第84話 契約書はよく確認しろ


 ユーリ達が見回りにいった後、モーガンも他の護衛と共に廃村の警戒を行っていた。

 彼の両脇にいるのは経験の浅いDランクの冒険者たち二人。

 太っちょで背が低く両手に盾を持ったシールダーのワッツと、痩せ身で背が高く全身革鎧装備の剣士ベンだ。

 両者共に田舎を出て一流の冒険者を目指す凸凹コンビで、実績を欲してこの島に来たが、すでに後悔していた。


「な、なんかやばそうな村っすね、モーガンさん」

「この程度でビビるな。魔王戦争はもっと悲惨でやばかった」

「さすが戦争経験者は違うんだな」

「俺様は(元)Bランクだからな。ギルド連盟からは実質Aランク(自称)と呼ばれていた」

「凄いっす!」


 若者二人に羨望の目を向けられ、鼻高くなるモーガン。

 しかし彼が魔王戦争に参戦したときは、すでに勝敗が決しており敗走する魔族を面白半分で攻撃していただけである。


「どこに不死者が潜んでいるかわからん。奴らは音に敏感だ、どんなときも静かにしていろ」

「はいっす!」

「はいなんだな」


 その時地中からボコっと腐った手がのび、モーガンの足首を掴んだ。


「ぐわーーーー!!」


 どんなときも静かにしろと言った直後に盛大な悲鳴を上げるモーガン。


「ど、どうしました敵っすか!?」

「何か地面にいるぞ!」


 全員が大慌てでその場から飛び退くと、地中から泥の塊のような男が這い出てきた。

 腐乱臭の漂うそれはゾンビと呼ばれる不死の怪物。不気味なうめき声を上げながら緩慢な動きで手を伸ばしてくる。


「ぞ、ゾンビっす! ワッツ盾を、早く!」

「せかさないでほしいんだな!」

「大丈夫だ若人よ、凶悪なモンスターだが俺様の手にかかれば。どりゃああああああ!!」


 モーガンはまごつく新人たちの前に出て、鉄の剣をゾンビの右肩から左横腹にかけてズバッと切り払う。


「おぉぉぉ……」


 ゾンビは小さくうめきをあげながら仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。


「ふぅ、危険な怪物だった。恐らくギルド指定危険種ハンドブックモンスターA級くらいあっただろうな」

「A級!? このゾンビはドラゴンクラスだったんすか!?」

「気をつけろここは魔大陸だ、そんなモンスターがウジャウジャしている」

「「は、はい!」」


 明らかにそんな危険度はないのだが、二人の新人は完全にブラフを信じ込まされていた。

 モーガンは自分より弱いモンスターを見抜くのが得意であり、弱いモンスターを強そうに見せるのも得意であった。


「あっモーガンさん、あれを見て下さい!」


 ワッツが真っ暗な空を指差すと、そこにはフラフラと飛行するコウモリの姿があった。

 青紫の珍しい色をしたコウモリはモーガンの前に降りてくると、人語を介して語りかけてきた。


『余は漆黒の夜を統べし闇の王……貴様の命を余に捧げることで、無限の時間を与えよう。美の欠片もない愚かな人間ケモノごときが、余と直接契れることを感謝し、一生の服従を誓え。さぁケモノよ、貴様の血を見せろ。そして余と契約をするのだ』


 コウモリは中空に契約書を作り出すと、モーガンに差し出す。


「なんだこの中二病コウモリ?」

「触るな、このコウモリは恐らく魔王の化身と呼ばれし災厄の魔物。このモーガン様が成敗してくれる!」


 鉄の剣で斬りかかると、コウモリは慌てて上空へと逃げる。


『待て愚かなる人間ケモノ、余と契約することは余の眷属となるということ。夜魔の真祖たる余の一族に加われる名誉、そして人を超えた生き物になれる意味。それは魂の救済、力こそパワー』

