってくれることもあると。

 後ろに従えるのではなく、並び立つ存在に——それから8年、その信念を胸に俺たちはバトルマスターにまで昇りつめ……積み上げた経歴は爆乳禁止法で0になった。


 一瞬のフラッシュバックを終えると、そこには傷だらけのホルスタウロスたちが不安げな瞳でこちらを見ていた。


「あの時と同じか……」


 規模と人数は違うが、モヒカンの言っていることと過去の親友が言っていたことは同じだ。魔物を興味や欲求で虐げるモヒカンカスども。


「なぁユーリ、昔のボクたちはザコかった。でも今はバトルマスターの称号も手にしたんだ。一瞬だけど」

「…………」

「ユーリがボクを助けるために人間を遠ざけてたのは知ってるんだ。ボクらは魔大陸でもビクビク逃げ回らないといけないのか?」

「自分もバトルリーグでのユーリさんの活躍は存じ上げています。無責任ですが、あなたなら正しく力を使えると信じています」


 弱者らしく権力から逃げて逃げて逃げのびてきて、たった一つ積み上げたバトルマスターの称号も取り上げられた。

 奪われるものは一生奪われ続ける。間違ってる法律に誰も間違いと言わない。

 ただ胸が爆乳だった。たったそれだけのことで生きる権利を奪われる。

 ベヘモスが爆乳を傷つけ、ヴァーミリオンが爆乳を禁止するなら、俺は――


「…………盗賊の死体に斧や武器がある。それにロードランナーが落としていった荷物も……。全部集めてテントを作るんだ」

「モォ?」


 一緒にいていいの? と聞いている。


「ここに爆乳牧場ファームを作る。奴らベヘモスが、いや大国ヴァーミリオンでさえ手出しできないような、巨大ファームをだ」

「やるのかユーリ!」

「世界中の爆乳モンスター達をここに集めるぞ」



 魔大陸近海――

 ヴァーミリオン帝国海軍軍船、船長室にて


「悪夢のような話だな」


 白ひげの船長兼ヴァーミリオン帝国海軍将校のマルチノフは、葉巻から口を離すと、白い息を目の前でガタガタと震えるサムに吹きかける。

 サムはあの嵐の中で奇跡的に一命をとりとめ、軍船に拾われたのだった。


「執行船にエウレカ姫が密かに乗船し、嵐で海に投げ出されたなんて国民に広まってみろ。パニックじゃすまんぞ」

「はい、わたくしが必ず姫を探し出して」

「君一人で海に潜って探すのかね?」

「いえ……」

「この周辺の海流は全て森島に流れ着くようになっている。生存している可能性があるならば、森島を探索するべきだろう」

「で、では、わたくしを是非探索隊に!」

「…………」

「マルチノフ様」

「既に丸二日、いや三日か。例え生きていたとしても、あそこには魔獣が山ほどいる。魔獣だけではなく、島流しにあった犯罪者に見つかれば死よりむごいことをされているかもしれん」


 執行船に乗っていた犯罪者の中には殺人罪、強姦罪のものも複数いた。


「それに姫は魔獣の住まう土地で、ろくに食料を調達できんだろう」

「…………」

「魔獣に見つかっても、犯罪者に見つかっても、飢餓になってもダメだ。勿論森島にたどり着けず海に沈んだ可能性もある」

「ですので今すぐに捜索隊を!」

「…………サム第9副団長。この件をピエトロ・リーン・ペペルニッチ第二王子に連絡したところ、捜索は不要と解答がきた」

「は? それはどういう……」


 マルチノフはパチンと指を弾くと、船長室にカギがかかり防音の結界がはられる。


「政治的判断だよ。君もペペルニッチ皇帝の容態がよくないのは知っているだろう」

「は、はい、乳を虐げたせいで巨乳の天罰がくだったなどと言われていますが」

「ヴァーミリオン帝国軍としては、不謹慎ながらも次世代の皇帝のことを考えなければならん。現在後継者として最有力候補とされるマッシブ第一王子だが、彼は軍の縮小を考えてらっしゃる。我々としては非常に都合の悪い人物だ」

「は、はぁ……」

「それにひきかえピエトロ王子は軍事に積極的な考えをされている。我々もピエトロ王子に助けられたことは多い」

「マルチノフ様、話が見えません」

「つまりだ……姫の死亡責任をマッシブ王子にとってもらおうとしているのだ」

「なっ!?」


 マルチノフの言葉に、なぜ姫が船に忍び込めたのか、嵐になるとわかっていたのに港に引き返さなかったのか合点がいく。


「まさか姫が執行船に忍び込めたのは、意図的に警備に穴を?」

「陰謀論はやめたまえ。姫は自らの意思で執行船に乗り込み、不慮の事故で海に落ちた。全ては偶然だ」

「姫の死をマッシブ王子に押し付け、後継者争いから外そうと」

「言い方がよくない。姫の身辺警護を担当しているのはマッシブ王子直属の兵だ。彼らが目を離さなければ、姫は執行船に乗ることはなかった。だからその責任をマッシブ王子にとってもらうのは当然の事だ」


 サムは内心このでっぷりとしたマルチノフに(タヌキめ)と舌打ちする。


「マルチノフ様、本当に本国にこの状況は正しく伝わっているのですか? わたくしには姫が死ぬのを待っているようにしか思えません。それにわたくしを助けたこの船ですが、本来の航路を大きく逸れています。まるで執行船が”ちゃんと沈没するか”見に来たかのように」

「口を慎み給え。次はないぞ」

「……申し訳ありません」

「本来なら君に全責任をとってもらわなければならないのだぞ。しかし君の首一つでは姫の死は賄えん」

「もう完全に死んでいる扱いなのですね……」

「サム、組織にいてあまりまっすぐ生きるな。この件がうまく静まれば、君にはある程度のポストを設けてやる。それを受け入れられないなら……」


 わかるな? とマルチノフの鋭い眼光が突き刺さる。

 モンスターめ……サムは内心でそう呟いた。

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