第11話 ゴブリンの巣穴 前編

 幽霊事件が解決し、俺たちはキャンプへと戻るとバニラがトコトコと駆けてきた。


「幽霊……いた?」

「おぉいたぞ」


 そう言うとビクッとして肩をすくめるバニラ。子供脅かしてるみたいで可愛い。


「これだ」


 俺の後ろから、セシリアが顔を出す。

 フェアリー族を初めてみたバニラは「おぉ」と口を丸くする。


「コイツがずっと森に入った奴を脅かしてたらしい」

「むむ」

「ふ、ふん、言っておきますがわたし謝りませんから。あなたたち蛮族が——」


 言い切る前にバニラはセシリアをわしづかみして、目を輝かせる。


「カワイイ」

「ちょ、ちょっと離してください! わたしこれでも妖精界の姫なんですよ! もっと丁寧に扱って、できるなら甘やかしてください!」

「おー気に入ったかバニラ。それをやろう」

「……ありがと」

「ちょっと子供へのプレゼントみたいに言わないでください! わたしはお人形さんじゃありませ——」

「はむ」


 再び言い切る前に、バニラがセシリアの頭を口に入れる。


「ギャアアアアアアア!!」

「あーバニラ、生で食べると危ないぞ」

「む?」


 セシリアはなんとかバニラの口を持ち上げてはいでてきた。


「なにしてるんですかあなた! こんな可愛い妖精さんを食べちゃうなんて、どんな教育受けたらこんなことになるんです!」


 怒涛の勢いで怒るセシリアにしょぼんとするバニラ。


「まぁまぁ、バニラはこう見えて心が幼いんだよ」

「嘘つかないでください! こんなボインボインお化けのくせに、そんなわけ、キャアアア!!」


 再び頭をかじられるセシリア。


「バニラ、食べるなら火通さないとな」

「む?」


 バニラはよだれでべったべたになったセシリアを解放する。


「最悪です最悪です! なんなんですかこの人たち! わたしが食べちゃいたくなるくらい可愛い妖精だってことは認めますが、本当に食べちゃうなんてありえないです!」

「子供が玩具を口に入れちゃうみたいな感じなんだ。許してあげよう」

「玩具扱いしないでください! 許すかどうかはわたしが決めます! わたしは許しませんから!」


 よー喋る羽虫だ。

 その後、セシリアを気に入るバニラと、バニラから逃げ続けるもすぐに捕まってしまうセシリアの図がしばらく続く。



 翌日――

 鋼虫のおかげで、順調にファーム建築を続ける中、とうとうセシリアがキレた。


「もういい加減にしてください。一緒にお風呂入ったり、添い寝してその乳で押しつぶしたり、お人形さんの真似させたりするの!」

「まぁまぁセシリー、そう怒らんと」


 俺がなだめるも、うがーっとキレ出すセシリア。今回は本当に怒っているようだ。

 正確にはいつも本当に怒ってるが、相手してないだけだった。


「モォ」

「もーじゃありません、もーじゃ! もー知りません!」


 ぴゅーっと森の中へ飛んで行ってしまうセシリア。


「カンカンだな」

「バニラちゃん、ちゃんとセシリアちゃんに謝りなさい」

「モォ……」


 クリムに諭され、バニラも悲し気な表情を浮かべる。

 その後、夕方になってもセシリアはキャンプに帰ってこなかった。


「セシリー帰ってこんねー。妖精の国に帰ったのかな?」


 頭にドリルビートルを乗せたプラムが、木材を加工しながら森の方を見やる。


「んー……駄妖精もだが、バニラも気になるな」


 チェーンソービートルを手に持ったバニラは、じっと森の中を見つめており、セシリアの帰りを待ち続けている。

 完全に心ここにあらずと言った感じで、謝罪するタイミングを逃してしまったみたいだ。


「モォ……」



 落ち込むバニラの様子を、木陰から見つめるセシリアの姿があった。


「たーんと反省するまでわたしは許しませんからね。……そうだ、ウフフいいこと思いついちゃいました♪」



 その日の晩、結局セシリアは帰ってこず。バニラは寂しそうにしていた。


「腹減ったら帰って来るかなと思ったが、そうでもなかったか」

「ほんとに妖精の国に帰ったのかもね」


 プラムと話しつつ、帰ってしまったものを無理に連れ戻すのも悪いので、様子見をするしかなかった。

 問題が起きたのは、皆が寝静まったその日の深夜だった。


「起きて起きて! 早く起きてください!」

「あぁん? なんだ?」


 目を覚ますと、そこにはドアップで映るセシリアの顔があった。


「うわ、花の化け物」

「化け物じゃありません! いいから早く起きてください、大変なんです!」

「なんだ、お前帰ったんじゃなかったのか?」


 一体何があったのか、セシリアの顔は必死で今にも泣きそうだ。


「いなくなっちゃったんです!」

「なにが?」

「牛さんがです!」

「牛? あぁバニラか」

「森の中でいなくなっちゃって、わたしが呼んだらもうそこいはいなくて、大変大変なんです!」

「落ち着け、わけがわからんから順を追って話せ」


 セシリアの話を聞くと、彼女はバニラを懲らしめてやろうと、謝りたかったら森の中に来いと呼び出したらしい。

 セシリアはそのまま待ちぼうけさせて恐がらせてやろうと、10分くらい放置してから見に行くと、呼び出した場所にバニラの姿はなく何かを引きずった痕跡だけが残っていたのだと言う。


