第10話 セシリア

「にしても昼なのに暗すぎるよな。そりゃ幽霊も出て来るだろ」

「ボクはゴーストより木から毛虫が落ちてくる方が恐い」

「俺もこわい」


 俺は松明をかざし、プラムは頭にヒトカゲを乗せて森を進む。

 漆黒の森はまとわりつくような湿気があり、歩いていて不快指数は高い。

 時折ギャーギャーと恐いモンスターの鳴き声がなって、ビクッと肩をすくませること数回。

 周囲を警戒しながら歩いていると、突然プラムが大声を上げた。


「なんじゃこりゃ!」

「どうしたお化けいたか?」

「……バカでかい……カブトムシいる」


 どれどれ? と近づくと、木に子犬サイズの真っ赤なカブトムシと真っ青なクワガタがいる。

 種類はカブトが頭に大きい回転式のツノをつけたレッドドリルビートルで、クワガタはハサミ型のツノの内刃が稼働するチェーンソーブルービートルだった。


「うぉお、鋼虫!」

「なにそれ?」

「全身が鋼みたいにかたい殻で覆われた虫で、カブトは岩にでも穴開けられるし、クワガタは巨木でもスパスパ切れる。外見がカッコイイから子供たちに大人気」

「超凄いじゃん。襲ってこないの?」

「外敵から身を守る以外は温厚だって聞く。餌付けして連れて帰ろう」


 俺たちは樹液で餌付けしようと試みるが、カブトとクワガタはぴくりとも動かない。


「なにこれ死んでんじゃないの?」

「死んだらひっくり返るだろ……多分」


 ん~? と首を傾げつつ、じっとしている鋼虫を近くで観察してみると、体の隙間に無数の赤い斑点が見えた。


「なんだこれ?」


 斑点をこすってみると、ゴマのようにポロポロと落ちる。


「ユーリ、この点々動いてるぞ」

「なに?」


 よくよく観察してみると、そのゴマみたいな赤い斑点が小さく蠢いているのがわかる。


「赤ゴマアブラムシだ……」

「なにそれ」

「普通は花とか木にくっつく害虫なんだけど、大型の虫に寄生してその体を食べることもある」

「えっ、こわっ」

「虫に寄生する白アリみたいなもんだな」

「カブトムシ死んじゃうのか?」

「いや、まだ表面の鋼殻こうかくが食い破られてないから手遅れじゃねぇ。プラム急いで牛乳と、こいつらを入れられるくらいでかい箱を持ってきてくれ」

「わかった」


 しばらくして、プラムが牛乳と木製の急遽作ったであろう箱を持ってきた。


「どうすんのこれ?」

「牛乳をこいつらの体が全部埋まるくらい箱の中にいれ、その後カブトとクワガタをこの中につける」


 俺は箱の中に、動きの悪いカブトとクワガタを入れ、窒息しないように牛乳を注ぐ。


「牛乳風呂入ってるみたいだね」


 すると、二匹の体からぶわっと赤ゴマアブラムシが出てきた。


「おぉ……」

「牛乳の膜がアブラムシを窒息させて殺す。10分もつけてれば多分全部死ぬ」

「凄いぞユーリ、虫の先生みたいだ」


 10分後——


 カブトとクワガタの牛乳を水で流すと、斑点は全て取れた。

 二匹はブブブっと羽を羽ばたかせ、木々の間を飛び回る。


「元気になったな……ってほっこりしてる場合じゃなかった。おーいお前らー俺の仲間になれー!」


 俺たちは網を持ってカブトムシを捕まえる。

 二匹は大人しいもので、特に反抗することもなくあっさり命令を聞いてくれるようになった。

 魔獣兵の鎖をつなぐと、カブトとクワガタの意志が流れ込んできた。


【(人間よ感謝して力を貸してあげるわ!)】

【(でも勘違いしないで、別にあんたの為に力を貸すわけじゃないんだから!)】


「なんか言ってるの?」

「よくわかんねぇけど、多分ありがとうって。あと仲間になってくれるって」


 この鋼虫メスなのかな、すごくツンデレ臭がするんだが。


「おぉ、よかったじゃん」

「こいつら使ったらファームづくり早くなるかもな」

「カブトムシでほんとに木切れるの? アブラムシに負けかけてたけど」

