第6話 AtoZ
「何があったらロードランナーをあそこまで怒らせられるんだか」
「ユ、ユーリさん!」
グロッキーだったシエルが回復して、惨状を見やる。
「盗賊達を殺したのですか……」
「ボクがスカルピアス開けてやった」
「彼らも話し合えば、きっとわかりあえたかもしれません」
死体に向かって手を組んで拝むシエル。
その様子を俺とプラムは見やる。
「ユーリ、あの子本当の悪人なんて、この世に存在しないと思ってるタイプだ」
「貴族は皆宗教やってるからな。多分相当育ちが良いところで生まれたんだろ」
「刃物振り回すバカに聖書持ち出しても無駄だよ」
「聖書盾にするか、聖書のカドで殴りかからないと自分が神の元に召されちまう」
悪党を改心させようとして、こっちが殺されたら意味がない。
俺は振り返り、血まみれのホルスタウロスたちを見やる。
あぁどの子も可愛いのに、傷だらけにしやがって。モヒカン許すまじ。
カバンの中から水薬を取り出して手当てしようと近づくと、彼女たちは後ずさった。
「どした?」
全員の目には怯えと恐怖が入り混じり、まるで俺が毒薬でも飲ませようとしているみたいだ。
「なぜ……助けたのですか?」
先頭の傷の酷いホルスタウロスが震える声で問う。
「まさか助けた意味を問われるとは思ってなかった」
「あなたは【ベヘモス】ではないのですか?」
「ベヘモスってなんだ? 俺たち今さっきここについたばかりで本当に何も知らないんだ」
「魔大陸の侵略者です。数年前から人間が、この島に悪い人を送ってくるようになりました。彼らは集まって街を作り、ベヘモスと名乗りました」
島流しにされた連中が、生き残って徒党を組んでやがるのか。
それがベヘモスってならず者集団で、あのモヒカン共ってわけだな。
「彼らはこの大陸を自分の物にするって言って、大規模な魔族狩りをはじめました。彼らに捕まったら最後、奴隷にされて殺されます。私たちはとても人間が恐い……あなたも魔族狩りに来たんじゃないのですか?」
この子らは本当に、なんで人間が自分たちを助けるのかわからないんだ。
それくらいこの魔大陸では、人間=略奪者という図式が成り立っていることを意味する。
俺には彼女たちを説得する手段がない。人間に酷い目にあわされている魔族たちに、俺は他の人間とは違うんですよと言っても通じないだろう。
「ユーリはあいつらとは違う!」
そう声を上げたのはプラムだった。
「ユーリは基本クズでカッコつけだけど、いい奴なんだ」
でかした、なんだかんだで付き合いの長い相棒。俺の良いところも悪いところも知り尽くしている。
魔族のお前の口から、俺という人間がどういうやつなのかを語ってくれ。
「ユーリはね……いい奴なんだよ!」
「…………」
「あとねあとね…………いいヤツなんだよ!」
それしか出てこないの!? 俺お前となんだかんだで付き合い10年ちかいのに。
プラムは目玉を右に左に動かして、めちゃくちゃ思考を巡らせる。
俺のいいとこそんなに考えないと出てこない?
