第85話 グール

「なぁコウモリ、コウモリって言いにくいから名前教えてくれよ。悪魔って名前ある奴多いだろ?」

「よかろう怠惰なる人の子よ。余の名はバエル、高貴なる夜魔の王。夜を統べし美しき悪魔」

「バエルって確か夜島の魔将の名前じゃなかったか?」

「なっちゃんが言ってた奴だよね、でも殺されたんじゃなかったの?」

「余は魔王戦争後も生きていた。しかし部下である悪魔に裏切られ、余の肉体は城の地下に幽閉されている。今喋っているこの体は本体の一部を使い魔化して、城から逃げさせたのだ」


 話を聞くに、バエルの座を狙っていたリッチとかいう悪魔に弱っているところを捕縛され、現在身動き取れない状態らしい。

 腹心に裏切られるというのは、人間界でも割とよく聞く話だな。

 それのせいで悪魔城はカジノ城に改造されちまったってことか。


「余は必ず奴を処し城を取り戻す。悪魔の復讐美を見せてやろう」


 復讐美というのはよくわからないが、コウモリから絶対に許さんとビリビリとした殺気を感じる。

 まだこいつが本物の夜島の魔将かどうかは半信半疑だが、この威圧感はそう出せるものじゃない、本物の可能性は充分あると思う。


「人間、余と契り力を寄越せ」

「契るって具体的に何するんだよ」

「余に生涯を捧げ、魔力供給源となるのだ」

「一生頭にストロー突きさされたE缶なんて絶対嫌だよ。なんのメリットがあるんだそれは」

「至高の美である余の傍にいられる。本来ならば美しくない人間ケモノ風情が、余に話しかけることはおろか見ることも許されぬ。その罪を一生許されるのだ、余が椅子を欲したら椅子になり、喉が渇けば血を差し出せ」


 なんだその奴隷契約。

 傲慢不遜。本当に自分が頂点だと思ってないとこんなセリフ出てこないだろうな。

 しかもこいつ美醜で物事を計っている節があるし、ブスのことをブス罪だとか言いそう。

 あれ、そういや人間界にも爆乳嫌いな王がいたな。


「却下だ、全く契約する気がおきない」

『そなた、先程女を求めたな?』

「女というか、まぁムチムチボインちゃんを求めるのは男なら誰しもだと思うが」

『余が地位を取り戻した暁に、悪魔の嫁をやろう』

「悪魔の嫁?」

『余の配下には美しいものしかおかぬ。その中から好きな者をそなたにくれてやろう』

「す、好きなもの……」


 俺の頭の中にボインなサキュバスが浮かぶ。

 悪魔と言えば天使に並ぶ美しさを持つと聞く。母性愛に満ちた光の天使と、男を組み敷くドS系闇の悪魔。その好みは人間界でも派閥に分かれ、日夜激しい戦いが行われているという。それが嫁になるってことか……。


『肉厚なものが好きなのだろう? 余の配下の中に、そなたが好みそうなものがいる』

「本当か?」

『ああ、バスト200』

「200!? いきなり天元突破!?」


 オイオイホルスタウロス達の110、120で目玉飛び出してた俺がバカみたいじゃないか。悪魔すげぇな!


『ウェスト200、ヒップ200』

「ドラム缶じゃねぇか」

『とても美しい筋肉をしたデビルオーガ女子だ』

「それはもう女子とは言えないのよ。オーガ姐さんなのよ」

『彼女なら貴様を激しく抱きしめてくれるだろう』

「抱かれた瞬間粉砕骨折しそうなので結構です」

『では虹色の皮膚を持つ、レインボーワームはどうだ? ムチムチとしてさわり心地がよいぞ』

「完全にムチムチにおける解釈違いが発生してるな」


 バエルはポンと部下図鑑と書かれた本を作り出すと、俺に差し出す。

 中をパラパラ開いてみると、蛇やら目玉ゲイザーやら首なし騎士デュラハンやら、到底嫁にできるものではない写真が並ぶ。こいつらが合コンで来たら速攻で帰る自信がある。

 恐らくだがバエルの美意識は身体的一部に向けられることが多く、特定の部位、筋肉や皮膚、目などが美しいだけでそれは美しいと認識されるようだ。

 つまり全体を見ておらず、こいつの言う美しいは全くアテにならない!


「そんなこったろうと思った。嫁はいらんよ」

『そなた面食いだな』

「普通のエロい女の子を求めてるだけだ」

「なぁユーリ、このバエルンが夜島の魔将に戻ったら借金チャラじゃないか?」

「……確かに。今借金作り出してるのってリッチだろ。つまりそいつを倒せば魔将は元通り、悪徳カジノは消える」

『どういうことだ?』


 俺はかくかくしかじかでと、俺たちがここに来た経緯を伝える。


『なるほど、リッチめ。昔から金に汚い奴だったが、今はそのようなことを……』

「バエルを助けたら、その件なんとかしてくれないか?」

『ふむ……』


 バエルが考え込むと、突如森の中に『ぐわー!』と野太い悲鳴が聞こえてきた。


「ユーリ悲鳴だ!」

「廃村の方からだ。行くぞ!」


 俺はプラムを頭に乗せ、サメちゃんとサスケを両足にくっつけ、走って廃村へと戻ってきた。

 するとちょうどモーガンが、背の高い剣士と背の低い盾持ちの新人らしき冒険者二人を連れて、ひぃひぃ言いながら俺たちのもとへと走ってくる。


「おい、どうしたんだ!?」

「いきなり家の中から強いゾンビが出てきたんだ!」

「強いゾンビ?」

「あいつ剣で切っても魔法で焼いても死なねぇ!」


 まぁゾンビだから正確には死んでるんだが。


「はぁはぁはぁ、モーガンさんオレもう限界っす」

「おでも」


 冒険者二人が膝をつくと、崩れかかった家の屋根から、女が四足で飛び降りてくる。

 長くボサボサの髪に、青白い肌、破れたボロボロの服から赤く発光する心臓部が見える。女は獣みたいな動きでピョンピョンと飛び回り、モーガンの後を追ってくるのだ。

 