「見とけ、チェーンソービートル、ハサミギロチンだ!」


 俺はチェーンソービートルに、近くの木を切れと命令してみる。

 青の鋼虫こうちゅうは自慢のハサミで木を挟み込むと、チュィィィンと音をたてて幹を切断してみせた。


「すげぇ、かっけぇ!」

「ドリルビートル、つのドリルだ!」


 ドリルビートルは、真紅の角を高速回転させ、人間よりデカイ岩石を粉砕していく。


「こっちもすげぇ!」


 一撃必殺の威力に、プラムがテンション上がって飛び跳ねていると、不意に俺たちの耳に何かが聞こえた。 


【出ていきなさい……森を荒らす蛮族よ】


 突如ぞわっとするような女の声が森の中に響いた。


「うぉ、なにこの声」


【ここはあなた達の来る場所ではありません。今すぐ出ていきなさい】


「バニラの言ってたゴーストか?」

「かもね」


 辺りを見渡すと、ボワっと黄色い光を放つ玉が現れた。


「人だまだ」

「ウィスプじゃないのか?」


【これ以上木を伐り自然を犯すのであれば、あなたたちに災いがふりかかるでしょう。さぁ、今すぐ立ち去るのですゴー・トゥ・ホーム】


 なんかこの幽霊あんまり恐くないな。 ボワワっと目の前をふらつく光。


【あまりてこずらせると、わたしはあなたの頭をハンマーでカチ割って、脳みそをパクパクしないといけません】


 随分パワー系の霊だな。もうちょっと幽霊らしい殺し方をしてほしい。


「まずいユーリ、脳みそパクパクされる!」

「お前のどこに脳みそがあるんだ」

「あぁ、ボク脳なかったわ」


 慌てたり冷静になったりするプラムをよそに、俺はその光をわしづかんだ。


【ギャアッ! 離しなさい! この無礼者!】


 俺が光の中鷲掴んだのは、体長20センチほどの羽の生えた人間。

 鮮やかな花ビラと葉っぱで作られたドレスを纏い、背中からは透き通る四枚羽がのびる。

 ピンクの髪にブルーの瞳をした、動くお人形のような少女は、プンスカと手の中で暴れている。

 どうやらこれが幽霊の正体らしい。


「なにこれ」

「フェアリーだな。俺も初めて見た」

「離して! 離してください! この無礼者! 死ね! 原始人! 家族全員不幸になれ!」


 口悪いやっちゃな。


「お前はなんだ?」

「見ての通り可愛いフェアリーです!」

「いや、確かに見た目は可愛いが」

「わたしは花の妖精セシリア、妖精国の姫です。離しなさい無礼者!」

「妖精の姫が、こんなところで一人フラフラしてるかよ」

「うぐ、それはいろいろわけありで……」

「どうすんのそれ? 殺す?」


 プラムが頭にドリルビートルを乗せて、セシリアに近づいていく。


「やめてやめてください! わたし悪い妖精じゃないんです! 食べないで!」

「食べないよ、串刺しにして鳥の餌にするけど」

「いやあああやめてえええ!」


 チュイーンと音をたててドリルビートルを近づける悪魔みたいなプラムと、情けない悲鳴を上げるセシリア。

 なんとか落ち着かせて話を聞くと、ここに来る人間が悪さばっかりするから追い返してやろうとしたらしい。


「うぐ、あなた達人間がここに来るようになって、森は荒らすし、仲間は捕まえるし最悪です。罪深き人間はすべからく滅ぶべき存在なんです」

「そりゃ申し訳ないが、俺たちここに流れ着いたばっかりだからな」

「別に悪いことしてないし」

「しました! 木をたくさん切り倒しました! 見てください、この痛ましい木を!」


 セシリアはチェーンソークワガタが切り倒した木を指さして怒っている。

 彼女はふわふわと飛びながらその切り株に何か魔法をかけると、年輪のちょうど真ん中にぴょこっと芽が出る。


「緑の神ティターニアよ、われの魔力を依り代に生命を今一度復元させたり!」


 呪文を唱えると、芽が大きくなりピンク色の花がパッと咲いた。


「おぉ花が咲いた」