「バカ野郎、夜の森に呼び出すとか殺しにかかってるのと一緒だぞ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 俺は飛び起きてテントの外に出る。


「プラム!」


 さっきまで俺の腹の上で寝ていたはずのプラムは、別のテントからもぞもぞと顔を出した。 


「おっユーリ丁度いいとこに」

「なんだ、こっちもトラブルが起きてる」

「クリムがバニラが帰ってこないって、探しに行ったきり帰ってこない。それを聞いたシエルが探しに出てシエルも帰ってこない」


 うわ、二次遭難と三次遭難が発生している……。いや、娘が帰ってこなかったら母親は探しに行く。当たり前のことだ。シエルは先に俺たちに相談してほしかったが。


「俺ちょっと探してくる」

「ボクも行く」

「いや、バニラたちを攫ったのが誰かわからん。もしかしたらモヒカン共が、俺たちをキャンプから遠ざけようとしてるのかもしれん。お前はここを守ってろ」

「うむ、なんかあったらメス声悲鳴上げろよ」

「男の子としてそれは避けたい」

「あ、あのわたしは」

「セシリアも残れ」


 俺は直剣を腰に差し、松明片手に暗闇の森へと入る。

 セシリアが呼び出したという場所に向かうと、ぬかるんだ地面に何かを引きずった跡がある。この大きさからして、バニラで間違いないだろう。

 引きずり跡を追いかけてみると、嫌なものを見つけた。大量の小人の足跡。十中八九ゴブリンだ。


 ゴブリンは別名狡猾な小鬼と呼ばれ、フィジカルは人間の子供と大差ないレベルで、武器を持った大人なら容易に討伐することはできる。しかし集団戦法を得意としており、群れの中で囮を使用するなど頭がキレる。

 性格は残忍で命を奪うことに躊躇がなく、雑食性で家畜だろうが人間だろうがなんでも食べる。また誰とでも繁殖するため、多種族のメスを巣穴に拉致して苗床にする習性がある。

 ホルスタウロスのようなメスは、奴らにとって大好物であることは間違いないだろう。

 バニラとクリムは苗床、シエルは食料として連れ去られた可能性が高い。

 三人を捜索してしばらくして、おあつらえ向きな小さな洞窟を発見する。


「何かを引きずった跡が三つ……」


 俺は洞窟の中へ入っていくと、凄まじい腐乱臭に鼻をつまんだ。

 奴らは食べたものの後始末をせず、臭いによってここが自分たちの縄張りであると主張する。


 俺はオレンジに揺れる松明を片手にゆっくりと中へ進む。

 下り坂になっている洞窟を下りていくと、カランと足元で音がして視線を下に向けると、白骨化した頭蓋骨が転がっていた。

 一瞬バニラかクリムの骨かと思ってしまったが、そのわきに遺留品らしき、折れた剣と砕けた盾が転がっている。

 どうやら魔大陸にやってきた冒険者の亡骸らしい。


「安心してる場合じゃねぇな」


 恐らく巣の規模からして、ゴブリンの数は30~50匹程度のはず。

 骨や腐肉の転がる洞窟を進むと、ゴブリンが蠢く足音が聞こえ、気配が濃厚になってきた。

 物音をたてないよう静かに歩くと、少し開けた場所に出た。

 食料庫と思われるその場に、骨を口に嚙まされ、体を縛られたバニラとクリム、シエルの三人を見つける。

 すぐに助けようと思ったが、三人は涙目になりながら首を振っている。

 俺はその態度を不審に思い、頭上を見上げる。すると暗闇の中、無数の赤い瞳が見えた。


「ゲゲゲッ」

「ゲゲッ」


 天井に張り付きながら、不気味なうめき声を漏らすゴブリン達。その数ざっと30を超える。

 もし不用意に助けに行ったら、ゴブリンシャワーが降ってきて撲殺されていたことだろう。


「不意打ちを受けなかったからと言ってどうにかなる数じゃないけどな」


 ゴブリンはバレたかと言わんばかりに天井からボタボタ落ちてくると、俺を取り囲んだ。


「ゲゲゲ」

「なぁお前ら、そこの三人を返したら命は助けてやらんこともないが」

「ゲゲゲゲ?」


 セシリアみたいなことを言ってみるが、低知能な為人語を理解しないのもこいつらの面倒なところだ。

 ゆえにゴブリンと出会うと殺し合い以外に解決策がない。


「メス声あげてプラムに助けにきてもらうか」


 いや、どのみち今から呼び出したところで、こいつらは俺を逃さないだろう。

 前かがみになって今にも飛びかかってきそうなゴブリン。

 交渉の余地はない。

 俺は腰からシャンと音を鳴らし直剣を引き抜いた。

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