「黙れ悪魔の手先め! 何が力こそパワーだ!」

「「そうだそうだ、わけわかんないこと言うな!」」


 振り回された鉄の剣が翼に当たり、コウモリはふらつきながら逃げていく。


「くっ、逃したか。ああやって耳触りの良いことを言って人間を騙そうとする悪魔がいる。君たちは絶対に惑わされないよう俺様だけを信じるように」

「「はいっ!」」


 新人たちはどちらがペテン師か気づいていなかった。



 その頃、廃村近くの森では――


「しゃ、しゃ」

「ウキウキ」

「クケクケ」


 見回りに飽きてきたのか、我がゆるキャラアニマルズがひっきりなしに騒いでる。


「ユーリ、皆お腹すいたって。ボクは別にいいんだけど、皆がどうしてもって言ってるし何か食べた方がいいよ。ボクは良いんだけどね」

「いやらしい言い方するなよ、お前も腹減ってるんだろ」


 本当は早く帰ったほうがいいんだが、帰るとカジノ城へ移動開始しそうだしな。

 このへんでささっと何か食っていくことにしよう。

 俺はサボってるのがバレないように、木陰に隠れながら枯れ木を集め、その脇に腰を下ろす。

 ランタンから灼熱丸を出すと、何も言わずとも枯れ木の中に潜り込み火をつけてくれる。

 暗闇の中に淡い赤が灯り、若干心が安らいだ。


「プラムは桃缶で、灼熱丸はミートガム、サメちゃんはサバ缶で、サスケはバナナチップ」


 カバンの中から、それぞれの好みに応じた食事を取り出す。


「あっ、やば缶切りがねぇや」

「サメちゃんが開けれるって」


 プラムがそう言うので俺はサバ缶を手渡す。

 サメちゃんは缶ごと口の中に放り込むと、ボリボリと凄い音を鳴らした後グシャグシャになった缶だけをペッと吐き出した。

 どうやら口の中で缶を噛み潰して、中身だけを食った模様。


「……ずいぶんパワー系な開け方だな」

「しゃ?」

「プラム、お前は缶切りいらんのか?」

「ん?」


 プラムの方を見やると、こいつも桃缶を口の中に放り込むと透明なスライムボディの中で缶ごと溶かして食っていた。


「お前らもうちょっと美味そうな食い方しろよ」

「桃うまい」


 俺も自分のパイナップル缶を開こうとするが、道具なしではなかなか難しい。

 石でコンコンと缶を叩いてみるが、中身ごと潰してしまいそうだ。

 するとサメちゃんが見かねたのか、パイナップル缶を横から食べてしまう。


「ガブ」

「あっ、俺のパイン缶が」


 サメちゃんは口の中でギコギコ音を鳴らしてから口を開けると、缶の蓋が綺麗に開けられていた。


「しゃ」

「すげぇ! けどどういう原理なのそれは?」


 口の中器用ってレベルじゃないぞ。

 缶を受け取り水蜜の中に入ったパイナップルを食うと、糖分で脳がキンキンとしびれる。


「くぁー美味すぎる。犯罪的だ」

「ユーリお腹すいた。ボクのまだ?」

「お前は今しがた缶ごと桃食っただろ」

「パイナップルもくれ、もしくはパイナップル漬けてるシロップくれ」

「バカこれが一番美味いんだろ」


 レロレロさせろと舌をのばしてくるプラムを抑えつつ、俺たちが食事をとっていると、木の上からバサっと大きな音がした。

 全員が魔物かと思い顔を上げると、一羽のコウモリが焚き火の前に降り立つ。


『美しくない人間ケモノよ……余と契約するのだ』

「喋った。しかもユーリのことブサイクって言ってるよ」

「なんでいきなり傷つけられたんだ。プラム……そいつ強いぞ」


 俺は魔物使いの直感として、目の前にいるコウモリが並のものではないと察知する。体はかなり弱っているし、魔力も低い。だが底しれぬ闇の波動が全身から伝わってくる。


「お前悪魔だろ。一体何のようだ?」

『余と契約し……その……その缶詰を渡すのだ』


「「…………」」


 プラムと顔を見合わせる。

 悪魔も何体か見てきたのだが、契約をチラつかせながら缶詰を要求するタイプは初めてだ。

 よく見ると翼の部分から出血しており、切羽詰まるくらいエネルギーが足りていないのだろう。


『い、今余と契約すれば、暗闇の中でも役立つ超音波が使える使い魔が貰える』

「なんだその、ウチの新聞とったら洗剤つきますよ的なサービスは」

『腹が……減って……いや、もう3年何も食っておらぬ』

「そりゃ腹ペコだ」


 大丈夫かこのコウモリ、ほんとフラッフラだぞ。

 おかしいな先程までやばいオーラが出ていたのだが、今は死にかけのコウモリにしか見えない。俺のセンサーも衰えたか?


『だから余と……契約し眷属となるのだ。そなたの願いを……叶えてやる』

「ほれ」


 俺はパイン缶をコウモリの前に置いてやる。


『……契約を』

「缶詰ごときでいらねぇよ。食いな」

「悪いねじゃあ遠慮なく」


 俺は口を開けるプラムを捕まえる。


「お前じゃねぇよ。いいから食えよ。それ食ったら羽も見てやる。俺は魔物のケガには詳しい」

『…………』


 コウモリは俺と缶詰を視線で往復させてから、パイナップルにかぶりついた。

 なかなか良い食いっぷりだ。3年食ってないのも嘘じゃなさそう。

 俺はもう一個桃缶をその隣に置く。


「あ、それボクのだぞ!」

「そう言うなよ。腹減りの辛さはわかるだろ」

「むぐぐぐ……仕方ない」


 プラムは飢餓で追い詰められ人を食うかどうか、真剣に悩まされたことがあるからな。

 食いしん坊だが、その辺りには理解がある。

 コウモリは俯いてるせいでよく見えなかったが、その目には涙がたまっているように見えた。

 その様子を見て、サスケがバナナチップをそっとコウモリの前に置く。


「優しい奴だよお前も」

「ウキ」


 モコモコの頭を撫でてやる。

 するとサメちゃんもグシャグシャになった缶をそっと置く。


「サメちゃんそれは多分いらんと思うぞ……」

「しゃー」


 でもいい子なので、尖った鼻頭を撫でてやる。


「ボク桃缶あげたのに撫でられてないぞ!」

「どこに対抗意識燃やしてんだよ」


 ふんすと怒るプラムの頭をむにゅむにゅしてやる。


 コウモリが全て食い終わってから、俺とプラムは斬られた羽を診てやることにした。


「ヘッタクソな切り口だね」

「あぁ痛そうだな。斬ったやつの腕がかなり悪かったと見える」

「多分性格も顔も悪いと思うよ。剣筋でボクにはわかる」


 骨は折れてないみたいだし、消毒して傷薬を塗っておけばいいだろう。

 その様子をコウモリはキョトンとしながらじっと大人しくしていた。


『そなた余と契れ』


 治療が終わるとコウモリはそんなことを口走る。


「残念だが悪魔契約はしない主義なんだ」

『どうしたら契約する?』

「お前がムチムチボインのサキュバスならしてたかもしれない」


 俺が冗談めかして言うと、コウモリはならばなんの問題もないと頷いた。

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