「ハァハァハァハァ、限界です。わたしの全生命力を使いました」

「花一本生やすのに命賭けすぎだろ。まぁ悪かったとは思ってるけど、俺たちも家作るのに木が必要なんだ。無暗に切り倒したりしないから許してくれ」

「ダメダメダメ! 絶対ダメ! 許さないです!」

「めっちゃ拒否するやん……。でもよ、そんだけ木を大事にしろって言うけど、管理ちゃんとやってんのか?」

「えっ? なんですか管理って」


 俺はその辺の木を指さす。枝は茶色く枯れており、葉全体が元気なくしおれている。

 この木だけでなく、ほぼ全ての木がしなっと垂れ下がっていて、お世辞にも美しい森とは言えない。


「おまけに」


 俺は地面を指さす。落ち葉だらけの地面には、ヒルやおおなめくじ、コバエ、アブラムシなどがうじゃうじゃといる。


「ひっ、キモイです。なんでこんなことに……」

「木が生えすぎなんだよ。葉っぱが生い茂りすぎて日光がほとんど地面に届いてない。だから雨の後いつまでもぬかるんで、草や花が腐っていく。腐葉土が増えると、それが好きなダニやハエ、ムカデが沸く。それら不衛生害虫を放置すると、やがて木が病気にかかる」


 俺は見ろと、木の根元を指さす。根は白く変色して枯れており、明らかになんらかの病気にかかっていることがわかる。


「このままだと病気が他の木にも移る」

「どうしたらいいんですか……これ」

「密植になってる木を間引いて、日光を入れて、地面を乾かさないとダメだ。このままだとこの周囲の木は腐り落ちる。ほら、お前の咲かせた花だって」


 セシリアが切り株に咲かせた花は、日光を浴びることができず、花弁がうなだれるように下を向いている。


「森を禿げさせる気は全くない。森が快適になるように木切っちゃダメか?」

「切った木は、ちゃんとボクらが利用して無駄なくするから」


 そう聞くとセシリアは眉をハの字にして、コクリと頷いた。


「よし、ドリルビートル! チェーンソービートル!」

【【別にあんたの為に切るんじゃないんだから!】】


 命令を出すと、二匹の鋼虫が邪魔な木を切り倒していく。

 すると薄暗かった森の中に光が差し、切り株に咲いた花が明るいピンク色に照らされる。

 垂れ下がった花弁が、日の光を浴びるためにゆっくりと上を向いていく。


「お花さんピカピカしてますね……」

「この方が花も気持ちいいだろ。俺たちはこの木を利用させてもらって、環境は循環してる」

「…………あの、家を作ってるんですか?」

「そうだよ。ボクらこの近くに牧場建ててる」


 俺は悪いモヒカン達に襲われていたホルスタウロスを助け、家をなくしてしまった皆の為に巨大ファームを作ろうとしていることを伝える。


「へー……ちょっと見に行っていいですか?」

「いいけど、お前姫なんだったら一人でフラフラしてちゃダメだろ。ちゃんと家帰んないと」

「いや、あの、それは大丈夫ではないけど大丈夫というか……なんと言いますか」


 ばつが悪そうに口ごもるので、何を隠しているのかを吐かせることにした。

 事情を聞くと――


「迷子!? 森の妖精なのに!?」

「花の妖精です! 二度と間違えないで下さい!」

「そんなもんどっちでもええわ。人脅かしてるうちに迷子になったとか、バカじゃん」

「バカって言わないでください! だから言いたくなかったのに」

「はぁ……まぁ迷子なら仕方ないか。じゃあ俺ら帰るから」


 俺は役立たずかわいそうな妖精とわかれることにした。


「待って! わたしフェアリーですよ! 役に立ちますよ!」

「いや、迷子の妖精なんか連れて帰ってどうすんだ」

「じゃーね」

「あ、あのわたし役に立ちますよ。ほら見て、明りになりますし。……一人にしないで、ねぇ! 無視しないで!」


 セシリアが勝手に仲間に加わったついてきた

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