「ひぃ、なんで俺様についてくるんだ!?」

「多分一番ムカつく奴を追ってきたんじゃない?」


 プラムが適当なことを言うが、あながち間違いとも言い切れない。

 動きが速すぎる、明らかに異質なゾンビを見て、バエルが解説を入れてくれる。


『あれはゾンビではなくグールだ。吸血鬼に噛まれた人間で、食欲のために生者を襲う。ゾンビより頑強で痛覚がない上、脳内のリミッターが外れていて力は生前の十倍を超えるぞ。ゾンビにはない特徴的な魔核が心臓にあるだろう、あれを壊すと良いが硬い被膜で覆われてて生半可な攻撃だと通らぬ』

「「へーなるほど」」

「冷静に解説聞いてる場合か!」


 為になるなぁと頷く俺たちに怒鳴るモーガン。

 女は赤い瞳を光らせ、重力を無視するかのような跳躍で飛びかかってきた。

 モーガンはなんとか剣で突進を受けるも、パワー負けして地面に組み伏せられてしまう。


「グオオオオオオオ!! オマエノォォニククワセロォ!!」


 女は人間とは思えない獣の雄叫びを上げ、首筋に噛みつこうとする。


「ぐわあああ、ワッツ、ベン助けてくれ! こいつを弾き飛ばすんだ!」

「モーガンさんを離すんだな!」

「うおおおやめるっす!」


 凸凹コンビはゾンビに体当りする。グールは吹っ飛びながら受け身を取り、今度はターゲットを剣士の青年に変えて飛びかかってきた。


「グオオオオオオ!!」

「うわああああ助けて、助けてくださいモーガンさん!」

「お前は立派に戦ったと家族には伝えておいてやる」

「死にたくないっす、死にたくないっす!」


 死ぬほど諦めが早いモーガンは、泣きじゃくるベンを見捨ててすたこらと逃げ去っていく。

 あいつ本当に最低だな!


「プラム助けるぞ、水弾だ心臓を狙え!」

「ぶぶぶぶぶ!!」


 プラムの水弾が連続発射されるが、心臓部は本当に硬く弾が通らない。

 俺はワッツから盾を借りてグールにタックルを入れて吹き飛ばす。


「うおおぉぉ!!」


 なんとか吹っ飛んでくれたが、これ細身の女だからなんとかなったが、巨漢の男だと助けることすらできないぞ。


「ありがとうっす、ありがとうっす!」

「いいから下がれ!」

「は、はいっす!」


 失禁していたベンはワッツと共に後方へと下がる。

 グールは次の獲物を求めて市長のガードたちに襲いかかり、周囲は鮮血で染まる。


「ぐあっ!」

「ぎゃああ!!」


 誰もその野獣のような動きに追いつけず、たった一匹に十人くらい食い殺されている。


「あわわわ、ユーリ地面からゾンビも出てきたぞ!」

「なに!?」


 グールだけでなく、地面から腐った手が伸び、ゾンビ共がゆっくりと地中から這いずってくる。出そうな雰囲気だったがやっぱり出たか。恐らく血の臭いで眠りが覚めたな。

 それだけでなく喉を噛まれた冒険者が、起き上がってフラフラと歩いてくる。

 白目をむき、首が今にも落ちそうにも関わらず、さきほどまで仲間だったガードに襲いかかっている。

 廃村のいたるところから現れるゾンビとグールの数は50を越えようとしていた。


「手厚い歓迎だなオイ!」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏っす」

「なむあみだぶつなんだなぁ」

「俺の後ろで念仏唱えるのやめろ!」


 もうお終いだぁと抱き合うワッツとベン。

 不死属性特有の高耐久物量攻め。このゾンビ波に対抗できないと一気に壊滅する。


「ユーリ数が多すぎる!」


 考えろ、プラムの水弾で一匹一匹倒してる暇はない。

 なら

 俺はプラムに鎖を接続する。


「プラム、魔力を回す。大水流アクアジェット行くぞ」

「よし任せろ、鉄砲水で村ごと全部ふっ飛ばしてやるぞ」

「いや、それだと仲間が全滅する。全員に水をぶっかけるくらいで手加減するんだ」

「むむ? わかった」


 プラムが口から大量の水を吐き出し洪水を起こすと、村を水没……とまではいかないものの水浸しにする。


「全員生き残りたかったら水から離れて何かに乗れ! 木や家、何でもいいからとにかく水から離れろ!!」


 俺が叫ぶと、ガード達はわけがわからないと困惑しながらも濡れた地面から離れ、皆建築物の上へと避難する。

 俺はプラムの鎖を今度はサスケへと付け替え、魔力を送り込む。するとモコモコの毛からバチバチと電流が迸る。


「サスケ、雷遁散打嵐さんだあの術」

「ウキ」


 サスケは青い電気が走る手先を、水たまりにチャプっとつける。

 すると水浸しになった村中に青い光が走り、ゾンビたちを感電させていく。

 真っ黒に焦げたゾンビたちは、体から黒い煙を登らせながらパタパタと倒れていった。

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