「あ、あとね、爆乳モンスターがすっごく大好きで、ボクにいつも言ってるんだ。爆乳モンスターを集めたファーム作りてぇなって。できることならA~Zカップ、全部集めてみたいんだって」
「…………」
「
俺は無理やりプラムの口の両端を掴んで、むにーっと引き伸ばす。
「オイバカスライム。俺がいつ爆乳キングダムを作るなんて言った? 適当なこと言ってると、その半開きの口にヒノキの棒突っ込んで一生閉まらなくするぞ」
「ぼくうそいってない、ねごとでいってた、えーちゅーぜっと!」
「だとしてもこのタイミングで絶対言っちゃダメだろ!」
こちらのやりとりを見て呆気に取られているホルスタウロスたち。
こりゃダメだ、誤解は解けない。
「すまんな、全く信じられないと思うから薬だけ置いとくよ。一応君らを助けた理由は、ただ単純にかわいそうだったからだ。そこに人間だからとか、魔族がだからってのはない。目の前で殺されそうな人を助けるのは、わりと当たり前のことなんだよ」
俺は水薬だけを並べて置いて、その場を立ち去ることにした。
願わくば彼女たちがまた悪い奴らに捕まりませんように。
「ユーリさん……」
「帰ろう二人共、夜が来る前にキャンプを作りたい」
「おう……牛さんはもういいのか?」
「人間が近くにいたら恐がらせるだけだ」
「そっか……せっかくJ~Qぐらいまで一気に揃いそうだったのに――」
俺はプラムの口に転がっていたヒノキの棒を突っ込んでから、さっきキャンプしようとしていた位置にまで戻る。
草原にテントを張るのは危険だから、少し森側に設営しよう。
「助けてあげたのに、恐がられちゃったね」
「この島にいる魔族は、人間達に相当酷い目にあってると見るべきだろう」
逆を言うと、この場にいる人間は無条件で魔族から恨みを買っている。
俺ももしかしたら人間って理由だけで襲われるかもしれん。
「なんか魔王戦争の始まりみたいでやだね」
一般的には悪として勇者ペペルニッチに討たれたとされる魔王だが、果たして本当に魔王は悪だったのか?
実は人間が魔族を弾圧するために仕掛けた戦争なのではないか? と学者たちから噂されている。
あまりにも不自然な事が多い魔王戦争は、
「火のないところに煙はたたないか……」
◇
それからしばらくして日が沈みかけた頃。
皆で手分けして森から拾ってきた、木や葉っぱ、石などを広げる。
「よし、さっさとテント張っちまおう。プラムは焚火作ってくれ」
「木はあるが火はない。さっき草むらでチャッカヒトカゲ見たよ」
「あーじゃあ捕まえてくる」
俺は草むらでカサカサと動く真っ赤なトカゲを捕まえる。
チャッカヒトカゲ――
メラメラと燃える尻尾を持っているが、怒っているとき以外火の温度は低い。
原因不明の山火事が発生するときは、大体こいつらのせい。
わずか15センチの大きさで名前もトカゲだが、肺に火炎袋を持つことから火竜種にカテゴリーされる。
「ちょっとだけ火貸してくれよな」
俺は魔獣兵の鎖をチャッカヒトカゲに繋げて、薪に向かって火を放出させる。
焚火が出来上がり、取ってきた木の枝を火であぶって柔らかくしてからテントの骨組みを作っていく。
1時間ほどでテントは組みあがり、中に葉っぱのベッドを敷いてなんとか寝場所は完成。
「よーし家が出来た」
一応これで雨ぐらいは防げるだろう。
「ユーリ腹減ったよ」
「浜に戻って貝とかカニとかとりに行こうぜ」
「カレーガニいるかな?」
「海綺麗だしいるかもな」
「あ、あのカレーガニってなんでしょうか?」
シエルの言葉に俺とプラムは「嘘だろ、カレーガニ知らんの?」と顔を見合わせる。
「甲羅開けるとカレーが入ってるカニだぞ」
「美味しいよ。食べたことないの?」
「は、はい。なかなか自然のものを食べる機会がなくて」
「海水でちょっとしょっぱくて美味しいんだよね」
「怒らせてから鍋で煮ると、激辛カレーになるんだ」
「申し訳ありません、自分はそのカニの生態系が気になって仕方ないです」
晩飯の話をしながらテントの外に出ると、応急手当が終わったホルスタウロスの群れがキャンプ前にやってきていた。
皆困った表情を浮かべながら、何かを話したそうにタイミングを伺っている。
「あ~えっと……群れのリーダーっているのかな?」
「私がリーダーのクリムです」
さっき俺と話していた、気の弱そうなホルスタウロスがおずおずと手をあげる。
傷が少しマシになっているので、ポーションは使ってくれたようだ。
「あの、お薬ありがとうございました」
「いや気にしなくていい。拾いもんだからな。それでどうしたんだ? こんなところで群れでいるとまた襲われるぞ」
クリム達は皆困ったような泣きそうな顔をしながら、ペコリと頭を下げてきた。
「すみません。私達を爆乳ファームに入れてもらえないでしょうか?」
「「……マジ?」」
正気か? と眉を寄せた、俺とプラムの声がハモる。
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